シグナス (宇宙船)

シグナス（Cygnus）

概要と開発背景

シグナスは、アメリカ航空宇宙局（NASA）が進める商業軌道輸送サービス（COTS）計画の一環として開発された、国際宇宙ステーション（ISS）へ物資を輸送するための無人宇宙補給機です。開発は、オービタル・サイエンシズ社（後にアライアント・テックシステムズと統合しオービタルATKを経て、現在はノースロップ・グラマン・イノベーション・システムズの一部となっています）が担当しました。

COTS計画では、当初別の企業がISSへの商業補給サービス提供候補とされていましたが、資金調達の困難から契約が終了しました。これを受け、2008年にNASAは新たな候補としてスペースX社のドラゴン宇宙船と共にシグナスを選定し、契約を締結しました。

運用とISSへの結合

シグナスの打ち上げには、主にオービタル・サイエンシズが開発した標準型2段式ロケットであるアンタレスが使用されます。

ISSへのランデブーと結合に関しては、日本の宇宙ステーション補給機（HTV）と同様の方式が採用されています。グローバル・ポジショニング・システム（GPS）や追跡・データ中継衛星（TDRS）といった航法支援システムを用いてISSへ自動で接近した後、宇宙ステーションに設置されているロボットアーム、カナダアーム2によって捕捉・把持されます。最終的には、ISSのハーモニー（ノード2）モジュールに備えられた共通結合機構（CBM）に結合し、物資の搬入が行われます。

シグナスの運用能力は、アンタレスロケットの初打ち上げ成功（2013年4月）を経て、同年9月に行われたシグナス実証機（Orb-D1）の打ち上げとISSへの初結合成功によって証明されました。また、近年では単なる物資補給に留まらない機能も実証されています。例えば、2022年6月には、シグナス搭載のスラスタを使用してISSの軌道を上昇させる試験運用が初めて実施され、宇宙ステーションの高度制御に貢献できる能力も示されました。

機体構造と技術的特徴

シグナスの設計思想は、既存の実績ある宇宙技術を最大限に活用し、それらを再構築することにあります。このアプローチにより、開発における技術的リスクとコストを低く抑えつつ、高い信頼性を持つシステムを実現しています。

機体は、以下の二つの主要な部分で構成されています。

サービスモジュール (SM)
与圧貨物モジュール (PCM)

サービスモジュール (SM)

サービスモジュールは、シグナスの飛行に必要な推進、電力、姿勢制御、通信といった機能を担う部分です。オービタル・サイエンシズが静止衛星用に開発した衛星バスシステム「STARバス」の推進系や電源系、さらにSTARバスを改修して小惑星探査機「ドーン」に用いられたアビオニクス技術などを流用して開発されました。これにより、開発期間の短縮と信頼性の確保が図られています。

主要諸元：

寸法：直径 3.1 m × 全長 1.3 m
全備質量：約 1.8 t
電源：初期型は固定型GaAsトリプルジャンクション太陽電池パドル。実用4号機（CRS-4）以降は、ATK社が開発した軽量・高出力の円形UltraFlex太陽電池パネルに換装されました。
発生電力：初期型で約 3.5 kW
メインエンジン：IHI社製 BT-4エンジン（推力 445 N）
推進剤：MON-3 / N2H4（酸化剤/燃料）
スラスタ：Aerojet Rocketdyne社製 MR-106Mヒドラジンスラスタ 32基（姿勢制御など）
バッテリー：GSユアサ社製 LSE190リチウムイオン電池
近傍接近システム：ISSなどとのランデブー時に精密な誘導・制御を行う通信機器。日本の宇宙ステーション補給機（HTV）で実績のある三菱電機製PROXシステムが採用されています。

与圧貨物モジュール (PCM)

与圧貨物モジュールは、ISSへ送る与圧環境下の物資（食料、衣料、実験装置、宇宙飛行士の私物など）を搭載する船室のような部分です。NASAがかつてスペースシャトルでISSへの物資輸送に使用していた多目的補給モジュール（MPLM）の技術を参考に、欧州のタレス・アレーニア・スペース社によって開発・製造されています。

ISSへの結合には、ISS標準の共通結合機構（CBM）を使用しますが、運搬する貨物の種類やサイズを考慮し、結合後のISS側のハッチの開口部はMPLMやHTV、ドラゴンと比較してやや小型化されている点が特徴です。

主要諸元：

寸法：直径 3.1 m × 全長 3.8 m
全備質量：約 3,500 kg
ペイロード（搭載可能な物資量）：当初は約 2,000 kg。実用4号機（CRS-4）以降は改良により約 2,700 kgに能力が拡張されています。

シグナスは、ISSへの安定した物資補給ルートの一つとして、その運用を継続しています。

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