エリダヌス座82番星

エリダヌス座82番星とは

エリダヌス座82番星は、地球からおよそ20光年の比較的近い距離に位置する恒星で、エリダヌス座の領域に属しています。スペクトル分類上はG8型に区分される主系列星であり、太陽（G2型）と類似した性質を持ちます。

この恒星の名称にある「82番」は、19世紀の天文学者ベンジャミン・グールドによって編纂された「Uranometria Argentina（アルゼンチン恒星カタログ）」における登録番号に由来します。これは、有名なフラムスティード星表を南半球向けに拡張したものであり、グールドはフラムスティードと同様の番号付け規則を採用しました。かつては「G」という記号が付けられ、グールドの規則に従うことを示していましたが、他の星表との統合が進む中で多くの恒星からその記号は消え、エリダヌス座82番星は数少ない例外としてその名を現代に残しています。

物理的な特徴

エリダヌス座82番星は、光度においては太陽よりわずかに暗いものの、くじら座τ星やケンタウルス座α星Bよりは明るく輝いています。恒星の自転速度（視線方向に対する自転速度の投影成分、v sin i）は約0.52 km/sと測定されており、太陽の約2 km/sと比較するとゆっくりとした回転をしていることがわかります。

この恒星は「高速度星」として知られています。これは、太陽系の運動に対して非常に大きな固有運動（天球上での位置の変化）を持つ恒星を指します。エリダヌス座82番星は、その大きな運動速度と低い金属量（ヘリウムより重い元素の割合）から、古くから存在する「種族II」の恒星であると考えられています。種族IIの恒星は、銀河系のハロー領域や厚い円盤部に多く見られ、銀河面の外側へ張り出すような軌道をとることがあります。エリダヌス座82番星の推定年齢は幅広く、60億年から130億年とされており、太陽よりもかなり年上である可能性が高いです。銀河系中心を周回するその軌道は離心率が0.40と比較的大きく、銀河系中心からの距離は4.6キロパーセクから10.8キロパーセクの間で変動します。

また、この恒星は星間物質の密度が低い領域を通過しており、視直径で6秒角にも及ぶ広大な恒星圏（バブル）を形成していると推測されています。太陽に対する高い固有運動速度（約101 km/s）のため、恒星の移動によって周囲の星間物質をマッハ3以上の速度で圧縮し、バウショックと呼ばれる衝撃波面を形成していると考えられています。

惑星系の探査

エリダヌス座82番星の周囲では、初期の観測で塵円盤の存在が示唆されてきました。赤外線宇宙天文台による観測では赤外超過が検出され、これは60 µm程度の大きさの塵の円盤に起因する可能性が考えられました。しかし、2006年のスピッツァー宇宙望遠鏡による観測では、この赤外超過や塵円盤は確認されませんでした。

状況が変わったのは2012年です。ハーシェル宇宙天文台による観測で、エリダヌス座82番星の周囲にやはり塵円盤が存在することが発見されました。その詳しい性質はまだ不明な点が多いものの、仮におとめ座61番星の周囲にある塵円盤と同様の組成を持つとすれば、その軌道長半径はおよそ24 auと推定されています。

惑星の探査も精力的に行われています。2011年8月17日、ヨーロッパの研究者たちはドップラー分光法（恒星の視線速度の変化から惑星の重力の影響を検出する方法）を用いて、エリダヌス座82番星の周囲を公転する3つの太陽系外惑星候補（b、c、d）を発見したと発表しました。これらの天体は質量から見て「スーパーアース」（地球の数倍の質量を持つ惑星）に分類されると考えられています。発見された惑星候補はいずれも軌道離心率が大きくない（円に近い軌道を持つ）とされ、公転周期がすべて90日以下であることから、主星の比較的近くを公転していることが示されました。当時、最も外側を公転しているとされた惑星候補dの平衡温度は、アルベド（反射率）を0.3と仮定した場合、約388 K（115 ℃）となり、水の沸点を大幅に超える高温になると推定されました。

初期の観測において、惑星候補cの重力的な影響を示す信号は他の2つの候補に比べて弱く、またその公転周期が主星の自転周期と類似しているようにも見えたため、発見チームは惑星cが真の惑星であるかどうかについて、他の2つの候補よりもやや慎重な見方を示していました。実際、この40日周期の信号はその後の観測によって惑星の存在を示すものではないと考えられており、「c」の名称は後に発見された別の惑星に再割り当てされています。

その後、ドップラー分光法のデータ解析技術は進化しました。2017年には、Fabo Fengを中心とする研究チームが、ノイズを除去したより高精度のデータ解析により、最大3つの新たな惑星候補（e、f、g）が存在する可能性を示唆しました。これらの候補の一つ、天王星型惑星に近いとされる惑星候補fは、理論上のハビタブルゾーン（生命が存在しうる液体の水が存在する領域）内を公転している可能性が指摘されました。この研究チームは、新しい解析技術を用いることで、以前報告された3つの惑星候補についてもより正確な情報を得られると考えていましたが、惑星cについてはやはり弱い証拠しか得られませんでした。

惑星系の実態を巡る探査は続きました。2023年の研究では、これまでの観測データを再解析した結果、惑星候補bとdのみが有意に確認され、他の候補は検出されませんでした。特に、惑星cの信号の統計的な有意性が追加データによって高まらなかった事実は、惑星cが存在しない可能性が高いことを示唆しています。40日周期の信号は、恒星自身の自転に関連しているとみられています。2017年に示唆された追加の3つの惑星候補（e、f、g）についても、この研究では確認も否定もできませんでした。

しかし、同じく2023年に行われた別の研究では、以前の惑星候補のうちbとdを確認した上で（この研究ではこれらを改めてb、cと呼称）、これらよりも主星から遠く、かつ離心率が高いため軌道の一部がハビタブルゾーンにかかる3番目の惑星候補（この研究では改めてdと呼称）を新たに検出したと報告しています。

そして、2025年の研究によって、この3番目の惑星候補dの存在が最終的に確認されました。

居住可能性への期待

2025年1月28日には、オックスフォード大学の研究者らが、ハビタブルゾーン内を公転するエリダヌス座82番星dの存在を確認したと発表しました。査読付き学術誌「アストロノミー・アンド・アストロフィジックス」に掲載された論文の中で、研究者たちは20年間にわたる観測データの詳細な分析に基づき、エリダヌス座82番星dが岩石惑星である可能性を示唆しています（ただし、組成はまだ不明であり、ミニ・ネプチューンの可能性も排除されていません）。彼らは、惑星dが将来の直接撮像観測による大気特性調査において、優先度の高いターゲットとなるべきだと提唱しています。

エリダヌス座82番星（グリーゼ139としても知られる）は、その性質や惑星系の特徴から、居住可能性の観点でも高い評価を受けています。かつて、惑星の居住可能性に関する研究を行ったスティーヴン・ドールは、その著書「Habitable Planets for Man」の中で、エリダヌス座82番星に5.7%という非常に高い「居住可能性指数」を与えました。これは、他にケンタウルス座α星B、へびつかい座70番星A、カシオペヤ座η星A、くじゃく座δ星の4つの恒星にしか与えられていない高い数値です。

これらの理由から、エリダヌス座82番星は、アメリカ航空宇宙局（NASA）が計画していた、地球型惑星やより大きな系外惑星を高精度で検出するための宇宙干渉計ミッション（SIM）における、初期の主要な観測目標天体の一つに選ばれていました（SIM計画は後に中止）。

エリダヌス座82番星とその惑星系は、今後も地球に近い場所にある太陽型星の進化や惑星形成、そして居住可能性に関する研究において、重要な観測対象であり続けるでしょう。

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