マリーン朝

マリーン朝：マグリブのイスラム王朝

マリーン朝（アラビア語: المرينيون、ベルベル語: ⵉⵎⵔⵉⵏⴻⵏ）は、12世紀末から15世紀末にかけて、現在のモロッコに存在したイスラム国家です。ザナータ系ベルベル人のマリーン族によって建国され、フェズを首都としてマグリブ西部を支配しました。

歴史

建国初期

元々アルジェリア東部のビスクラ地方で遊牧生活を営んでいたマリーン族は、11世紀末にアラブ遊牧民の攻撃を受け西方へ移動。モロッコ南東部のシジルマサとムルーヤ川の間で生活し、ムワッヒド朝への服従を拒否してサハラ砂漠に退去しました。1195年のアラルコスの戦いではムワッヒド朝に従軍し、戦利品を獲得します。

1212年にムワッヒド朝がナバス・デ・トロサの戦いで敗北した後、マリーン族の指導者アブド・アル＝ハック1世は部族を糾合してモロッコ北部に進出。食料調達のために都市を占領し、1216年から1217年にかけてリーフ山脈を支配下に収めました。1218年には初めてフェズ郊外に到達しています。

キリスト教国、ザイヤーン朝との戦争

1258年に即位したアブー・ユースフ・ヤアクーブは、マリーン朝の君主として初めて「アミール・アル＝ムスリミーン」の称号を使用。ムワッヒド朝を滅ぼしたことから、実質的な建国者と見なされています。1269年9月にはムワッヒド朝の首都マラケシュを攻略しました。

ユースフ・ヤアクーブはイベリア半島へ4度にわたる遠征を敢行。「聖戦」の遂行、半島南部の国際貿易拠点の獲得を目的としました。1275年にはカスティーリャ王アルフォンソ10世が不在の隙を突いてイベリア半島に上陸。ナスル朝から貸与されたタリファ、アルヘシラス、ジブラルタルを拠点としました。

1296年からアブー・ヤアクーブ・ユースフはザイヤーン朝との戦争を開始。1299年からの首都トレムセンの包囲は長期に及びました。包囲の際、トレムセンから南西4km離れた地点にマンスールという都市を建設。宮殿、モスク、旅館などが建てられましたが、アブー・ヤアクーブ・ユースフの暗殺後、マンスールはトレムセンの住民によって取り壊されました。

最盛期

アブー・アルハサン・アリー、その子アブー・イナーン・ファーリスの時代にマリーン朝は最盛期を迎えます。アブー・アルハサンはザイヤーン朝から攻撃を受けていたハフス朝を支援するため、1335年にザイヤーン朝領土に進攻。1337年にはトレムセンを占領しました。

イベリア半島でも攻勢に出て、1333年にアルヘシラスを占領。1340年にはキリスト教国の艦隊を破りイベリア半島に上陸しましたが、サラードの戦いでキリスト教国連合軍に敗北。以後、イベリア半島での遠征は行われなくなりました。

ハフス朝の内紛に乗じて東に軍を進め、1347年にはハフス朝の首都チュニスを占領し、ハフス朝を併合。しかし、1348年にアラブ諸部族に敗北。王子アブー・イナーン・ファーリスが即位を宣言したため、1351年にアブー・アルハサンは復位を果たせずに没しました。

1352年にアブー・イナーンはトレムセンを再征服。1357年にはチュニスに入城しますが、アラブ遊牧民の反乱によりフェズへの撤退を余儀なくされました。アブー・イナーンの治世末期には反乱が頻発し、1357年に没しましたが、宰相によって絞殺されたという噂が立ちました。

アブー・イナーンの死によってマリーン朝の最盛期は終わりを迎え、内乱によって王朝は衰退していきます。

内乱と衰退

アブー・イナーンの死後、王位を巡る争いが激化。1359年にアブー・サーリムが王位に就きますが、クーデターで殺害され、宰相が実権を握りました。1367年にアブド・アル＝アズィーズ1世が即位して実権を回復しますが、スース地方は独立状態にありました。1374年に即位したアブー・アル＝アッバース・アフマドは、過去に喪失した地域を再征服しました。

アブー・サイード・ウトマーン3世の時代にはアルジェリア、チュニジアの征服地が独立。1411年にリーフ山脈で反乱が起こり、10人の王族が王位を主張して蜂起しました。1415年にはセウタがポルトガル王国によって占領され、1420年にウトマーン3世は暗殺されました。

滅亡

1465年、フェズ市民の反乱によりアブド・アル＝ハック2世が殺害され、一時的にシャリーフ政権が樹立。1472年にワッタース家がシャリーフ政権にとって代わり、モロッコを支配しました。

首都フェズ

ムワッヒド朝との関係を断絶するため、マラケシュに代えてフェズがマリーン朝の首都に制定されました。1276年には軍事・行政拠点として新フェズが建設され、宮廷、兵舎、キリスト教徒とユダヤ教徒の居住区が設けられました。

社会

国王の支配力は都市とその周辺の土地に限られ、支配領域の外では半ば自立したザナータ族やアラブ遊牧民が割拠していました。アンダルシアからマリーン朝に逃れた亡命者は、知識人、芸術家、商人としてモロッコの上流階級に溶け込みました。ベルベル人のアラブ化が進み、アラビア語が公用語となりました。

政府はユダヤ教徒に対して寛容であり、行政の諸分野で起用しました。

経済

マリーン朝の商業活動は監督官によって統制されていました。モロッコで商業を営むキリスト教国の商人は1つの商館に集められ、共同の領事の支配下に置かれました。

宗教

マリーン朝は、聖戦や宗教施設の建設によって宗教的正当性を主張しました。ウラマーの支持を得るため、フェズには多数のマドラサが建設されました。ムワッヒド主義は継承されず、マーリク派が採用されました。

文化

マリーン朝治下のマグリブではマドラサ、病院、水車の建設が盛んに行われました。アブー・アルハサン、アブー・イナーンの時代にはフェズに新しい建物が多く作られ、フェズは北アフリカの文化の中心地となりました。また、アブー・イナーンはイブン・バットゥータに強い関心を持ち、彼の体験が『三大陸周遊記』として書き上げられました。

マリーン朝は、マグリブの歴史において重要な役割を果たした王朝です。その政治、経済、文化は、後のモロッコ社会に大きな影響を与えました。

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