最長片道切符

最長片道切符とは

最長片道切符とは、JR（旧国鉄）の路線において、同じ経路を二度通らずに、出発駅から到着駅まで最も長い距離を移動できる片道乗車券のことです。この切符は、単なる移動手段ではなく、鉄道網を最大限に活用した「究極の鉄道旅行」として、多くの鉄道ファンを魅了してきました。

最長片道切符の定義

JRグループの旅客営業規則に基づき、最長片道切符は以下の条件を満たす必要があります。

環状線一周を超えないこと: 経路が環状線を描き、出発点に戻るような経路は認められません。
途中で折り返さないこと: 同じ経路を逆戻りするような経路は認められません。

これらの条件を満たした上で、出発駅から到着駅までの距離が最長となる経路が、最長片道切符のルートとなります。距離の計算には、営業キロまたは運賃計算キロが用いられますが、どちらを採用するかで経路が変わることがあります。

最長片道切符の「亜種」

最長片道切符には、いくつかのバリエーションが存在します。

最長往復切符: 最長片道切符の経路を往復する乗車券。片道が601キロ以上の場合、往復割引が適用されます。経路は、片道が「2」の字型の場合は単純往復、「6」の字型の場合は一部区間を調整する必要があります。
一周最長片道切符: 出発駅に戻る経路で最長となる片道切符。かつては任意の駅を発着駅にできましたが、経路特定区間の影響で、現在は特定区間内の両端駅以外の駅発着に限られます。本州内が対象となり、盲腸線を含まないため、本州内最長片道切符より距離は短くなります。
本州内最長片道切符: 本州内の路線のみを利用する最長片道切符。盲腸線の終着駅を含む本州全体が対象となるため、経路探索はより複雑になります。1989年のコンピュータによる探索では、三厩駅（青森県）から三原駅（広島県）まで8755.1kmという結果が出ています。

最長片道切符旅行の歴史

最長片道切符を利用した旅行は、過去に多くの鉄道ファンによって試みられてきました。その歴史は、以下の先駆者たちの足跡によって彩られています。

東京大学旅行研究会（1961年）

最初に最長片道切符旅行を試みたのは、東京大学旅行研究会の4名です。1961年7月、鹿児島県の海潟駅から北海道の広尾駅まで、12,145.3キロを25日間で旅行しました。この旅行は、その後の最長片道切符旅行の先駆けとなりました。ただし、このルートは厳密には最長ではなかったとの指摘もあります。

宮脇俊三『最長片道切符の旅』（1978年）

紀行作家の宮脇俊三は、1978年に広尾駅から枕崎駅まで、運賃計算キロ13,267.2キロの旅行を行い、その記録を『最長片道切符の旅』として出版しました。この著作は、一般の人々にも最長片道切符の存在を広く知らしめるきっかけとなりました。

種村直樹『さよなら国鉄最長片道きっぷの旅』

種村直樹は、国鉄自動車線（現在のJRバス）も組み込んだ最長片道切符の旅を1985年に行いました。この旅行は、自動車線の有効日数が1日加算されるという規則が、複数回自動車線を組み込む場合にどのように適用されるかという議論を巻き起こしました。結果として、自動車線を組み込む回数分、有効日数が加算されるというルールが適用されることになりました。また、東名・名神高速線の扱いに関しても、特例的な見解が示され、昼行便と夜行便を組み合わせた複雑なルートが実現しました。種村のルートは、自動車線を含んだ最長経路として記録されています。

雑誌「旅と鉄道」による企画（1996年）

鉄道ジャーナル社の雑誌『旅と鉄道』は、1996年に伊藤丈志による最長片道切符の旅を企画しました。稚内から肥前山口まで、11,540kmを24日間で踏破した詳細な記録が、写真入りで紹介されました。

NHK『列島縦断 鉄道12000キロの旅 〜最長片道切符でゆく42日〜』（2004年）

NHKは2004年に、俳優の関口知宏が最長片道切符で旅をする番組を放送しました。宗谷本線稚内駅から長崎本線肥前山口駅まで、42日間かけて旅をする様子が放送されました。

総延長距離の推移

最長片道切符の総延長距離は、路線の開業や廃止によって変化してきました。

1960年代 - 1970年代: 新幹線などの新線開業により、総延長距離が増加しました。
1982年: 東北新幹線の開業と仁堀航路の廃止により、一時的に最長距離が13423.7kmに達しました。
1980年代以降: 特定地方交通線の廃止や第三セクター化により、総延長距離は減少しました。
2022年: 西九州新幹線の一部開通により、終点駅が新大村駅に変更され、距離が18.5km延長されました。
2024年: 根室本線の一部区間廃止により、起終点駅が竹松駅から長万部駅に変更、進行方向が「北行」に転換、営業キロベースで距離が約1万500kmとなりました。運賃計算キロベースでは稚内駅から新大村駅までの「南行」が最長ルートとなり、2024年4月1日以降、最長片道切符のルートは2通り存在することになりました。

経路の探索

最長片道切符の経路探索は、非常に複雑で困難な作業です。初期には手計算による総当たり的な方法が用いられていましたが、現在ではコンピュータによる数値解析が用いられるようになりました。

手計算による探索

東京大学旅行研究会では、全国を地域ブロックに分割し、各ブロックで最長ルートを求め、それらを合計するという方法が取られました。1970年代には、光畑茂が手計算による最長片道ルートを探索し、その結果が種村直樹の著書などを通して公表されました。宮脇俊三も光畑のルートを参考に旅行しました。

コンピュータによる探索

1980年代以降、コンピュータを用いた数値解析による探索が開始されました。当初はブロック分けによる総当り法が主流でしたが、現在では整数計画法など、より高度な手法が用いられています。2000年には、東京大学大学院生の葛西隆也が、整数計画法を用いて数学的に厳密な最長ルートを算出しました。このルートは、九州新幹線開業後も、計算手法の基礎として利用されています。

新下関駅 - 博多駅間の特例

新下関駅 - 博多駅間では、新幹線と在来線の両方を経由するルートが認められるかどうかという問題があります。1996年のJR各社の運賃制度改定により、新下関・博多間は幹在別線となりましたが、旅客営業規則では、幹在同一路線として扱うと規定されています。このため、新下関、小倉、博多の各駅で新幹線から在来線に乗り換える場合は、キロ数の通算が打ち切られてしまいます。ただし、「直接乗り継がない」場合は、乗継駅でキロ数を打ち切らずに片道乗車券として発券できるという解釈の余地があります。

その他の注意点

品鶴線: 横須賀線や湘南新宿ラインが利用する品川駅 - 横浜駅間の品鶴線は、鶴見駅を通過しないように見えることがありますが、運賃計算上は鶴見駅を経由するものとして扱われます。
バス路線: かつてはJRバスも経路に組み込むことができましたが、現在は連絡運輸が縮小しており、利用できるケースは限られています。
通過連絡運輸: JRと一部の第三セクター鉄道は通過連絡運輸を締結しており、JR線のみのルートよりも長い距離を移動できる場合があります。ただし、通過連絡運輸の適用については、JR各社で見解が異なる場合があります。

まとめ

最長片道切符は、単なる乗車券ではなく、日本の鉄道網の複雑さと魅力を体現するものです。その歴史、ルール、経路探索、そして過去の旅行者たちの足跡をたどることで、鉄道旅行の奥深さを知ることができます。鉄道ファンだけでなく、旅行好きの方も、ぜひ一度、この「究極の鉄道旅行」に触れてみてはいかがでしょうか。

参考文献

宮脇俊三『最長片道切符の旅』新潮社、1979年。
* 種村直樹『さよなら国鉄最長片道きっぷの旅』実業之日本社、1987年。

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