イブキ

イブキ（伊吹）

イブキは、裸子植物であるマツ綱、ヒノキ科に属するビャクシン属の常緑針葉樹です。学名は Juniperus chinensis var. chinensis とされ、広義には種全体の Juniperus chinensis を指すこともあります。ビャクシン、イブキビャクシン、シンパクといった別名でも親しまれています。

形態的特徴

イブキは、ときに高さ15〜20メートル、幹の直径50センチメートルにもなる高木ですが、大型の低木として生育することもあります。主幹はしばしば特徴的にねじれ、特に風の強い環境では独特な樹形を形成します。老木になると幹に窪みが生じ、さらに捻じれた様子を見せることがあります。樹皮は赤褐色から灰白色をしており、縦に細長く薄く剥がれます。

葉には二つの異なる形が現れる二型性が見られます。一般的によく見られるのは、枝に十字対生して覆う鱗片状の葉です。これは小さく、長さ約1.5ミリメートル、幅約1ミリメートルほどで、濃緑色をしています。しかし、成木の低い枝や若木、あるいは剪定された部分などでは、針のような形をした葉がしばしば現れます。針葉はふつう三輪生し、長さ6〜12ミリメートル、幅0.8〜1.5ミリメートル程度で、やや光沢のある明るい緑色をしています。

イブキは基本的に雌雄異株ですが、稀に雌雄同株の個体も見られます。花期は2月から4月ごろで、雄花と雌花はともに小枝の先端に付きます。雄球花は楕円形で、多数の雄しべが集まった構造です。雌球花は数対の鱗片からなり、各鱗片に胚珠を持ちます。この雌球花は翌年の10月ごろに成熟し、多肉質で液果のような性質を持つ球果となります。成熟した球果は黒紫色で表面に白い粉を帯び、裂開することはありません。直径は4〜10ミリメートルで、内部には2〜4個の種子が含まれています。これらの球果は鳥などに食べられることで種子が散布されます。

生態と分布

イブキは主に東アジアに分布しており、日本では本州（岩手県以南）、四国、九州、南西諸島に見られます。日本国外では台湾、朝鮮半島、中国、ミャンマーにも自生しています。生育環境としては、海岸の岩場や砂地、また石灰岩地などの山上が挙げられます。日本ではウバメガシやヒメユズリハ、トベラといった植物と共に自生している様子が見られます。

本種の変種として、いくつか知られています。ミヤマビャクシン (Juniperus chinensis var. sargentii) は、高山や海岸に生育し、匍匐性の低木となる変種です。針葉と鱗状葉の両方をつけます。ハイビャクシン (Juniperus chinensis var. procumbens) も匍匐性の低木ですが、こちらはほとんど針葉のみをつける特徴があります。ツクシビャクシン (Juniperus chinensis var. tsukusiensis) も匍匐性で、成木でも針葉と鱗状葉の両方を持つとされますが、独立種として扱われることもあります。

人間との関わり

イブキは古くから人々に利用されてきました。日本では寺院などに植えられることが多く、また庭木や生垣、盆栽としても観賞用に広く利用されています。特に庭木として一般的なカイヅカイブキ ('Kaizuka') は、枝がやや螺旋状に伸びて樹形がまとまりやすい園芸品種です。他にも、針葉のみをつけるタチビャクシン、新芽が黄色のキンイブキ ('Aurea')、樹形が球状にまとまるタマイブキ ('Globosa') など、様々な園芸品種が生み出されています。

木材としても利用価値があります。材質は重く硬く、緻密で光沢があります。辺材は黄白色、心材は紫褐色で、境界は明瞭です。大きく成長した材は、床柱などの装飾材や仏像などの彫刻材として珍重されます。幹がねじれたり歪んだりしていることが多いため、小さな材は輪切りにして花台や置物台にされることもあります。心材には芳香があり、白檀の代用とされたこともあります。

一部の自治体では、イブキやその園芸品種であるカイヅカイブキなどを「市の木」や「町の木」といったシンボルツリーに指定しています。

一方で、イブキの仲間はナシやリンゴなどの果樹に被害をもたらす赤星病菌の中間宿主となることが知られています。このため、果樹栽培が盛んな地域では、イブキ類の植栽を控えるよう呼びかけられたり、自治体の条例で植栽が規制されたりする場合があります。

保全状況と文化財

国際自然保護連合（IUCN）のレッドリストでは、イブキ（種全体）は「低危険種（LC）」に分類されています。しかし、日本では全体として絶滅危惧種には指定されていませんが、都道府県レベルで見ると、複数の県で絶滅危惧種や準絶滅危惧種に指定されています。特に変種のミヤマビャクシンやハイビャクシンは、多くの都道府県でレッドリストに掲載されており、絶滅が危惧されている状況です。

また、日本では古木や自生地が国の天然記念物や特別天然記念物に指定されている例が複数あります。香川県小豆島の宝生院にある「宝生院のシンパク」は、樹齢1600年以上と伝えられ、イブキとしては唯一の国の特別天然記念物です。茨城県の「いぶき山イブキ樹叢」や静岡県「大瀬崎のビャクシン樹林」のように、イブキの自然群落として天然記念物に指定されている場所もあります。

名称の由来

「イブキ」という名称の由来については、茨城県のいぶき山に多く自生していたことに由来するという説があります。また、「ビャクシン」という別名は、『和漢三才図会』によれば、ヒノキ（柏）のような鱗状葉とスギ（杉）のような針葉を併せ持つことから、「柏杉（ビャクシン）」と呼ばれるようになったと記されています。他にも、「柏子（ハクシ、ヒャクシ）」が変化したとする説などがあります。

「ムロノキ」という別名も知られていますが、これは同属の別種であるネズ（ネズミサシ）の別名として使われることが多いです。しかし、『万葉集』に詠まれた「ムロノキ」が瀬戸内海沿岸の大木とされることから、イブキを指していた可能性も指摘されています。

分類上の位置づけ

イブキは通常、Juniperus chinensis の基準変種 (Juniperus chinensis var. chinensis) を指しますが、種全体の Juniperus chinensis をイブキと呼ぶ場合もあります。上述のミヤマビャクシン、ハイビャクシン、ツクシビャクシンは、本種の変種として扱われることが多いですが、分子系統学的研究などから独立種として扱うべきだとする意見や、他の変種に含めるべきだとする異論も存在し、分類上の扱いについては議論が続いています。

イブキは、その特徴的な樹形や葉の多様性、古木が天然記念物として保護されている点など、様々な側面で注目される樹木です。

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