イーゴリ・マルケヴィチ

イーゴリ・マルケヴィチ：多才な音楽家の生涯

イーゴリ・ボリソヴィチ・マルケヴィチ（1912年7月27日 - 1983年3月7日）は、ロシア帝国（現在のウクライナ）で生まれ、スイスで育った作曲家、ピアニスト、そして指揮者です。彼の音楽的才能は、幼少期からアルフレッド・コルトーに見出され、パリでナディア・ブーランジェに師事しました。また、指揮者のヘルマン・シェルヘンからは現代音楽への取り組みに影響を受け、アルトゥーロ・トスカニーニからは独立した両手の使い方を学びました。マルケヴィチは、これらの影響を自身の弟子たちにも伝えています。

1928年にはセルゲイ・ディアギレフの知遇を得て、その才能を認められました。1929年には《コンチェルト・グロッソ》がパリで初演され、作曲家としての地位を確立。バルトークはマルケヴィチを「現代音楽では最も驚異的な人物」と評し、ストラヴィンスキーと同姓であったことから「イーゴリ2世」とも呼ばれました。1936年にはヴァーツラフ・ニジンスキーの娘と結婚しましたが、1947年に離婚しています。

指揮者としてのデビューは18歳で、アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団を指揮した時です。マルケヴィチは特にフランス音楽とロシア音楽の解釈で高く評価され、チャイコフスキーやムソルグスキーの作品は、彼の重要なレパートリーでした。また、ストラヴィンスキーや新ウィーン楽派のような20世紀音楽の演奏でも知られ、ベートーヴェンの交響曲全集も得意としていました。

マルケヴィチは、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団、シンフォニー・オブ・ジ・エアー、ラムルー管弦楽団、ロンドン交響楽団など、多くの著名なオーケストラと共演し、数々の録音を残しました。また、ピアニストのクララ・ハスキルとの共演によるモーツァルトやショパンの協奏曲の録音は、特に有名です。フルート奏者のオーレル・ニコレがベルリン・フィルと録音したチマローザの《2本のフルートのための協奏曲》も彼の指揮によるものです。

1942年に病気を患い作曲活動を休止した後、イタリアに定住し、市民権を取得しました。第二次世界大戦中はパルチザン運動にも参加。1953年にはロンドンに移住し、1965年からはスペイン放送交響楽団で活動しました。1960年には旧日本フィルハーモニー交響楽団を客演し、ストラヴィンスキーの「春の祭典」などで日本の音楽界に衝撃を与え、その後も度々来日し、NHK交響楽団などを指揮しました。ダニエル・バレンボイム、湯浅卓雄、高関健など、彼に師事した指揮者も多くいます。

マルケヴィチは1983年、アンティーブで心臓発作により急逝しました。享年70歳でした。

教育活動

マルケヴィチは、ヴォルフガング・サヴァリッシュ、アレクサンダー・ギブソン、ヘルベルト・ブロムシュテット、ダニエル・バレンボイムなど、多くの著名な指揮者を指導しました。特にバレンボイムの才能を早くから見抜き、「息子さんのピアノは素晴らしいが、指揮者になるべきだ」と語った逸話は有名です。

マルケヴィチの教育方針は、生徒に暗譜での指揮を求め、リハーサルでも同様に暗譜を徹底させることでした。彼は、不必要な動きを排除し、演奏者の注意を散らすような身振りをしないことを重視しました。ブロムシュテットは、マルケヴィチを「素晴らしい教育者」と称賛し、バレンボイムも彼の教育の重要性を強調しています。

主要作品

マルケヴィチは、第二次世界大戦前には「恐るべき子供たち」の一人として、また「ディアギレフの息子」の一人として、早熟な青年作曲家として注目されました。彼の管弦楽作品全集は、マルコ・ポーロから全8巻でリリースされています。

彼の主要な作品には、以下のようなものがあります。

Noces, suite for piano (1925)
Sinfonietta in F major (1928-9)
Piano Concerto (1929)
Cantate for soprano, male chorus & orchestra (1929–30)
Concerto Grosso (1930)
ピアノと小オーケストラのための《パルティータ Partita 》 (1930–31)
Serenade for violin, clarinet and bassoon (1931)
Rébus, ballet (1931)
Cinéma-Ouverture (1931)
Galop for 8 or 9 players (1932)
バレエ音楽《イカルスの飛翔 (1932); recomposed as Icare (1943)
Hymnes for orchestra (1932–33)
Petite suite d’apres Schumann for small orchestra (1933)
Psaume for soprano and small orchestra (1933)
合唱と管弦楽のためのオラトリオ《失楽園》 (1934–35)
Trois poèmes for high voice and piano (1935)
Cantique d’amour for orchestra (1936)
Le nouvel âge, sinfonia concertante for orchestra with 2 pianos (1937)
La Taille de l’homme, 'concert inachevée' for soprano and 12 instruments (1938–39)
Stefan le poète, 'impressions d’enfance' pour piano (1939–40)
ソプラノと管弦楽のための協奏交響曲《偉大なるロレンツォ》, (1940)
ピアノのための《ヘンデルの主題による変奏曲、フーガとアンヴォワ》 (1941)
Le Bleu Danube, valse de concert on themes by Johann Strauss (1944)
6 Songs of Mussorgsky arranged for voice and orchestra (1945)
The Musical Offering, BWV 1079 by Johann Sebastian Bach arranged for triple orchestra (1949–50)

著書

マルケヴィチは音楽家としてだけでなく、文筆家としても活動しており、以下の著書を残しています。

Made in Italy, souvenirs, 1940
Point d'orgue, entretiens avec Claude Rostand, 1959
Être et avoir été, mémoires, Gallimard, 1980
Le Testament d'Icare, essai philosophique, Grasset, 1984

理論

『ベートーヴェンの交響曲～歴史的・分析的・実践的研究』Die Sinfonien von Ludwig van Beethoven: historische, analytische und praktische Studien （ペータース社、ライプツィヒ、1982年)


イーゴリ・マルケヴィチは、その多才な才能と教育活動を通じて、20世紀の音楽界に大きな足跡を残しました。

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