衣紋道

衣紋道（えもんどう）

衣紋道とは、日本の伝統的な装束に関する知識や技術を体系化したものです。特に、平安時代末期に朝廷における装束が柔装束から強装束へと変化したことが、その成立に大きく影響しています。強装束は一人で着ることが難しく、専門的な知識と技術を持つ衣紋方が必要とされたため、衣紋道が発展しました。

歴史

中世

衣紋道の起こり

日本の朝廷や公家社会における装束は、中国の制度に倣って導入され、身分や職掌、年齢によって色や形、文様などが細かく定められていました。四季の変化に対応するため、夏の装束と冬の装束が区別され、季節に合わせた色彩が用いられるなど、規則にはない慣習も存在しました。

平安時代後期に武士が台頭すると、公家の美意識も変化し、装束はゆったりとした柔装束から、糊張りを施した強装束へと移行しました。強装束は肩当てや腰当てなどの補正具を使用するため、一人で着ることが難しくなり、衣紋方と呼ばれる補助者の役割が重要になりました。

後三条天皇の孫である源有仁（みなもとのありひと）は、儀式や有職故実（ゆうそくこじつ）に精通し、詩歌や管弦にも秀でた文化人でした。彼は衣服にも深い関心を寄せ、強装束を美しく着付ける技術体系を編み出しました。これが衣紋道の始まりとされ、源有仁は衣紋道の祖とされています。一説には、強装束を始めたのも源有仁であると言われています。

高倉流と山科流の成立

源有仁の死後、衣紋道は徳大寺実能（とくだいじさねよし）と大炊御門経宗（おおいみかどつねむね）に伝えられ、両家が天皇の着装を担当しました。しかし、大炊御門家は衣紋への関心が薄く、源有仁から伝えられた技術は、助手を務めていた高倉家に移りました。南北朝時代には、高倉家から有能な人物が輩出されました。一方、徳大寺家では、実定（さねさだ）の猶子となった実教（さねのり）が衣紋道に熱心に取り組み、後の山科家の祖となりました。山科家は、宮廷の物品調達を職掌とする内蔵頭（くらのおさ）を世襲し、御服調進（ごふくちょうしん）を家職としました。

山科家は主に内裏で天皇の御服調進を担い、高倉家は仙洞（せんとう）で上皇への装束奉仕を中心に行いました。本来、調進は山科家、着装は大炊御門家という分担でしたが、忌服などで職務を遂行できない場合が生じたため、両家が調進と着装の両方を担当するようになりました。また、高倉家は足利義満（あしかがよしみつ）との関係を深め、武家の装束も取り扱うようになりました。

応仁の乱などによる京都の荒廃は、職人の散逸や技術・製法の喪失を招き、衣紋道にも大きな影響を与えました。しかし、武家による統一政権が成立し社会が安定すると、途絶えていた朝儀が再興され、有職故実の研究が進んだことで装束も復旧されました。山科家も織田信長に接近し、伝統の復興を図りました。再び山科・高倉両家が御服調進と衣紋奉仕を担うようになると、衣紋道は両家の家道となりました。両家の仕立てや着付けの作法は、次第に差異が生じ、「山科流」「高倉流」と呼ばれるようになりました。

近世

江戸時代になると、幕府の儀式にも公家装束が導入されました。「幕府衣紋方」として高倉家には200俵が与えられ、当主が江戸に屋敷を構え、各藩の衣紋方に装束衣紋を教授しました。大名が実際に衣冠や束帯を身に付けることは稀でしたが、各藩は衣紋を学ぶことを教養と文化度を高める上で重要視しました。経済力があり数も多かった武家と結びついたことで、高倉流は広く普及しました。

江戸時代後半には、「公事御再興（くじごさいこう）」と称して、有職故実の研究に基づき朝儀の古式復興の動きが強まりました。天保年間（1831年から1845年）には、衣紋に関する有職故実に基づいて、十二単（じゅうにひとえ）が古式の形状に復元されました。

近代以降

明治維新により宮廷服が洋装に改められると、衣紋道は不要となり、山科家・高倉家の家職は廃止されました。しかし、1883年（明治16年）、旧儀の衰退を憂慮した明治天皇の命により、両家は宮内省で衣紋法を教授することになりました。1906年（明治39年）には、主殿寮（とのもづかさ）京都出張所で衣紋講習会が始まり、担当者の養成が図られました。

旧皇室典範下での大礼・大葬をはじめとする皇室の儀式は、両家の衣紋奉仕によって古式に則った装束で執り行われました。1928年（昭和3年）に行われた昭和天皇の即位の礼では、紫宸殿（ししんでん）の儀の束帯（そくたい）は山科流、大嘗宮（だいじょうきゅう）の儀の祭服は高倉流で仕立てられ、着付けられました。また、伊勢神宮の式年遷宮（しきねんせんぐう）や、石清水祭（いわしみずまつり）・賀茂祭（かもまつり）・春日祭（かすがまつり）の復活においても、装束に関して両家が大きな役割を果たしました。

現在では、皇室での衣紋奉仕には両流が採用されています。装束調進に関しては、かつて山科家が内蔵頭を世襲していたことから、天皇と皇太子の装束は山科流、その他の皇族や職員は高倉流となっています。両流が伝えてきた衣紋の知識は、宮内庁や一般社団法人霞会館・衣紋道研究会などによって継承されています。

流派による違い

高倉流は簡素で実用的、山科流は派手で優雅とされていますが、細部に違いがあるものの、大きな相違はないとされています。違いの多くは男子の束帯に関するもので、女子の十二単などにはほとんど違いはありません。

束帯に関する両流の主な違いは以下の通りです。

袍（ほう）の仕立て：襟を止める蜻蛉頭（とんぼがしら）の綴じ糸が、高倉流は斜め十字、山科流は正十字
着装時：高倉流は前を整えてから後ろを仕上げる、山科流は後ろを整えてから前に及ぶ
石帯（せきたい）の石：高倉流は石の上半分が見えるように着付け、山科流は見えないように着付ける
袍の袖口の襞（ひだ）：高倉流は1つ、山科流は2つ

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