エセン・ハーン

エセン・ハーン：オイラトの覇者、その生涯と興亡

エセン・ハーン（1407年 - 1454年）は、15世紀にオイラトを率いた首長であり、モンゴル帝国において、チンギス・カンの血を引かない唯一のハーンとして知られています。当初はエセン・タイシと称し、漢文資料では「也先」と表記されました。彼はオイラトの最大版図を築き上げ、明との間で繰り広げられた「土木の変」では、皇帝を捕虜にするという歴史的な出来事を引き起こしました。しかし、ハーンを称したことが部下の反乱を招き、最終的に非業の死を遂げることになります。

生い立ち

エセンは、オイラトの首長トゴンの子として生まれました。オイラトは13世紀以来、モンゴル高原西部に勢力を持ち、チンギス・カンの子孫と婚姻関係を結びながら勢力を拡大していった部族です。15世紀に入り、北元が衰退すると、オイラトは急速に力を増していきました。

当時のモンゴル高原では、チンギス・カンの男系子孫のみがハーンとなる資格を持つとされていました。そのため、トゴンは1430年代に明の保護下にあったチンギス・カンの末裔トクトア・ブハをハーンに擁立し、自身はタイシとして実権を握りました。1434年には、トクトア・ブハとトゴンは東モンゴルの有力者アルクタイを破り、モンゴル高原の大部分を支配下に置きました。トゴン存命中のエセンの活動は史料に乏しく、詳細は不明です。

1439年にトゴンが死去すると、エセンは父の称号であるタイシを継承し、引き続きトクトア・ブハをハーンとして立てました。

土木の変まで

1440年と1445年、エセンはシルクロード上の要衝であるハミへ2度の遠征を行い、勢力を中央アジア方面へ拡大しました。東トルキスタンを支配する東チャガタイ・ハン国やカザフ草原のウズベクとも戦ったと伝えられています。また、1446年にはモンゴル高原東部の興安嶺方面に進出し、ウリヤンハイ三衛を服属させ、さらに女直や朝鮮にまで勢力を伸ばしました。

明との間では、エセンは父の時代からの友好関係を維持し、朝貢使節を頻繁に派遣しました。これは、遊牧国家であるオイラトにとって、朝貢貿易による中国物産の入手が不可欠だったためです。一方、明は朝貢を通じてモンゴル高原の諸勢力を分断し、金品を与えることで平和を維持しようとしました。しかし、オイラトの勢力拡大に伴い、明の分断政策は機能しなくなり、オイラトの支配を嫌う部族が明領に流入するようになりました。

さらに、オイラトは朝貢使節の人数を大幅に増やし、明から多額の恩賞を得ようとしました。1448年には、トゴン時代の数十倍にあたる3598人を送り込むと明に通告しました。明は当初、オイラトを懐柔するために規定を超える使節を受け入れましたが、その負担は過大であり、使節の実数も通告よりも大幅に少なかったため、1448年の入朝を機に恩賞額を切り下げました。この明の政策転換は、オイラトの統一を保つために中国物産を必要としていたエセンにとって、受け入れられないものでした。また、明の朝廷がエセンの息子と皇女との婚姻を拒否したことも、エセンの怒りを買った要因となりました。

土木の変

1449年、エセンは貿易の復活と侮辱への報復のため、トクトア・ブハ・ハーンと協同して明へ侵攻しました。オイラト軍は陝西、山西、遼東の三方面から侵攻し、エセンは中央の軍を率いて山西へ進軍しました。これに対し、明の正統帝は側近の王振の進言を受けて自ら親征を行いました。

8月初頭に北京を出発した皇帝軍は、月末に大同に到着しましたが、すでにエセン軍が撤退した後でした。明軍は、国境地帯を襲撃するだけだと考えていたため、オイラト軍の攻撃を避け、北京へ撤退を開始しました。しかし、悪天候で撤退が遅れるうちに、オイラト軍は明軍を背後から襲撃し、9月4日には宣府で明の殿軍を破りました。さらに、土木堡に到着した明軍は、オイラト軍に包囲され、9月5日には数十万人とも言われる戦死者を出し、正統帝自身も捕虜となってしまいました。

エセンは正統帝の身代金を要求しましたが、明の兵部尚書于謙はこれを拒否し、正統帝の弟を景泰帝として即位させました。怒ったエセンは北京を包囲しましたが、于謙の巧みな防衛戦術により、北京の攻略に失敗し、身代金の要求を諦めて撤退しました。1450年秋、エセンは正統帝を無条件で明に送り返しました。オイラトの経済が朝貢貿易に依存していたため、エセンは明との和議を急ぎました。戦闘では完勝したものの、政治的には敗北したと言えるでしょう。

ハーン即位から没落まで

正統帝の身代金問題により、エセンの外交的地位は弱まり、各地で内紛が勃発しました。1451年には、エセンと名目上の主君であるトクトア・ブハ・ハーンとの間で紛争が発生し、1452年初頭、トクトア・ブハはエセンに殺害されました。1453年、エセンは自らハーンに即位し、「大元天盛大可汗」を称しました。しかし、このハーン即位はチンギス・カンの男系子孫ではないエセンに対する反発を招きました。また、諸部族の合意を得ずにハーンに即位したことも、反感を招きました。

即位翌年の1454年、オイラト内部で反乱が起こり、エセンは逃亡中に殺害されました。彼の死後、オイラトは分裂し、モンゴル高原の支配力を失いました。

子孫

『明実録』によると、エセンには複数の息子がおり、楚王ホルフダスン、オシュ・テムル太師、ウマサンジャ王などが知られています。楚王ホルフダスンはエセンの長子でしたが、後継者争いに敗れました。オシュ・テムルはエセンの後を継ぎタイシを称しましたが、内部抗争を繰り返しました。ウマサンジャ王はモグーリスタン・ハン国の王女と結婚し、息子を得ました。また、娘のセチェク妃子は、バトゥ・モンケ（ダヤン・ハーン）の祖母となりました。

エセンの血筋は、後世のモンゴルに大きな影響を与え、その子孫はモンゴルの有力者として活躍しました。

オイラト・チョロース首領の家系

エセンは、オイラト・チョロース部の首長として、以下の家系に連なります。

1. ゴーハイ太尉
2. バトラ丞相/順寧王マフムード
3. トゴン太師
4. エセン太師/エセン・ハーン
5. 楚王ホルフダスン
6. オシュ・テムル太師
7. ケシク・オロク
8. ウマサンジャ王
9. イブラヒム太師
10. 大同王アバボルギ
11. 賽罕王

まとめ

エセン・ハーンは、15世紀のモンゴル高原で圧倒的な勢力を誇ったオイラトの指導者でした。土木の変で明の皇帝を捕虜にするという偉業を成し遂げましたが、その後のハーン即位が部族間の不和を招き、最終的には反乱によって命を落としました。彼の生涯は、モンゴル高原の歴史における重要な転換期であり、その影響は後世にまで及んでいます。

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