隠れ念仏

隠れ念仏とは

隠れ念仏（かくれねんぶつ）とは、江戸時代に浄土真宗（一向宗）の信仰が禁じられた地域において、権力の目を逃れながら信仰を続けた人々、あるいはその信仰形態を指します。特に南九州の旧薩摩藩や旧人吉藩では、約300年もの長きにわたり浄土真宗への弾圧が行われたため、独特の信仰形態が生まれ、現在にもその名残が見られます。

南九州における隠れ念仏の特徴

南九州の隠れ念仏は、単に信仰を隠すだけでなく、神道と習合して独自の秘密宗教（カヤカベ教など）を生み出すなど、その形態は多様です。しかし、その根底には本願寺教団に属する浄土真宗の教えが脈々と受け継がれています。

東北地方にも隠し念仏と呼ばれる信仰がありますが、南九州の隠れ念仏とは異なるものと考えられています。

弾圧の実態

弾圧の始まり

浄土真宗への弾圧は、人吉藩（相良氏）が最も早く、弘治元年（1555年）に遡ります。当時、相良晴広は分国法「相良氏法度」に一向宗の禁止を加えました。その背景には、大永6年（1526年）に北原氏が人吉城を攻めた際、一向宗の寺院が関与していた可能性が指摘されています。北原氏の家臣が領民に一向宗への入信を強要したという記録も残っています。

薩摩藩では、慶長2年（1597年）に島津義弘が発した置文によって一向宗が禁じられました。しかし、16世紀中頃には既に弾圧が始まっていたと考えられます。加賀一向一揆や石山合戦の事例から、一向宗が大名に恐れられていたこと、また島津[[忠良]]ら儒仏を重んじる武将にとって、妻帯肉食を許す一向宗が受け入れられなかったことが、弾圧の背景にあったとされています。

慶長6年（1601年）には、庄内の乱の首謀者の父が熱心な一向宗徒であったという説が浮上し、正式に一向宗が禁止されました。以後、両藩では約300年にわたり禁制が続きました。

取り締まり

薩摩藩では、寺請制度の代わりに、宗門手札という宗門証明書を住民に配布し、宗門方という役人が宗門を管理しました。毎年行われる宗門改めや、数年ごとの宗門手札改め、五人組による相互監視が取り締まりの主な手段でした。一向宗の信者が発覚すると連帯責任が課せられました。天保6年（1835年）には、約14万人が処分の対象となった天保の大弾圧も行われました。

人吉藩では、真宗信者の家から仏像や仏具を没収し、焼却処分しました。熊本県球磨郡相良村には、その焼却跡が残っています。

拷問と処刑

薩摩藩では、一向宗信徒、キリシタン、主殺しの罪を犯した者に対して「石抱き」という拷問が行われました。また、滝壺に信者を投げ込み、溺死させるという残虐な刑罰も行われました。

熊本県人吉市には、講のまとめ役であった伝助という人物の首塚が残されています。伝助は京都の本願寺へ志納金を納めに行く途中に裏切りに遭い処刑され、その首を愛弟子が盗み出し埋葬したと伝えられています。

弾圧の終わり

薩摩藩では、明治元年（1868年）の廃仏毀釈によって寺院が破壊され、神社に変わりました。その結果、真宗以外の仏教宗派も勢力を大きく後退させました。明治9年（1876年）に真宗禁制が解かれましたが、西南戦争の影響で実質的な解禁はその後になりました。旧人吉藩でも同様の状況でした。

解禁後、旧薩摩藩地域では浄土真宗本願寺派による猛烈な布教活動が行われ、鹿児島県は浄土真宗が盛んな地域へと変貌しました。しかし、新しくできた寺院と、隠れ念仏のネットワークの間には、様々な軋轢があったとされています。

信仰と抵抗

講のネットワーク

浄土真宗には、蓮如以来「講」と呼ばれる組織のネットワークが存在しました。この組織が、300年もの間、隠れ念仏の信仰が地下で続けられた背景にあります。講は、リーダーである「番役」を中心に、身分に関係なく組織され、「取次役」を通して本山である本願寺と繋がっていました。

かくれ念仏洞

浄土真宗の信者たちは、講のネットワークを基盤に、山中の洞穴などで法座を開きました。これらの洞穴は、戦後になって「隠れ念仏洞」と呼ばれるようになりました。また、藩境を越えて信仰が許されている藩の真宗寺院に参詣する「抜け参り」も行われました。熊本県水俣市にある源光寺には、薩摩から密出国した人々が身を隠したとされる「薩摩部屋」が残されています。

信仰の偽装

隠れキリシタンが「マリア観音」などで信仰を偽装したように、隠れ念仏も様々な偽装を施して信仰を守りました。阿弥陀如来立像や親鸞聖人の御影、六字名号などを隠し、傘の形をした桐材の容器に御影を収めた傘仏や、まな板に似せた箱に本尊を納めたまな板仏などが用いられました。

川辺地方では、箪笥に見えるが扉を開けると仏壇が現れる隠し仏壇が作られました。現在でも川辺仏壇のガマ型には、その要素が色濃く残っています。高良武久の祖父も熱心な隠れ真宗信者でしたが、表向きは神道信者を装っていました。

また、カヤカベ教のように、本願寺とのつながりを絶ち、神道や修験道と習合して独自の道を歩む人々もいました。

逃散

南九州の一向宗信徒は、北陸の門徒のように一揆を起こすのではなく、土地を捨てて集団で逃げる「逃散（ちょうさん）」を行いました。これは、念仏信仰が許されている隣接の藩に逃れるための手段でした。寛政10年（1798年）には、2800人もの男女が薩摩藩から飫肥藩に逃げ込んだという記録があります。これは、労働力不足に悩んでいた飫肥藩が、密かに逃散を援助していたためとも言われています。

稲盛和夫の体験した隠れ念仏

京セラ名誉会長の稲盛和夫は、幼少期に体験した隠れ念仏の信仰について語っています。昭和12年（1937年）頃、4歳か5歳だった稲盛は、父親に連れられて夜の山道を歩き、隠れ念仏の信者が集まる山小屋のような場所へ連れて行かれました。そこでは、僧侶が静かにお経を唱え、子供たちは仏壇に線香を上げて拝みました。稲盛は、その際「明日から朝晩、仏壇に向かって感謝しなさい」と教えられ、それが免許皆伝のように感じたと語っています。この体験から、信仰を守り続ける人々の繋がりや宗教心の強さを感じたと言います。

まとめ

隠れ念仏は、権力による弾圧に屈せず、信仰を貫いた人々の歴史です。その信仰形態は、様々な偽装や秘密の集会を通して受け継がれ、現代にもその痕跡を残しています。この歴史を通して、信仰の自由と人間の強さについて考えさせられます。

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