シャー・シュジャー (ムガル皇子)

シャー・シュジャー（ベンガル語：শাহ সুজা）は、1616年6月23日に北インドのムガル帝国で生まれ、1661年2月7日に没しました。彼は第5代皇帝シャー・ジャハーンと皇后ムムターズ・マハルの間に生まれた次男です。兄にダーラー・シコー、弟にアウラングゼーブとムラード・バフシュがおり、ジャハーナーラー・ベーグムら3人の姉妹もいました。

幼少期と地方統治

シャー・シュジャーは幼少期を経て、政治の手腕を発揮する機会を得ます。1641年にはベンガル太守およびビハール太守に、さらに1648年7月25日にはオリッサ太守にも任命されました。彼はベンガル地方の統治において、反抗的な小王（ラージャ）を鎮圧し、多額の貢納金を徴収するなどして、夥しい財宝を集積したと伝えられています。また、強大な軍隊も編成し、地方における権力基盤を固めました。

皇位継承戦争への参戦

1657年9月、父帝シャー・ジャハーンが重病に伏すと、帝国では皇位を巡る激しい争いが勃発します。シャー・シュジャーは、兄のダーラー・シコー、弟のアウラングゼーブ、ムラード・バフシュといった兄弟との覇権争いに身を投じることとなりました。彼は他の兄弟に先んじて行動を起こし、同年11月には支配下のベンガルで皇帝即位を宣言し、自らの名が刻まれた貨幣（硬貨）を鋳造しました。

ダーラー・シコーとの戦い

1658年2月14日、帝位を主張するシャー・シュジャーは、首都アーグラを目指して進軍する途上、デリーから派遣された甥（ダーラー・シコーの息子）スライマーン・シコー率いるダーラー・シコー派の軍勢とバハードゥルプルで激突しました（バハードゥルプルの戦い）。この戦いはシャー・シュジャーの敗北に終わり、彼は辛うじて命拾いしたものの、数日間追撃を受けることになりました。フランスの旅行家フランソワ・ベルニエは、この敗戦によってスライマーン・シコーは名声を得た一方、シャー・シュジャーは信頼を大きく損ない、彼に期待を寄せていた人々は失望したと記しています。

敗戦を受けて、シャー・シュジャーは同年5月17日にダーラー・シコーとの間で講和を結びました。この講和により、彼はベンガル、ビハール、オリッサの大部分の領有権を認められました。しかし、そのわずか1ヶ月後の6月8日、ダーラー・シコーはアーグラ近郊で行われたサムーガルの戦いで、弟アウラングゼーブとムラード・バフシュの連合軍に敗れ、ラホールへ逃走します。その後、アウラングゼーブはムラード・バフシュを幽閉し、7月31日にデリーで皇帝として即位しました。

アウラングゼーブとの抗争

アウラングゼーブがダーラー・シコーの追撃に乗り出したことを知ったシャー・シュジャーは、再びアーグラを目指してベンガルから進軍を開始しました。しかし、アウラングゼーブはその知らせを聞きつけ、追撃を中断してシャー・シュジャーとの対決に臨むため引き返します。そして、1659年1月5日、両軍はアラーハーバード近郊のカジュハで衝突しました（カジュハの戦い）。

戦いは序盤、シャー・シュジャーが優位に進め、アウラングゼーブの後衛がジャスワント・シングによる襲撃を受けるなど、アウラングゼーブ軍は混乱しました。しかし、アウラングゼーブの有能な将軍ミール・ジュムラーの尽力によりアウラングゼーブは冷静さを取り戻し、またその強運も味方につけ、シャー・シュジャーは惜しくも敗北しました。アウラングゼーブはダーラー・シコーを破った時と同様の手を用い、内通させた家臣にシャー・シュジャーを象から降りるように進言させ、シャー・シュジャーはその忠告に従ってしまったことが敗因の一つとされています。

カジュハでの敗北後、アウラングゼーブが深追いをしなかったため、シャー・シュジャーは多くの兵力を失うことなくアラーハーバードに後退し、陣地を構えました。これを知ったアウラングゼーブは、長男のスルターンとミール・ジュムラーを追討に派遣します。シャー・シュジャーは以前ベンガル地方のラージャたちを苛めていたため、彼らの反乱を恐れるとともに、ミール・ジュムラーとの対決を避けたいと考えていました。そのため、彼はアラーハーバードの陣地を引き払い、ヴァーラーナシー、パトナを経てモンギールへと向かいました。

モンギールでシャー・シュジャーは徹底抗戦を決意し、町、川、山に通じる大規模な塹壕を掘って防衛線を築きました。しかし、ミール・ジュムラーがガンジス川沿いにゆっくりと下ってくるのは陽動作戦であり、ミール・ジュムラーがスルターンと共にガンジス右岸の山地のラージャを味方につけ、強行軍でラージマハルへ向かい、シャー・シュジャーの退路を断とうとしているという情報が入ります。シャー・シュジャーは急遽モンギールを放棄し、ラージマハルに新たな陣地を構えました。

ラージマハルに到着したミール・ジュムラーは即座に攻撃を開始し、シャー・シュジャーは5～6日間防戦しましたが、ミール・ジュムラー軍の絶え間ない砲撃と雨季の始まりにより劣勢に立たされます。彼は夜陰に紛れてラージマハルから脱出しました。ミール・ジュムラーは伏兵を警戒して追撃を翌朝に延期しましたが、夜明け前に降り出した雨が三日間も続いたため、追撃は不可能となり、ミール・ジュムラー軍はそこで冬営することになりました。

一方、シャー・シュジャーは軍の再編成を進め、低ベンガル地方から大砲を取り寄せ、この地に住んでいたポルトガル人勢力を味方につけることに成功しました。また、ミール・ジュムラーと不仲になった皇子スルターンがシャー・シュジャーのもとに駆けつけ、忠誠を誓いました。シャー・シュジャーはスルターンに娘グルルフ・バーヌー・ベーグムを娶わせましたが、彼がアウラングゼーブやミール・ジュムラーの策略で送り込まれたのではないかと疑い、完全に信頼することができませんでした。結局、スルターンはシャー・シュジャーのもとを離れてしまいます。

その後、ミール・ジュムラーのもとには大規模な増援が送られ、体勢を立て直していたシャー・シュジャーは再び劣勢に追い込まれました。最終的に、彼はガンジス川の両岸および河口付近の島にあるタンダーでミール・ジュムラー軍に包囲されました。

アラカンへの逃亡と最期

タンダーで包囲されながらも、シャー・シュジャーは諦めずに反撃の機会を伺って戦い続けましたが、ついにベンガルに隣接するビルマのアラカン王国へ亡命することを検討し始めました。彼は息子ザイヌッディーン・ムハンマドをアラカン王サンダ・トゥダンマのもとへ使者として送り、亡命の許可と船の提供を取り付けることに成功しました。息子は多数の船を伴ってダッカへ帰還します。

1660年4月6日、シャー・シュジャーは滞在していたタンダーを離れ、12日にダッカに到着しました。その後、5月6日にダッカを出発し、12日にはアラカン行きの船に乗ってベンガルを後にしました。伝えられるところによれば、彼は二隻の船に家族、家臣、そして蓄えられた金銀財宝の全てを積み込んだといいます。シャー・シュジャーとその一行は、チッタゴンなどを経由しながら、同年8月26日にアラカンに無事到着しました。

アラカン王は当初シャー・シュジャーを歓迎し、家族には生活必需品が支給され、彼らの亡命は受け入れられました。しかし、シャー・シュジャーがメッカ経由でトルコまたはペルシアへ向かうための外洋船を再三にわたって催促すると、アラカン王の態度は硬化します。王はシャー・シュジャーが自分に会いに来ないことを不満に思い、次第に冷淡に扱うようになりました。シャー・シュジャーとしては、王宮に行けば財宝を奪われ、身柄を拘束されてミール・ジュムラーに引き渡される危険性を感じていました。実際、アウラングゼーブは莫大な財宝を対価にアラカン王へシャー・シュジャーの引き渡しを要請していました。シャー・シュジャーは息子に大量の錦や金銀財宝を持たせて王のもとへ行かせ、外洋船の約束の履行を懇願しましたが、王は船の件を無視し、シャー・シュジャーの娘の一人を妻に欲しいと要求する始末でした。

事態が進展しないことに窮したシャー・シュジャーは、新たな野望を抱くようになります。彼はアラカン王を打倒し、自らがアラカンの支配者となるべく、現地のイスラーム教徒たちと連携して陰謀を巡らせました。しかし、1661年2月7日、陰謀実行の前日に計画がアラカン王に露見してしまいます。シャー・シュジャーはアラカン王国からの逃亡を余儀なくされ、ペグー方面への脱出を図りました。

しかし、その日のうちに、シャー・シュジャーとその家族は首都ミョーハウン近郊のジャングルで追手に捕らえられ、彼はその場で殺害されたとされています。

家族の運命と死に関する異説

シャー・シュジャーの死後、彼の家族もまた悲惨な運命を辿りました。捕らえられた家族はミョーハウンに送還され、1663年には三人の息子（ザイヌッディーン・ムハンマド、ブランド・アフタール、ザイヌル・アービディーン）が処刑されました。妃や娘たちはアラカン王の慰み者とされた後、悲劇的な最期を迎えたと伝えられています。

しかし、同時代にインドを訪れたフランスの旅行家フランソワ・ベルニエの記録では、シャー・シュジャーの家族が捕らえられたところまでは一致するものの、その後の情報が錯綜しています。ベルニエは、シャー・シュジャーの死体を見たという現場に居合わせた人々の話を聞いたものの、それが本人である確証はなかったと述べています。

ベルニエ自身は、シャー・シュジャーがジャングルから逃れて生き延びた可能性が高いと考えていました。そして、彼がマスリパタムにたどり着きゴールコンダ王やビジャープル王に合流したという噂、スーラト沖合を外洋船で通過したという噂（その船にはペグーかシャムの王から与えられた赤い旗が掲げられていたとも）、さらにはシーラーズで見かけられた、カンダハールからカーブルへ入ろうとした、あるいはペルシアに入ったという様々な情報や噂を聞いています。ベルニエは、アウラングゼーブがある日冗談めかして「シュジャーはとうとうハッジ（メッカ巡礼者）になった」と語ったという話も記録しています。

とはいえ、ベルニエはシャー・シュジャーに仕えていた宦官やゴールコンダ王国の高官から、シャー・シュジャーはこの世にいないと聞かされたこともあり、情報収集のために尋ねたイスファハーンから来たばかりの商人からは彼の消息に関する情報を全く得られなかったとしています。ベルニエは、彼がその場で殺害されなかったとしても、盗賊に襲われるか、あるいはトラやゾウといった野生動物に遭遇して死亡したと考えるのが最も可能性が高いと結論づけています。

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