キトラ古墳

奈良県高市郡明日香村の阿部山に位置するキトラ古墳は、国の特別史跡に指定されている古代の円墳です。正式名称は「亀虎古墳」と表記されることもありますが、一般的にはカタカナの「キトラ古墳」として広く知られています。この古墳が高松塚古墳と並んで歴史的に重要なのは、墳丘内の石室から極彩色の壁画が発見されたことにあります。この貴重な壁画を未来に伝えるため、現在も保存と活用のための取り組みが進められています。

概要と構造

キトラ古墳は二段築成の円墳で、標高の高い阿部山の南斜面に築かれています。上段は直径約9.4メートル、高さ約2.4メートル、テラス状の下段は直径約13.8メートル、高さ約90センチメートルという規模です。古墳の内部構造は、凝灰岩の切石を組み合わせて作られた横口式石槨（せっかく）と呼ばれる石室です。石室の天井は家形をしており、内部空間は幅約1メートル、長さ約2.6メートル、高さ約1.3メートルと比較的小規模です。この石室の奥壁、側壁、天井の全面には漆喰が塗られ、その上に鮮やかな壁画が描かれていました。

名称の「キトラ」の由来については諸説あります。石室入口から内部を見た際に、亀と虎の絵が見えたことにちなむという説、古墳南側の小字「北浦（きたうら）」が訛ったという説、そして明日香村阿部山集落の北西にあることから、四神のうち北方を司る玄武（亀）と西方を司る白虎（虎）に由来するという説などが提唱されています。

築造年代

壁画に描かれたモチーフなどにみられる中国（唐）の文化的影響は、高松塚古墳ほど色濃くないことから、キトラ古墳は遣唐使が日本に帰国した704年よりも前の、7世紀末から8世紀初め頃に築造されたと考えられています。

被葬者

キトラ古墳に誰が埋葬されているのかは、現在も明確には分かっていません。古墳の年代や出土遺物などから、天武天皇の皇子か、あるいはその側近として高い地位にあった高官である可能性が指摘されています。石室からは金象眼（きんぞうがん）の金具が出土しており、埋葬者が身分や地位の高い人物であったことを示唆しています。ただし、銀装の金具が出土した高松塚古墳の埋葬者よりは、やや身分が低い人物が埋葬されていると推測する見方もあります。

具体的な候補としては、右大臣を務めた阿倍御主人（あべのみうし）を挙げる説が有力視されており、白石太一郎氏や岸俊男氏、直木孝次郎氏らが支持しています。この説の根拠の一つとして、古墳周辺の地名が「阿部山」であることなどが挙げられています。阿倍御主人は大宝3年（703年）に右大臣従二位で没しています。この他にも、京都橘大学の猪熊兼勝氏が高市皇子（たけちのみこ）説を、千田稔氏が百済から渡来した百済王昌成（くだらのこにきししょうじょう）説を提唱するなど、様々な議論が続いています。

壮麗な壁画

キトラ古墳の最大の特徴は、石室内部に描かれた色彩豊かな壁画です。東西南北の四壁の中央には、それぞれ方角を司る伝説上の神獣、四神（青龍、白虎、朱雀、玄武）が描かれています。東壁には青龍、西壁には白虎、南壁には朱雀、北壁には玄武が配されています。興味深いのは、東壁の青龍と西壁の白虎が、南壁の朱雀の方を向いているように描かれている点で、これは中国の事例とは異なる可能性が指摘されています。

四神の下には、十二支を獣の頭と人間の体を持つ「獣頭人身像」として描いた壁画があったと考えられています。全部で12体が描かれていたと想定されていますが、現在までに玄武下の「子（ね）」、青龍下の「寅（とら）」、白虎下の「戌（いぬ）」、朱雀下の「午（うま）」や「巳（み）」など、合計6体が確認されています。このような獣頭人身の十二支像は、同時代の中国や朝鮮半島の墓にも見られることから、大陸文化の影響がうかがえます。しかし、南壁の午の衣装が朱雀と同じ朱色で塗られていたことなどから、十二支像もそれぞれの属する方角によって四神と同様に塗り分けられていた可能性が推測されており、これは中国や朝鮮には見られない日本独自の特色と考えられています。獣頭人身の十二支像としては、奈良市の隼人石（はやといし）にも類例が知られています。

石室の天井には、古代中国の本格的な天文図が描かれています。この天文図は、三重の円同心（内規・赤道・外規）と黄道、さらには北斗七星をはじめとする277個もの星々が精密に描かれています。また、天井の傾斜部には西に月像、東に日像が配されています。このキトラ古墳の天文図は、中国南宋時代の淳祐天文図（13世紀）より約500年も古く、現存する東アジアの天文図としては最古級の例であり、極めて貴重です。

保存事業と文化財指定

キトラ古墳の壁画は、発見当初から石室内の高い湿度によりカビが発生し、劣化が進んでいることが判明しました。このため、壁画を剥ぎ取って修復・保存するという画期的な事業が行われることになりました。奈良文化財研究所を中心に進められたこの作業は、損傷の激しいものから順次行われ、2010年11月までに全ての壁画の剥ぎ取りが完了しました。剥ぎ取られた壁画の一部は、期間限定で一般公開も行われています。

石室の考古学的調査は2013年3月に終了し、石室は将来的な保存のために埋め戻され、墳丘の復元整備が進められています。石室南壁にあった盗掘穴も、調査終了後に凝灰岩で塞がれました。現在、古墳一帯は国営飛鳥歴史公園キトラ古墳周辺地区として整備が進んでおり、2016年9月には「キトラ古墳壁画体験館四神の館」が開館しました。この施設には、剥ぎ取られた壁画を保存管理する施設や、石室のレプリカなどが展示されており、キトラ古墳とその壁画について学ぶことができます。

キトラ古墳は、2000年7月に国の史跡に指定され、同年11月には特別史跡に指定されました。さらに、2018年10月31日には石室から出土した金銀装帯執金具などの遺物と壁画が国の重要文化財に指定され、翌2019年7月23日には壁画5面（東西南北壁及び天井）が国宝に指定されるなど、その価値が改めて評価されています。

キトラ古墳は、大陸の影響を受けつつも日本独自の特色を持つ古代の壁画や、東アジア最古級の天文図など、貴重な文化遺産を私たちに伝えています。被葬者は謎に包まれたままですが、その発見と保存の歴史も含め、古代日本の姿を知る上で欠かせない存在と言えるでしょう。

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