鮑石亭

鮑石亭址

鮑石亭（ほうせきてい、ハングル: 포석정）は、現在の韓国慶尚北道慶州市拝洞に位置していた、かつての新羅王室が使用した離宮の一つです。特に特徴的な遺構として、かつて風流な「曲水の宴」が催されたとされる、アワビの形をした石造りの水路跡が残されています。

この場所は1963年1月21日に大韓民国指定史跡第1号に指定され、現在は慶州鮑石亭址（ハングル: 경주 포석정지）として国の文化財に指定されています。さらに、2000年11月には、国際連合教育科学文化機関（ユネスコ）の世界遺産（文化遺産）に登録された「慶州歴史地域」の一部、特に慶州南山一帯を含む南山地区の西側にあたる渓谷に位置する重要な遺跡として登録されています。

歴史

鮑石亭は、統一新羅時代（668〈676〉-935年頃、朝鮮史では南北国時代とされる期間）に、慶州盆地の南にそびえる南山の西麓北側にある鮑石渓と呼ばれる場所に造営されました。これは主に王室や貴族が風雅な宴を楽しむために設けられた離宮であったと考えられています。

歴史書である『東国通鑑』には、慶州の城郭の南に離宮が存在したことが記されており、鮑石亭を指す可能性が指摘されています。また、『三国遺事』の記述からは、9世紀後半には既に鮑石亭が存在していたことが窺えます。具体的には、第49代憲康王（けんこうおう、在位875-886年）が鮑石亭へ行幸した際に南山の神が現れて舞ったという逸話や、第51代真聖女王（しんせいじょおう、在位887-897年）の時代に花郎（ファラン）の孝宗郎が南山の鮑石亭で遊山したという記録があります。これらの記録から、鮑石亭の創建は9世紀後半頃、すなわち新羅の末期であったと推測されています。

しかし、鮑石亭は華やかな遊宴の場であると同時に、新羅という国の終焉に深く関わる悲劇の舞台としても知られています。第55代景哀王（けいあいおう、在位924-927年）の治世末期、927年冬11月（または10月）、後百済（フベクチェ）を率いる甄萱（けんけん）の軍勢が新羅の王都・慶州に迫っている状況を知らぬまま、景哀王は鮑石亭で后妃や王族らとともに宴に興じていました。突如として甄萱の軍が襲撃し、混乱の中で王は王妃とともに離宮内に逃れようとしましたが捕らえられてしまいました。そして甄萱によって景哀王は自害を強いられ、王妃は辱めを受けたと伝えられています。甄萱はその後、景哀王の一族である金傅（きんふ）を擁立し、彼が第56代敬順王（けいじゅんおう、在位927-935年）となります。しかし、この事件は新羅の権威を失墜させ、最終的に敬順王は935年に高麗に国を譲るという形で新羅は滅亡へと至りました。鮑石亭は、まさに傾きゆく王朝の最期を象徴する場所となったのです。

遺構

鮑石亭址で最も注目される遺構は、その名の由来ともなったアワビの形をした石造りの曲水路です。これは「流盃渠（りゅうはいきょ）」とも呼ばれ、かつて「流觴曲水宴（りゅうしょうきょくすいえん）」、すなわち曲がりくねった水路に盃を浮かべ、自分の前に流れてくるまでに詩歌を詠むという風流な宴に使われた設備です。この流觴曲水宴は中国を起源とし、日本など東アジア各地で行われましたが、鮑石亭に残るこの遺構は、現存するものとしては最古級のものとされています。

楕円形を描くこの曲水路は、長い方の直径が約5.8メートル（資料によっては5.5mや6.53m）、短い方の直径が約4.5メートル（4.76m）で、全体としての長さは約10メートルに及びます。曲線状に精緻に加工された花崗岩を約60個もの石材を繋ぎ合わせて造られており、その周縁は帯状に高くせり上がっています。石造りの溝は平均で約26センチメートル（約20cmから23cm）の深さがあり、水深が約10センチメートルになるように設計されています。溝の幅は約35センチメートル（約30cmから31cm）です。内側の縁には細い溝が刻まれ、全長は約22メートルに及ぶ曲水路の底面には扁平な石が敷き詰められています。

水路全体の始点と終点には約27センチメートルの高低差が設けられており、楕円形水路内の勾配差は約5.9センチメートルです。これにより、水が滞りなく流れるようになっていました。水の取り込み口、すなわち始点には、直径約60センチメートルの臼のような形をした水受け石（石槽）があります。かつては近隣の渓流から何らかの設備を使って水を引込み、この導水口に配置された亀の形をした石像（亀石像）の口から水が注がれたと伝えられていますが、その亀石像は1871年から1873年頃に慶尚北道の安東に移されたと言われており、現在の所在は不明となっています。

この遺構は、一部破損していた箇所を1915年に修復する際に、当初の石材を移設し、新たに2つの石材を補うなどして復元されました。

鮑石亭址は、その美しいアワビ形の曲水路とともに、古代新羅王室の文化や生活の一端を伝える貴重な遺跡であり、同時に王朝の興亡を見守った歴史の証人として、今日にその姿をとどめています。

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