アバガ

アバガ部とは

アバガ（Abaga）は、モンゴル民族に属する部族の一つです。元々は「叔父」を意味する言葉で、チンギス・カンの兄弟の子孫を指す総称でしたが、清代以降はベルグテイを始祖とする特定の部族の名称として用いられるようになりました。

名称の由来

「アバガ」とは、モンゴル語で「叔父」を意味します。元代には、モンゴル帝国のハーン（チンギス・カンの子孫）にとって叔父にあたる東道諸王を「アバガ」と尊称していました。同様に、西道諸王であるジョチやチャガタイは「アカ（兄）」と尊称されていました。北元時代には、東道諸王の末裔を総称して「アバガ」と呼ぶようになり、ベルグテイの後裔だけでなく、ジョチ・カサルの後裔であるホルチン部も「アバガ・ホルチン」と称される例があります。

歴史

1206年、モンゴル帝国が成立した際、チンギス・カンは自身の息子や兄弟に大規模な分封を行いました。ベルグテイはチンギス・カンの異母弟であったため、同格の分封を受けることはできませんでした。モンゴル帝国初期において、ベルグテイは皇弟としてではなく、1千人隊長として扱われ、その分封地もモンゴル本土ではなく、遼西地方の広寧であったと考えられています。後にベルグテイ家出身のジャウドゥは、封地に因んで「広寧王」に封ぜられ、以後ベルグテイ家当主の多くは「広寧王」と称するようになりました。

北元時代初期におけるベルグテイ家の動向は不明な点が多いですが、エセン・ハーン死後の混乱期に、ベルグテイの子孫であるモーリハイが急速に勢力を拡大しました。モーリハイはオンリュート（チンギス・カンの兄弟の子孫の総称）諸部の中で最大の勢力となり、モンゴル年代記で「オンリュートのモーリハイ」と称されています。モーリハイはモーラン・ハーンを擁立することで一時モンゴリアの最有力者となりましたが、後にハーンと決裂してこれを弑逆したため、ホルチン部のボルナイによって殺害されました。モーリハイの死後、息子のオチライもベグ・アルスランと組んで活動しましたが、モーリハイ時代の勢力を取り戻すには至らず、この後ベルグテイ家の消息は長らく不明となります。

清代に編纂された史書では、オチライの孫であるバヤスク・ブイルグト・ノヤンにノミとタルニという子がおり、タルニがアバガ部の始祖となり、ノミがアバガナル部の始祖になったと記されています。アバガ部はやがて清朝に降伏し、シリンゴル盟アバガ旗とされ、中華人民共和国のアバグ旗に至っています。

系図

18世紀に編纂されたモンゴル年代記の一つであるシラ・トージには、ベルグテイから清代のアバガ部、アバガナル部に至る家系が記録されています。

[ベルグテイ]：チンギス・カンの異母弟で、アバガ部の遠祖。
マンドゥ(Mandu)：ベルグテイの息子。ただし、『元史』や『集史』といった基礎史料には名前が記録されていません。
シギ(Sigi)：マンドゥの息子。
ノムカン・ボロ(Nomuqan boro)：シギの息子。
モンケ・テグス(Möngke tegüs)：ノムカン・ボロの息子。
エンケ・テグス(Engke tegüs)：モンケ・テグスの息子。
アグー・ガルジャグー(Aγuu Γarǰaγuu)：エンケ・テグスの息子。
ナブチン・ボロ(Nabčin boro)：アグー・ガルジャグーの息子。
クル(Quru)：ナブチン・ボロの息子。
ナマナクチャ(Namanaqča)：クルの息子。
ジョシム(J̌osismu)：ナマナクチャの息子。
タビル(Tabir)：ジョシムの息子。
モンケ(Möngke)：タビルの息子。
モーリカイ(Mooriqai)：モンケの息子。
オチライ(Očirai)：モーリカイの息子。
バヤン・[ノヤン]：オチライの息子。
バヤスク・ブイルグト・[ノヤン]：バヤン・ノヤンの息子。『清史稿』などの史書では、この人物からアバガ部／アバガナル部家系の記述が始まります。

参考文献

岡田英弘訳注『蒙古源流』刀水書房、2004年
杉山正明『モンゴル帝国と大元ウルス』京都大学学術出版会、2004年
吉田順一『アルタン・ハーン伝訳注』風間書房、1998年
* Buyandelger「往流・阿巴噶・阿魯蒙古— 元代東道諸王後裔部衆的統称・万戸名・王号」『内蒙古大学学報』第4期、1998年

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