清史稿
『清史稿』（しんしこう）は、清朝の歴史を記した紀伝体の歴史書で、二十四史に続くものとして位置づけられています。辛亥革命後の混乱期に編纂が開始され、様々な政治的思惑や財政難により、その過程は曲折に満ちていました。ここでは、『清史稿』の成立から、その後の『清史』（中華民国）、そして現在編纂が進められている『清史』（中華人民共和国）について解説します。
1914年、中華民国（北洋軍閥）国務院は、清朝の歴史をまとめるために清史館を設立しました。これは、過去の王朝が前王朝の歴史を編纂するという伝統を踏襲するものでした。館長には清朝の遺臣である趙爾巽が任命され、約100人の学者が編纂に参加しました。編纂方針としては、清史を旧来の史書の最後と位置づけ、明史の形式を踏襲することが決定されました。
しかし、編纂作業は財政難や政治的混乱により遅れ、1920年に初稿が完成しましたが、その後中断されました。1926年に修正が再開され、1927年にほぼ脱稿しました。1928年には趙爾巽の尽力で出版されましたが、彼が病死したことで清史館は内紛状態となり、さらに国民政府軍が北京を占領したことで出版禁止処分を受けました。これは、『清史稿』が中国国民党を「賊」として扱っていたことや、辛亥革命後も清朝の元号を使用していたことなどが理由でした。
しかし、一部の版が外部に持ち出され、満洲国や日本軍の占領地域で刊行が続けられました。一般的に、最初に出版されたものを「関内本」、満洲で校訂されたものを「関外本」と呼びます。現在、中華人民共和国では、封建的な執筆姿勢は批判されつつも、『清史稿』に代わる清朝の歴史書がないため、他の正史と同様に出版が認められています。
館長：趙爾巽
副館長兼総纂：柯劭忞
総閲：于式枚
総纂：郭曾炘、李家駒、呉廷燮、馬其昶、夏孫桐、秦樹声、金兆蕃
総理史稿発刊事宜総閲：袁金鎧
辦理史稿校刻事宜総閲：金梁
全536巻からなり、本紀25巻、志142巻、表53巻、列伝316巻で構成されています。清の太祖ヌルハチが建国した1616年から、辛亥革命で清が滅亡する1911年までの約296年間の歴史を扱っています。特徴的な点としては、「邦交志」や「交通志」が設けられていることが挙げられます。編纂時の混乱から杜撰な部分も残っていますが、貴重な内部資料も引用されているため、評価が分かれています。
本紀は、清朝の歴代皇帝の業績をまとめたもので、以下の25巻で構成されています。
巻1～25：太祖から宣統帝までの歴代皇帝の記録。
志は、天文、地理、礼、楽、輿服、選挙、職官、食貨、河渠、兵、刑法、芸文、交通、邦交など、政治、経済、文化に関する制度や事象をまとめたものです。
巻26～160：天文、地理、礼、楽、輿服、選挙、職官、食貨、河渠、兵、刑法、芸文、交通、邦交など。
表は、皇族や官僚の系譜や年表をまとめたものです。
巻161～213：皇子世表、公主表、外戚表、諸臣封爵世表、大学士年表、軍機大臣年表、部院大臣年表、疆臣年表、藩部世表、交聘年表。
列伝は、清朝の様々な人物の伝記をまとめたものです。
巻214～536：清朝の主要な人物の伝記。
国民政府は、『清史稿』の出版を禁じたものの、関外本が出回ったため、1960年に国防研究院に『清史』の編纂を命じました。これは、中国大陸の正統政権であることをアピールする目的もありました。張其昀を主任委員として編纂が進められ、1961年に刊行されました。
全550巻で構成され、『清史稿』関内本の改訂版としての性格が強く、辛亥革命や中国国民党を否定する記述は削除・修正されています。また、補編として南明紀、明遺臣列伝、鄭成功載記、洪秀全載記、革命党列伝などが加えられています。これにより、中国国民党の歴史観が反映された内容となっています。
改訂への評価はあったものの、不十分との批判もありました。その後、1978年から『清史稿』の校注が行われ、1987年に書籍化されました。1990年からは『新清史』の編纂が開始されましたが、台湾のアイデンティティに関心が移ったことで、完成には至りませんでした。
中華人民共和国は、中華民国（台湾）に対抗するため、清史の編纂を計画していました。1950年代初頭に董必武が提案しましたが、具体的な動きは進みませんでした。その後、1958年に周恩来が呉晗に検討を命じ、1965年には「清史編纂委員会」が設立されました。しかし、文化大革命の影響で計画は頓挫しました。1979年に計画が再始動し、2002年に国家清史編纂委員会が設立され、編纂が開始されました。2013年に初稿が完成しましたが、現在も刊行には至っていません。
当初は全92巻の予定でしたが、最終的に105巻になりました。従来の正史とは異なり、章節体の通紀8巻を設けるほか、図録10巻が含まれます。また、共産党政権の基本理念に基づく編纂となり、現代白話文で記述されるという特徴があります。
アメリカの中国研究者であるパメラ・カイル・クロスリーは、この『清史』が「清の最大版図は自然かつ平和裏に実現した」とする見方を示すことで、「現在の中国が南シナ海、台湾、チベット、新疆の領有権を主張する根拠」にしていると批判しました。また、イェール大学教授の張泰蘇は、『清史』の内容が「新清史学派の影響を受けすぎている」とされ、公刊が棚上げされていると批判しています。
『清史稿』は、清朝の歴史を記した重要な資料であり、その後の『清史』編纂に大きな影響を与えました。中華民国、中華人民共和国それぞれの政権が、自らの立場を反映させた『清史』を編纂しようとしたことは、歴史書が単なる過去の記録ではなく、政治的な意味合いを持つことを示しています。現在も編纂が進められている『清史』（中華人民共和国）は、どのような歴史観に基づいて記述されるのか、その完成が待たれます。
清史稿
編纂過程
1914年、中華民国（北洋軍閥）国務院は、清朝の歴史をまとめるために清史館を設立しました。これは、過去の王朝が前王朝の歴史を編纂するという伝統を踏襲するものでした。館長には清朝の遺臣である趙爾巽が任命され、約100人の学者が編纂に参加しました。編纂方針としては、清史を旧来の史書の最後と位置づけ、明史の形式を踏襲することが決定されました。
しかし、編纂作業は財政難や政治的混乱により遅れ、1920年に初稿が完成しましたが、その後中断されました。1926年に修正が再開され、1927年にほぼ脱稿しました。1928年には趙爾巽の尽力で出版されましたが、彼が病死したことで清史館は内紛状態となり、さらに国民政府軍が北京を占領したことで出版禁止処分を受けました。これは、『清史稿』が中国国民党を「賊」として扱っていたことや、辛亥革命後も清朝の元号を使用していたことなどが理由でした。
しかし、一部の版が外部に持ち出され、満洲国や日本軍の占領地域で刊行が続けられました。一般的に、最初に出版されたものを「関内本」、満洲で校訂されたものを「関外本」と呼びます。現在、中華人民共和国では、封建的な執筆姿勢は批判されつつも、『清史稿』に代わる清朝の歴史書がないため、他の正史と同様に出版が認められています。
清史館職員
館長：趙爾巽
副館長兼総纂：柯劭忞
総閲：于式枚
総纂：郭曾炘、李家駒、呉廷燮、馬其昶、夏孫桐、秦樹声、金兆蕃
総理史稿発刊事宜総閲：袁金鎧
辦理史稿校刻事宜総閲：金梁
内容
全536巻からなり、本紀25巻、志142巻、表53巻、列伝316巻で構成されています。清の太祖ヌルハチが建国した1616年から、辛亥革命で清が滅亡する1911年までの約296年間の歴史を扱っています。特徴的な点としては、「邦交志」や「交通志」が設けられていることが挙げられます。編纂時の混乱から杜撰な部分も残っていますが、貴重な内部資料も引用されているため、評価が分かれています。
本紀
本紀は、清朝の歴代皇帝の業績をまとめたもので、以下の25巻で構成されています。
巻1～25：太祖から宣統帝までの歴代皇帝の記録。
志
志は、天文、地理、礼、楽、輿服、選挙、職官、食貨、河渠、兵、刑法、芸文、交通、邦交など、政治、経済、文化に関する制度や事象をまとめたものです。
巻26～160：天文、地理、礼、楽、輿服、選挙、職官、食貨、河渠、兵、刑法、芸文、交通、邦交など。
表
表は、皇族や官僚の系譜や年表をまとめたものです。
巻161～213：皇子世表、公主表、外戚表、諸臣封爵世表、大学士年表、軍機大臣年表、部院大臣年表、疆臣年表、藩部世表、交聘年表。
列伝
列伝は、清朝の様々な人物の伝記をまとめたものです。
巻214～536：清朝の主要な人物の伝記。
清史（中華民国）
編纂過程
国民政府は、『清史稿』の出版を禁じたものの、関外本が出回ったため、1960年に国防研究院に『清史』の編纂を命じました。これは、中国大陸の正統政権であることをアピールする目的もありました。張其昀を主任委員として編纂が進められ、1961年に刊行されました。
巻次説明
全550巻で構成され、『清史稿』関内本の改訂版としての性格が強く、辛亥革命や中国国民党を否定する記述は削除・修正されています。また、補編として南明紀、明遺臣列伝、鄭成功載記、洪秀全載記、革命党列伝などが加えられています。これにより、中国国民党の歴史観が反映された内容となっています。
再改訂の試みと挫折
改訂への評価はあったものの、不十分との批判もありました。その後、1978年から『清史稿』の校注が行われ、1987年に書籍化されました。1990年からは『新清史』の編纂が開始されましたが、台湾のアイデンティティに関心が移ったことで、完成には至りませんでした。
清史（中華人民共和国）
編纂過程
中華人民共和国は、中華民国（台湾）に対抗するため、清史の編纂を計画していました。1950年代初頭に董必武が提案しましたが、具体的な動きは進みませんでした。その後、1958年に周恩来が呉晗に検討を命じ、1965年には「清史編纂委員会」が設立されました。しかし、文化大革命の影響で計画は頓挫しました。1979年に計画が再始動し、2002年に国家清史編纂委員会が設立され、編纂が開始されました。2013年に初稿が完成しましたが、現在も刊行には至っていません。
巻次説明
当初は全92巻の予定でしたが、最終的に105巻になりました。従来の正史とは異なり、章節体の通紀8巻を設けるほか、図録10巻が含まれます。また、共産党政権の基本理念に基づく編纂となり、現代白話文で記述されるという特徴があります。
批判
アメリカの中国研究者であるパメラ・カイル・クロスリーは、この『清史』が「清の最大版図は自然かつ平和裏に実現した」とする見方を示すことで、「現在の中国が南シナ海、台湾、チベット、新疆の領有権を主張する根拠」にしていると批判しました。また、イェール大学教授の張泰蘇は、『清史』の内容が「新清史学派の影響を受けすぎている」とされ、公刊が棚上げされていると批判しています。
まとめ
『清史稿』は、清朝の歴史を記した重要な資料であり、その後の『清史』編纂に大きな影響を与えました。中華民国、中華人民共和国それぞれの政権が、自らの立場を反映させた『清史』を編纂しようとしたことは、歴史書が単なる過去の記録ではなく、政治的な意味合いを持つことを示しています。現在も編纂が進められている『清史』（中華人民共和国）は、どのような歴史観に基づいて記述されるのか、その完成が待たれます。
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