イルカ・セングン

イルカ・セングン（Ilqa Senggüm, 生没年不詳 - 1204年頃没か）は、12世紀末から13世紀初頭にかけてモンゴル高原の中央部で勢力を誇った遊牧民国家、ケレイト・カン国の重要人物です。同カン国の最後の君主であるオン・カンの長男として知られています。

彼の名前は様々な史料で異なる表記が見られます。例えば、『元朝秘史』や『元史』といった漢語史料では桑昆、你勒中合桑昆（ニルカ・セングン）、亦臈喝鮮昆などと記されています。一方、『集史』などのペルシア語史料では ايلقا سنكوم（Īlqā Sankūm）と表記され、イラカ・セングムやイルカ・サングンといった読み方もされます。興味深いことに、「ニルカ（Nilqa）」という言葉は「幼児」や「坊や」といった意味を持ち、『元朝秘史』では親しみを込めてか「セングン坊や」とも呼ばれています。これに対し、『集史』や『親征録』では「イルカ（Īlqā）」は「虻」を意味すると解釈しています。名前の後半部分である「セングン（Senggüm）」または「サングン（Sankūm）」は、中国語で宰相を指す尊称「相公」が契丹語を経由してモンゴル語に取り入れられ訛ったもので、当時の遊牧社会において貴人の称号や個人名として広く好んで用いられました。

イルカ・セングンは、本名をトオリルという父オン・カンが、度重なる肉親粛清とその反動としての弟エルケ・カラの反乱によりケレイトから追われ、諸国を流浪した末に、かつて盟友（アンダ）であったモンゴル部族のイェスゲイの子、テムジン（後のチンギス・カン）を頼って落ち延びた時期から、テムジンとの関係が深まります。『集史』によれば、トオリルはイェスゲイ亡き後もテムジンがキヤト氏族の有力者として成長したことを聞いて頼ったとされ、テムジンは彼を厚く迎え入れました。テムジンとトオリルは父子の契りだけでなく、イェスゲイとの関係と同じくアンダの契りをも結んで同盟しました。これにより、イルカ・セングンも自然とテムジンとはアンダ（盟友）として扱われるようになりました。

12世紀の終わりから13世紀初頭にかけて、父トオリル（オン・カン）とテムジンが力を合わせ、モンゴル高原周辺の部族を次々と討伐し、その勢力を拡大していく過程で、イルカ・セングンも父と共に戦場を駆け巡りました。特に1196年には、トオリルとテムジンの連合軍が金朝の完顔襄率いる軍と共にタタル部族をウルジャ河で討伐した戦いに参加しました。この功績により、父トオリルは金朝から「王（ワン）」の称号を授けられ、以後「オン・カン」と呼ばれるようになります。しかし、テムジンが父と並ぶほどの影響力を持つようになったことをイルカ・セングンは快く思わず、テムジンとの戦いに敗れたジャダラン氏のジャムカと密かに通じ、父オン・カンに対してテムジンとの同盟を解消するよう繰り返し讒言を始めました。

1202年、オン・カンとテムジンは関係を強化するため縁組を計画しました。テムジンは長男ジョチの妻としてオン・カンの末娘チャウル・ベキを求めましたが、テムジンをあくまで義子とみなしていたオン・カンは、息子のイルカ・セングンの娘をジョチに嫁がせようとしたり、あるいはセングンの嫡子トス・ブカ（『元朝秘史』ではトサカ）にテムジンの娘コジン・ベキを娶らせようとするなど、両者の間で意見の対立が生じました。この対立を背景に、セングンはついにジャムカと共謀し、ケレイトの陣営を訪れたテムジンを暗殺しようと計画します。しかし、テムジンがこの陰謀を事前に察知して訪問を取りやめたため、計画は失敗に終わりました。それでもセングンは諦めず、さらに父に対してテムジンへの讒言を続けました。

翌1203年春、ついにオン・カンは息子の言葉に乗り、突如テムジンの陣営を奇襲しようとします。これも事前に露呈して失敗に終わると、テムジンは夜通し逃走してカラ・カルジト砂漠で野営しました。追いついたケレイト軍との間で激しい戦闘が勃発し、この戦いでセングンは頬に矢傷を負いました。両軍とも疲弊し、日没と共に兵を退きました。バルジュナ湖まで逃れて体勢を立て直したテムジンは、ケレイトに使者を送り、オン・カン父子の不信行為を強く非難しました。これに対し、オン・カンは一時的に息子イルカ・セングンを詰問しましたが、セングンは父を押し切り、テムジンに対し決裂を告げる最後通牒を送り返しました。

同年冬、テムジンの軍はチェチェエル・ウンデュル山付近で酒宴を開いていたケレイト軍を夜襲しました。三日三晩にわたる包囲の末、ケレイト部はついに降伏し、滅亡しました。オン・カンとイルカ・セングンはかろうじて戦場を逃れましたが、ナイマン国境付近のディディク・サカル（ネクン・ウスン）で、守備兵コリ・スベチによってオン・カンが殺害されてしまいます。セングン一人はさらに逃亡を続け、西夏のエチナ城を通過し、ブリ・チベット方面へ亡命しました。しかし、この地で略奪行為を働いたために現地の住民の恨みを買い、さらに西方のタリム盆地へと逃れざるを得なくなりました。セングンはクチャのクサト・チャル・カシュメという場所で、その地を支配していたカラハン朝のカラジ族のスルターン、キリジ・カラによって、妻子共々捕らえられ、処刑されました。こうして、チンギス・カンの初期の盟友でありながら、その台頭を恐れ敵対し、ケレイト部滅亡の要因を作ったイルカ・セングンは悲劇的な最期を迎えました。

彼にはトス・ブカ（史料によってはトサカ）という子がいたことが知られています。

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