高田保馬

高田保馬（たかた やすま）

高田保馬は、明治から昭和にかけて活動した日本の著名な経済学者、社会学者であり、また歌人としても知られています。1883年12月27日に現在の佐賀県小城市にあたる佐賀県小城郡三日月村に生を受け、1972年2月2日にその生涯を閉じました。長年にわたり京都大学、大阪大学、大阪府立大学で教鞭を執り、各大学の名誉教授の称号を得ています。その学術的貢献に加え、歌人としての顔も持ち合わせ、1964年には文化功労者に顕彰されました。

経歴

佐賀県で少年時代を過ごした高田は、三日月村晩成小学校、佐賀県立佐賀中学校を経て、第五高等学校へと進みました。1907年に第五高等学校を卒業後、京都帝国大学文科大学哲学科に入学し、米田庄太郎に師事して哲学を修めます。大学院に進学して研究を深めた後、1914年には京都帝国大学法科大学の講師となり、教育者の道を歩み始めました。

その後、広島高等師範学校教授、東京商科大学教授を歴任。東京商科大学時代には、後に朝鮮民主主義人民共和国の要職に就く白南雲らを指導しています。1921年には学位論文を提出し、文学博士の学位を取得しました。この頃から、高田はマルクス経済学に対する批判を展開し、経済学者の河上肇との間で活発な論争を繰り広げます。

1925年には九州帝国大学法文学部へ移り、設立間もない経済学部門の整備に尽力しました。そして1929年には、母校である京都帝国大学経済学部の教授に就任。経済原論を中心に講義を行い、1938年からは学部長も務めました。戦時下には、経済哲学の講義も担当し、1943年には文部省所管の民族研究所長に就任しています。1944年に京都帝国大学を退職しました。

第二次世界大戦終結後、1946年に京都帝国大学の名誉教授となりますが、戦中の活動を理由に教職員適格審査委員会から教職不適格者の指定を受け、一時的に教壇を離れることとなりました。しかし、1951年に公職追放が解除され、教職不適格指定が取り消されると、大阪大学法経学部教授として学界に復帰します。大阪大学では学部長や、附属社会経済研究室の初代室長などを務め、経済学の研究・教育の発展に貢献しました。1955年に大阪大学を定年退職し、名誉教授に。その後は大阪府立大学経済学部教授・学部長を務め、1963年に退職し、同大学の名誉教授となりました。晩年には龍谷大学経済学部教授としても教鞭を執りました。

研究活動と業績

高田保馬の学術的な業績は、社会学と経済学の両分野にわたります。社会学においては、既存の「総合社会学」を否定し、ジンメルの「形式社会学」の視点を発展させ、独自の「勢力論」を提唱したことで知られています。社会経済学会では、高田保馬の名を冠した学術賞が設けられ、優れた研究成果を顕彰しています。

経済学の分野では、熱力学の法則に類推した「結合定量の法則」を提唱しました。これは、人間が日常的に維持できる相互関係の量には一定の限りがあるという仮説で、特に都市における人間関係の希薄化などを説明しようとするものでした。社会学者と経済学者の両方の視点を持つ高田だからこそ到達できた理論と言えます。

また、消費行動に関する研究も行っています。特に、ある種の財に対する需要が、価格の上昇によってかえって増加する可能性（いわゆる「誇示的消費」による需要曲線が右上がりになる現象）を、1930年には明確に指摘していました。これは、ハーヴェイ・ライベンシュタインが1950年にバンドワゴン効果やスノッブ効果、ヴェブレン効果といった形で同様の議論を展開するよりも約20年も先行するものでした。

経済政策や社会問題についても独自の強い主張を持っていました。失業対策としては、ケインズ経済学に基づく有効需要創出政策に批判的で、労働者の生活水準（賃金）を引き下げるべきだと主張しました。また、人口減少への対策として、都市部の富裕層に課税し、農村に所得を移転させる政策を提唱しました。これは、人口そのものを国力とみなし、その供給源である農村を重視する考えに基づいています。高田は「失業や国の衰退は過度な消費が原因であり、質素な生活こそが経済発展の基盤となる」と主張しましたが、これに対しては、貧困を経済の道具とするものであるといった批判や、虚栄心を捨てることで貧困問題が解決するという議論に等しいといった批判も寄せられました。

海外からの評価として、アメリカの経済学者M・ブロンフェンブレンナーは、高田を「日本のマーシャル」と称賛しています。

歌人としての活動

高田は、研究活動の傍ら、終生にわたり短歌を詠み続けました。中学時代から歌作を始め、同郷の下村湖人の影響も受けたと言われています。与謝野鉄幹・晶子夫妻が主宰する新詩社の門下生でもありました。生涯に三冊の歌集『ふるさと』『洛北集』『望郷吟』を刊行しています。また、佐賀県内の多くの学校の校歌の作詞も手がけており、文人としての側面も持ち合わせていました。彼が遺した言葉には「志は朽ちざるに在り」（学問において心に決めた目的をいつまでも失わないようにすること）などがあります。

交友関係

高田保馬は、学界内外に多くの知己を得ました。彼と同時期に「多元的国家論」を展開した法学者の中島重とは、学術的な議論を交わし、互いに影響を与え合う関係でした。また、数理経済学者である柴田敬は、京都帝国大学時代の高田の後輩にあたります。

主な著作

高田保馬の著作は多岐にわたり、社会学、経済学に関する単著、共編著、論文集などがあります。主なものとしては、『勢力理論』『結合定量の法則』といった自身の理論を詳述した著作や、記念論集、近年刊行された著作集などがあります。翻訳書や自身の半生を綴った自伝も出版されています。

影響と評価

高田保馬の理論、特に社会学における勢力論や経済学における独自の視点は、日本の社会学・経済学研究に大きな影響を与えました。その多岐にわたる活動と強い信念に基づいた主張は、今日でも議論の対象となることがあります。

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