サーリフ

アル＝マリク・アッ＝サーリフ：アイユーブ朝のスルターン

アル＝マリク・アッ＝サーリフ（本名：نجيم الدين أبو الفتوح أيوب بن الملك الكاملمحمد بن الملك العادل أبي بكر بن أيوب、1205年頃 - 1249年11月22日）は、アイユーブ朝の第7代スルターンとして、激動の時代を生きました。彼の生涯は、内乱、十字軍との戦い、そしてマムルーク勢力の台頭といった要素が複雑に絡み合っています。

生涯

北方国境時代

父である第5代スルターン、アル＝カーミルの息子として生まれたサーリフは、当初後継者として指名されました。しかし、異母兄弟の母であるアル＝シット・アル＝サウダーの讒言により継承権を剥奪され、ルーム・セルジューク朝との国境付近へと追いやられます。この時期に、後の妻となるシャジャルッ＝ドゥッルと出会ったと考えられています。

カーミル没後の内乱

1238年にアル＝カーミルが亡くなると、異母兄弟のアル＝アーディル2世がスルターンとして即位。サーリフは父の命でラフバを包囲していましたが、父の死を知ると包囲を切り上げようとします。しかし、配下のフワーリズム勢がこれに反発し、敵対。さらに、ルーム・セルジューク朝のカイホスロー2世が領地の分割を持ちかけるなど、サーリフは苦境に立たされます。

フワーリズム勢やザンギー朝の攻撃を受けるも、サーリフは巧みな外交戦略でこれらの危機を乗り越え、ダマスカスを掌握。しかし、カラクのアル＝ナースィル・ダーヴードに捕縛されるという不運に見舞われます。その後、解放されたサーリフは、エジプトのアミールたちの招聘を受け、エジプトへと進軍。アル＝アーディル2世を廃位し、スルターンとして即位しました。

ラ・フォルビーの戦い

スルターンとなったサーリフは、十字軍との戦いに直面します。1244年には、フワーリズム勢がエルサレムを奪取。これに対し、サーリフはマムルークの武将バイバルスを派遣し、フワーリズム勢と連合。十字軍国家とダマスカスの連合軍を、ガザ近郊のラ・フォルビーの戦いで打ち破りました。この勝利により、アイユーブ朝はシリアにおける勢力を拡大し、十字軍国家は弱体化しました。

聖王ルイ9世の十字軍とサーリフの死

1248年、フランス王ルイ9世がエジプトに侵攻。サーリフはルイに対し、ダミエッタ放棄の見返りとしてイェルサレムを含むシリア領の割譲を申し出ますが、拒否されます。病身を押してマンスーラへ向かいますが、マンスーラ攻防戦が勃発する直前に陣没しました。その後、妻のシャジャル・アル＝ドゥッルが夫の死を隠し指揮を執り、バフリー・マムルークの活躍により十字軍は撃退されました。

サーリフとマムルーク

サーリフは即位前からマムルークを抱えていましたが、政権の安定化を図るため、トルコ系マムルークをさらに購入しました。これらサーリヒーヤ・マムルークは、後にバフリー・マムルークと呼ばれるようになり、後のマムルーク朝のスルターンとなるルクヌッディーン・バイバルスやサイフッディーン・カラーウーンなどを輩出しました。サーリフによるマムルークの重用は、その後のマムルーク朝成立の礎となったと言えるでしょう。

統治・人物及び評価

マクリーズィーは、サーリフを「勇敢かつ不屈の王であったが、厳格で高慢な性格のために恐れられてもいた」と評しています。彼は治安維持に努め、往来の安全を確保。また、建築を好み、ローダ島のシタデルやカイロとローダ島を結ぶ橋などを建設しました。

アル＝マリク・アル＝サーリフは、内乱や十字軍との戦いの中で、マムルークを重用し、その後のマムルーク朝成立の礎を築いたスルターンとして、歴史に名を刻んでいます。

参考文献
佐藤次高(a)『マムルーク』東京大学出版会、1991
佐藤次高(b)『イスラーム世界の興隆』中公文庫、2008
大原与一郎『エジプトマムルーク王朝』近藤出版社、1976
橋口倫介『十字軍』岩波新書、1974
牟田口義郎『物語　中東の歴史』中公新書、2001
A.ジョディシュキー（森田安一訳）『十字軍の歴史』刀水書房、2013
アミン・マアルーフ（牟田口義郎・新川雅子訳）『アラブが見た十字軍』ちくま学芸文庫、2001
イブン・アッティクタカー（池田修・岡本久美子訳）『アルファフリー 1』平凡社、2004
Asbridge, Thomas (2010). The Clusades.
Northrup, Linda S.(1998).From slave to the sultan.
Humphreys, R. Stephen (1977).From Saladin to the Mongols : The Ayyubids of Damascus, 1193-1260.
Maqrizi, R.J.C.Broadhurst訳 (1980). A History of the Ayyubid Sultans of Egypt.

もう一度検索