ダズル迷彩

ダズル迷彩（英語: dazzle camouflage）は、主に第一次世界大戦中に多くの艦船の船体に描かれた、独特な塗装による迷彩の一種です。別名として、英語の「dazzle」を意訳した和製漢語「幻惑迷彩（げんわくめいさい）」とも呼ばれます。この迷彩は、イギリス人画家であるノーマン・ウィルキンソンによって発案されました。船体に全面的な幾何学模様を、強い対照色を用いて複雑に組み合わせることで構成されています。第二次世界大戦以降も一部で使用例が見られますが、第一次世界大戦時ほど広範ではありませんでした。

原理と目的

一般的な迷彩が、対象物を周囲の環境に溶け込ませ、視覚的に目立たなくさせることを目的とするのに対し、ダズル迷彩はその定義から外れた、むしろ注意を引くかのような外観を持っています。これは、当時の技術では、常に変化する海洋の天候条件において艦船を完全に隠蔽することは不可能である、という考えに基づいていたからです。したがって、ダズル迷彩の狙いは、船そのものを隠すことではなく、敵、特に潜水艦が光学測距儀（レンジファインダー）を用いて艦船の種類、規模、速度、進行方向を正確に把握し、射撃のための距離を測定することを困難にすることでした。つまり、敵の射撃管制を混乱させるための「欺瞞」を目的としていたのです。

具体的には、複雑なパターンは船首と船尾の区別を曖昧にし、さらには船が近づいてくるのか、あるいは遠ざかっているのかといった進行方向の認識を妨げました。光学測距儀は、二つの異なる視点から得た画像をオペレーターが一致させることで距離を測りますが、ダズル迷彩の入り組んだ模様は、画像が一致した状態でも歪んでいるように見せかけ、正確な測距を困難にしました。これは、潜水艦の潜望鏡に測距儀が装備されるようになると、その意義をさらに増しました。また、船体に偽の船首波を描くことで、実際の船速よりも遅く見せかける効果も狙われました。

歴史と採用

ダズル迷彩は、その有効性が科学的に完全に立証されていなかったにもかかわらず、第一次世界大戦中のイギリス海軍本部に採用されました。その後、他国の海軍でも導入が進められました。初期の採用においては、デザインや配色の違いによる効果の差を評価する具体的な検証方法が不足していましたが、採用後に迷彩効果を高めるためのより科学的な研究が進められました。例えば、あまりに細かい模様は遠距離では潰れて見えなくなるため、幻惑効果に寄与しないとされました。艦船の視認性は、表面の反射率や色彩といった物理的な要素に依存するという科学的な知見も得られました。

第一次世界大戦中、ドイツによる無制限潜水艦作戦の拡大に伴い、イギリスの商船が大きな被害を受けたことが、海軍が迷彩に改めて注目する契機となりました。海洋画家ノーマン・ウィルキンソンは、この状況に対し、複雑な縞模様によって敵に艦船の速度や寸法を誤認させるシステムを着想しました。当時のイギリス海軍佐官でもあったウィルキンソンは、まず商船にダズル迷彩の試作品を施し、1917年8月には海軍艦艇「アルセイシャン」に初めて本格的に塗装されました。

イギリスで使用されたダズル迷彩のデザインは、同じパターンが一つとしてないほど多様でした。デザインの検討には、室内で小型の木造模型を用いた潜望鏡からの見え方のテストが実施されました。これらの模型の塗装は、ロイヤル・アカデミー・オブ・アーツの女性たちが多く担当し、彼女たちのデザインが実際の艦船に拡大して適用されました。迷彩デザイン自体は、彫刻家、画家、舞台美術家など様々な芸術家が手掛けました。特にヴォーティシズムの画家エドワード・ワズワースは、2,000隻以上の軍艦の迷彩指導に携わったとされています。第一次世界大戦後、ワズワースはダズル迷彩が施された艦船を描いた作品を残しています。

第一次世界大戦当時、ダズル迷彩の有効性はまだ不明確でしたが、正式に採用されました。イギリス海軍本部では、潜水艦からの攻撃を直接的に防ぐ効果は限定的であるとしつつも、乗員の士気を高める効果は大きいと評価しました。また、港に停泊する多様なデザインと色彩の艦船群は、戦闘に直接関わらない一般市民の士気を鼓舞する効果も期待されました。戦争中、キュナード・ラインのような民間船会社の外洋航行能力を持つ大型船も海軍に徴用され、輸送艦などに改装される際にダズル迷彩が施された例が多く見られます。

第二次世界大戦以降と現代の使用例

ダズル迷彩は第二次世界大戦終結まで使用が続けられましたが、第一次世界大戦に比べてその効果は薄れていきました。これは、レンジファインダーの性能向上に加え、航空機や特にレーダーといった新しい索敵技術の発達により、従来の視覚的な欺瞞効果が相対的に低下したためです。アメリカ海軍は第一次世界大戦中にダズル迷彩を迷彩技法の一つとして採用し、第二次世界大戦でもテネシー級戦艦やエセックス級航空母艦の一部に適用しました。アメリカ海軍のデザインは無原則なものではなく、計画、審査を経て標準化されたパターンが艦隊全体に適用されました。イギリス海軍も大型艦への採用を続けましたが、1950年代には船体の塗装は灰色の単色へと変更されていきました。日本海軍でも一部の艦船（榛名など）の主砲塔にダズル迷彩に類する塗装が施されましたが、大きな効果はなかったとされています。

第二次世界大戦終結後、各国で軍事予算が縮小される中で、ダズル迷彩は塗装に手間とコストがかかる点が敬遠され、維持が容易で低視認性を持つ灰色の単色塗装が艦船の主流となりました。しかし、現代においても、北欧諸国など一部の国では、沿岸海域や河川での活動に適した幾何学的なパターンの迷彩を艦船に採用している例があります。

艦船以外にも、ダズル迷彩やそれに類する幾何学的なパターンは様々な分野で応用されてきました。例えば、第二次世界大戦中のイギリス陸軍の戦車（マチルダIIなど）に、輪郭や進行方向を誤認させる直線的なパターンが施されました。1920年代のドイツでは、戦闘服の迷彩パターンとして「Splittertarnmuster」（英訳で「スプリンター迷彩」）という、ダズル迷彩に類似した幾何学模様の研究が行われました。また、1970年代のアメリカ海軍が研究した航空機用の「フェリス迷彩」も、機体の姿勢や輪郭を認識しにくくすることを意図した直線的なパターンでした。現代でも、ロシアの一部戦闘機や装甲車両に幾何学的な塗装が見られます。スウェーデンやブルガリアの陸軍は戦闘服にスプリンター迷彩風のパターンを採用しています。さらに、オーストリアでは自動速度違反取締装置のレーダーの向きを判別しづらくするために類似の迷彩が使われた例や、自動車メーカーが開発中の新型車両のスタイリングを隠すために唐草模様やシマウマ柄のようなパターンが使われる例など、視覚的な欺瞞を目的としたパターンは形を変えて使われ続けています。

美術・文化との関連

ダズル迷彩は、その視覚的な特徴から美術や文化とも関連が深い存在です。著述家や画家としても知られる元イギリス首相ウィンストン・チャーチルは、戦争における欺瞞の重要性を説く中で、ダズル迷彩のような独創的な手法に言及したことがあります。2007年にはロンドンの帝国戦争博物館で「隠蔽」をテーマにした展示が行われ、ダズル迷彩の進化が紹介されました。著名な画家パブロ・ピカソは、迷彩塗装された大砲がパリの街を牽引されているのを見た際、典型的なキュビズムの技法が応用されていると感じ、現代の迷彩には自身も貢献していると考えていた、というエピソードが伝えられています。

アメリカのロードアイランド・スクール・オブ・デザインの図書館では、第一次世界大戦当時のアメリカ商船のダズル迷彩デザインを描いたリトグラフが再発見され、2008年に展示されました。これらのデザインは、当時合衆国船舶院で迷彩デザイナーとして働いていた人物によって寄贈されたものです。また、イギリスのテクノポップバンドであるオーケストラル・マヌーヴァーズ・イン・ザ・ダーク（OMD）は、1983年のアルバム「Dazzle Ships」において、ジャケットデザインなどにダズル迷彩をモチーフとして取り入れています。さらに、2018年にはマーシャル諸島が発行した第一次世界大戦終結100周年記念の切手シートに、ダズル迷彩が施された艦艇のデザインが採用されるなど、視覚的にインパクトのある存在として現代にもその影響を残しています。

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