アイ・ハヌム

アイ・ハヌムは、現在のタハール州に位置する古代ギリシア都市であり、その名はウズベク語で「月の婦人」を意味します。紀元前4世紀に、アレクサンドロス大王の東征後に形成されたグレコ・[[バクトリア王国]]の主要都市として栄えました。オクサス川（現在のアムダリヤ川）とコクチャ川の合流地点に位置し、インド亜大陸への重要な玄関口でした。この都市は、約2世紀にわたり東洋におけるヘレニズム文化の中心地として機能しましたが、紀元前145年頃、遊牧民の侵入によって壊滅しました。

発見と立地

アイ・ハヌムの遺跡は、1961年に当時のアフガニスタン国王ザーヒル・シャーが、狩猟中に偶然発見したことがきっかけで、1964年から1978年まで、フランスの考古学調査団によって本格的な発掘調査が行われました。しかし、その後のアフガニスタン紛争により、発掘作業は中断され、遺跡は大きな被害を受けました。

この地に都市が築かれた背景には、いくつかの要因が考えられます。まず、大きな川のほとりに位置していたため、農業用水の確保が容易でした。また、アイ・ハヌム周辺地域は鉱物資源が豊富で、特にラピスラズリやルビー、金などが産出しました。さらに、バクトリアの北方に位置し、遊牧民との交易にも有利な場所でした。

グレコ・バクトリア都市

アイ・ハヌムからは、様々な工芸品や建築物が見つかっており、東洋の影響を受けた高度なヘレニズム文化が存在したことが示されています。都市はヘレニズム様式の劇場、ギュムナシオン、コロネードで囲まれた中庭のあるギリシア様式の住居など、ヘレニズム都市の特徴をすべて備えていました。この都市は1.5平方キロメートルの広さを持ち、セレウコス朝とグレコ・[[バクトリア王国]]の主要な都市の一つでした。

建築物

発掘調査により、様々な建築物が発見されており、その一部は完全なヘレニズム様式で、一部にはペルシア建築の影響が見られます。

• - 城壁: 都市の周囲を囲む長さ2マイルの城壁がありました。
• - 要塞: 高さ60mほどの丘の上に、塔と城壁からなる要塞が建設されていました。
• - 円形劇場: 直径84mの円形劇場があり、35列の座席で4千人から6千人を収容できました。支配者用の特別な席もありました。
• - 宮殿: グレコ・[[バクトリア王国]]の宮殿は、ペルシアの宮殿の様式をやや思わせるものでした。
• - ギュムナシオン: 100m×100mの大きさのギュムナシオンには、ヘルメースとヘーラクレースへの献辞が刻まれた柱がありました。
• - 神殿: 都市の内外には様々な神殿が存在し、そのうち城壁内の最大の神殿には、ゾロアスター教風の様式を持つゼウスの座像が安置されていました。
• - モザイク: マケドニアの太陽、アカンサス模様、動物などを描いたモザイクも見つかりました。
• - 円柱: コリント式の円柱が多数発見されました。

彫刻

様々な彫刻の断片も出土しており、同時期の地中海地域のものよりも古い伝統的な様式の彫刻が多いのが特徴です。特に、高さ5mから6mと推定されるギリシア様式の巨大な足の像が発見され、そのサンダルにはゼウスの雷のシンボルがありました。その他にも、キトーンを着た女性の彫像、化粧しっくいで作られた男性の顔、リースを持つ若者の彫像、ギリシアの料理人奴隷を表したガーゴイルの頭部、ヘルメースと思われる裸の男性のフリーズ、ギュムナシオンの責任者と思われる男性のヘルマ風の像などが見つかりました。アイ・ハヌム周辺には彫刻に適した石が少なかったため、木製の骨組みに粘土や化粧しっくいを盛る塑像が多く、この技法が中央アジアから東へと広まり、仏教美術にも影響を与えました。

金石文

アイ・ハヌムでは、古代ギリシア語の金石文が多数発見されています。紀元前300年から紀元前250年頃の墓標には、デルポイの格言が刻まれていました。また、パピルスが薄いレンガに押し付けられて書かれた哲学的な問答も発見されており、クセノクラテスと別の哲学者との議論を記録したものではないかと考えられています。宮殿の宝物庫からは、壺の中身や管理者の名前を記した金石文が見つかり、その管理者階層は地中海地域のギリシア社会と同様であったことが示されています。

その他の遺物

アイ・ハヌムからは、エウクラティデス1世までのグレコ・[[バクトリア王国]]の硬貨が多数出土しましたが、それ以降の硬貨は見つかっていません。また、Agathocles とヒンズーの神々を描いた珍しい硬貨も発見されました。その他、戦車に乗ったキュベレーやヘーラクレースのブロンズ像、宝石や金を使ったアクセサリー、インドの工芸品、アフロディーテの座像の形をした洗面用トレイ、日時計、インク壷などの出土品から、日常生活がギリシア風であったことがわかります。

地中海・インドとの交易

アイ・ハヌムからはオリーブオイルの壺も見つかっており、地中海からオリーブオイルを輸入していたことがわかります。これは、当時オリーブを栽培していたのがエーゲ海沿岸やシリアに限られていたことから、地中海方面との陸路の交易路が存在していたことを示唆しています。また、インドで作られたと思われる遺物もいくつか出土しており、特にインド神話を描いた貝殻製のプレートは有名です。

貨幣

アイ・ハヌムには独自のシンボルがあり、最古の建物のレンガやセレウコス朝の硬貨にも刻まれていました。セレウコス朝の硬貨は、当初バクトラで鋳造されたと考えられていましたが、最近ではアイ・ハヌムで鋳造されたものが多く見つかっています。アイ・ハヌムで出土した硬貨は、セレウコス朝時代からエウクラティデス時代のもので途絶えており、彼の治世の終わりに都市が征服されたことを示唆しています。

遊牧民の侵略とその後

紀元前135年頃、北方の遊牧民（スキタイと月氏）がオクサス川を渡ってバクトリアに侵入し、アイ・ハヌムは紀元前130年から120年の間に放棄されたとみられます。主要な建物には大規模な火災の痕跡があります。最後のグレコ・バクトリア王ヘリオクレスは都をカーブルに移し、アイ・ハヌムでは彼の硬貨が見つかっていないことから、この都市がエウクラティデスの治世の最後に破壊されたと考えられます。その後、インド・グリーク朝がインド北部を支配し続けましたが、インド＝スキタイ族に征服されました。

重要性

アイ・ハヌムの出土品は、グレコ・[[バクトリア王国]]とインド・グリーク朝の文明を示す貴重な資料であり、それまでは硬貨以外にその文明の痕跡は見つかっていませんでした。この発見は、ギリシアが東洋に与えた影響に新たな視点を加え、仏教美術へのギリシアの影響を再確認する上で重要な役割を果たしました。また、アイ・ハヌムから出土したとされるほぼ実物大の深緑色のガラス製ファルスは、スイス・アフガニスタン研究所の所長が保管していましたが、現在はカーブル博物館に返還されています。

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