セックスドキュメントシリーズ

「セックスドキュメントシリーズ」は、東映が日本の高度経済成長期、「昭和元禄」とも称された活気あふれる時代の社会現象や性風俗を映像に収めるべく、1969年から1973年にかけて製作した一連のドキュメンタリー映画です。製作当時から注目を集め、『週刊朝日』では五社体制下の東映としては異例の社会派映画と評され、公開時には『スポーツニッポン』が「日本の繁栄の裏側を見事に暴いた東映初のノンフィクション」と紹介するなど、その内容は多角的な評価を受けました。

企画の genesis と展開

本シリーズの企画は、ルポライターの竹中労が、東映の企画製作本部長であった岡田茂の人間的魅力に惹かれたことから持ち込まれました。当時、性愛路線を推進していた岡田は、これらの企画が男性観客の好奇心や覗き見たいという欲求を満たす有力な題材になると判断し、採用に至ります。第一作は中島貞夫を監督に据え、『にっぽん'69 セックス猟奇地帯』として製作され、1969年 1月18日に不良番長シリーズの第二作と二本立てで封切られました。任侠映画ではなく、アクション映画との併映ながらヒットを記録し、岡田も作品の内容を評価したことからシリーズ化が決定します。以降、東映の性愛路線、通称「東映ポルノ」の重要な一角を占める企画として、1973年までに中島貞夫監督による東映京都撮影所製作の4作品に加え、佐藤純彌構成、鷹森立一、高桑信、野田幸男の各監督による東映東京撮影所製作の各1作品、計7作品が製作されました。シリーズの範囲には諸説あり、1975年の『札幌・横浜・名古屋・雄琴・博多トルコ渡り鳥』を含む見方もあります。

シリーズ作品のタイトルは全て当時の岡田茂によって命名されました。企画の発端は竹中労によるものでしたが、第二作以降は竹中が直接関わることはなく、岡田茂の主導による企画色が強まります。「セックスドキュメント」という冠タイトルが初めて使用されたのは、1971年公開の第三作『セックスドキュメント性倒錯の世界』からで、これが本シリーズの名称の元祖とされています。以降、他社製作の日本映画や外国映画においても、この「セックスドキュメント」というタイトルが模倣されるようになります。シリーズ後半には演出（やらせ）が含まれることも中島自身が認めていますが、セックスに関する情報が圧倒的に不足していた1960年代から1970年代にかけての日本の性風俗を広範囲に記録しており、当時の世相や文化を知る上で貴重な映像資料としての価値も有しています。

製作の背景と手法

風俗ドキュメンタリーというジャンルは、イタリアの『世界残酷物語』に始まるモンド映画や、日本の「和製モンド映画」、『女体の神秘』のような「性科学映画」など、先行作品が存在しました。また、藤田敏八らが企画した『にっぽん零年』（未完）の製作発表も、本作製作の一つの契機になったと指摘されています。しかし、先行作品の多くが一般劇場で全国公開されなかったのに対し、本シリーズが「セックスドキュメント」というタイトルを掲げて全国の東映封切館で堂々とロードショー公開された点は、商業映画としての先駆性が高いと言えます。

第一作『にっぽん'69 セックス猟奇地帯』の企画にあたり、岡田茂は中島貞夫を呼び出し、竹中労から聞いた全国の性風俗に関する話を聞かせ、これを「日本スケベ物語」という仮題でドキュメンタリー映画にするよう指示しました。中島はドキュメンタリーとしての面白さを感じつつ、映画になるかは未知数だと答えながらもこの企画を受け入れます。当時の東映は任侠路線が全盛期であり、スターシステムが確立されていましたが、ドキュメンタリーであるためノンスタア作品となることに鶴田浩二が不快感を示すといった一幕もありました。一方、夜の遊びに慣れた梅宮辰夫は取材参加を熱望したものの、キャストなしの方針に落胆したエピソードも残っています。

中島監督は、単なるエロティシズムに終わらず、当時の日本の時代の足跡を残したいと考え、企画プロデューサーの佐藤雅夫と協議します。岡田からの「風俗をやれ」という指示を逆手に取り、性風俗だけでなく、学生運動、アングラ、ヒッピーなど、昭和元禄期の生活風俗全般をルポルタージュすることにしました。岡田からのクレームを想定し、佐藤に内容への口出しをしないよう釘を刺し、また、長期取材中に捜索願を出さないよう依頼したといいます。

撮影にあたっては、イタリアのヤコペッティ監督のような作り物を一切避け、やらせはせず、事実だけを狙うという方針を掲げました。「異常なことも日常性と表裏一体のところに起こっている日本の現実を捉え、未来を予測させる作品にしたい」との決意のもと、台本なしで公開予定も立てず、隠しカメラや隠しマイクを駆使し、危険を伴う場所での潜入撮影を敢行しました。約一年間の予備取材を経て、1968年春頃から本格的な撮影が開始されました。これは当時のプログラムピクチャーを大量生産していた東映としては異例の長期撮影でした。スタッフは少数精鋭で、16mmカメラ2台を使用し、日本全国の夜の街を中心にゲリラ的に撮影を進めました。これによりスタッフは身の危険を感じたり、当局の尾行を受けプロデューサーが度々呼び出されたりしました。目黒雅叙園を拠点に、文化の転換期だった1968年の新宿を中心に撮影が行われ、唐十郎率いる状況劇場、ゼロ次元といった当時のカウンターカルチャーを象徴する存在が登場します。また、沼正三といった倒錯した願望を持つ人物にもカメラが向けられ、映倫から忠告を受ける描写も含まれました。沼正三の小説『家畜人ヤプー』の映画化を中島は熱望し、原作権を取得しましたが、右翼からの攻撃を恐れた岡田に止められ、企画は頓挫しています。さらに、ブルーフィルム撮影現場への潜入や、乱交パーティーの隠し撮りなど、非合法すれすれの撮影も行われました。アメリカ占領下の沖縄では、那覇の歓楽街や嘉手納基地からベトナムへ向かうB-52の爆弾搭載シーンなどが撮影され、作品に取り入れられました。この他にも、アングラ演劇、ストリップ、飛田新地、猟奇的な儀式、赤線地帯、ボディーペインティング、整形美容など、当時の多様な風俗がフィルムに収められました。一方で、川崎のザブトン売春のように、物理的に撮影が困難で映像に収められなかったケースもありました。大量のカラーフィルム（10万フィート）が使用され、二ヶ月間かけて慎重な編集作業が行われました。

各シリーズ作品の概要と背景

第二作『驚異のドキュメント日本浴場物語』 (1971):
岡田茂からの新たなドキュメンタリー企画の提案に対し、中島監督が「いい湯だなホイホイ」という軽い調子で返答したことから着想を得たとされる作品。大阪万博後の「ぬるま湯に浸った日本」をテーマに、全国の温泉や浴場、風呂にまつわる歴史やエピソードを探訪します。しかし、各地の浴場に大きな差が見られないことから、商売として成立させるために東映女優の女屋実和子を起用し、ドラマ仕立ての要素を導入しました。風呂の極致を母親の胎内とこじつけ、帝王切開のシーンやトルコ風呂の実態を描写しましたが、トルコ風呂のシーンには演出（やらせ）が含まれていたことが中島自身により明かされています。裸体描写を巡り映倫の審査が紛糾し、一部がカットされました。狂言回し役として大木正司が出演し、音楽は芸能界謹慎中だった荒木一郎が担当しました。

第三作『セックスドキュメント性倒錯の世界』 (1971):
中島監督が熱望した『家畜人ヤプー』の映画化が頓挫したことを受け、代替企画として製作されました。現代社会における倒錯した性の諸相を追跡し、人間とは何かを探求することをコンセプトとしています。サディズム、マゾヒズムといったSMの世界を描こうと、脚本家が構成に参加するというドキュメンタリーとしては異色の体制が取られました。この作品では、アブノーマルな性に対する正当性を説くという意図も込められ、『家畜人ヤプー』の世界観までを射程に入れています。東郷健、奈良林祥、銀座ローズ、伊藤晴雨、池玲子、戸川昌子、団鬼六、辻村隆、渡辺淳一といった、当時の性や文化を巡る様々な人物が登場しました。

第四作『セックスドキュメントトルコの女王』 (1972):
第二作でトルコ風呂のシーンが好評だったことから、岡田茂の指示でトルコ風呂に特化した作品として企画されました。当時のトルコ風呂ブームの背景にあるトルコ嬢の技術発展に焦点を当て、様々なプレイのテクニックを紹介。日本の性産業の最先端を追い、性の解放の行方を予見しようとしています。構成クレジットに佐藤純彌の名がありますが、本人は自身の構成案が監督に採用されず、名前だけが残ったと語っています。

第五作『セックスドキュメントエロスの女王』 (1973):
セックスが氾濫する時代に、それを生業とする人々、「セックス商人」たちの生き様に迫った作品。火石利男やローズ秋山夫妻のSMショーなどが描かれましたが、中島監督自身は、この頃にはネタが枯渇し、やらせが多くなり、もはやドキュメンタリーとは呼べない状態だったと振り返っています。週刊誌などに取り上げられる機会が増え、プロデューサーの元に様々な人物からの売り込みがあったことも、作品の方向性に影響を与えたようです。

第六作『セックスドキュメントモーテルの女王』 (1973):
当時、ブランコベッドや回転ベッドなど奇抜な設備を導入し進化を遂げていたモーテル（ラブホテル）に着目し、その実態を紹介することをコンセプトとした作品。東京都内や相模湖畔などのモーテルでロケーション撮影が行われました。素人のセックスを盗み撮りできないため、実際に性行為を演じるカップルを募集するという手法が取られ、ドキュメンタリータッチの劇映画に近い内容となりました。本作の公開は、モーテルがトルコ風呂と並ぶ日本の欲望過剰地帯としてメディアに取り上げられるきっかけの一つとなりました。城恵美、早乙女りえといった東映女優も出演しています。

第七作『セックスドキュメント金髪コールガール』 (1973):
日本の性風俗を掘り尽くした結果、「次は海外か、手っ取り早く国内の外国人だ」という発想から企画された作品。当時、夜の赤坂を拠点に活動していた外国人コールガールが摘発される事件が発生したことに目をつけ、これをやらせで再現しようとしたため批判も受けました。当初は『コールガールの生態を暴く』というタイトルが検討されていました。

興行と評価、そして影響

岡田茂の映画本部長就任後、東映はエロ路線を一層強化し、1969年の正月興行から本作を含む過激なタイトルの作品群を次々と公開しました。こうした露骨な路線には呆れる声もありましたが、岡田は「大衆が喜ぶものを作るだけだ」と反論しました。第一作『にっぽん'69 セックス猟奇地帯』は、その見世物性が観客に受け入れられ、製作予算の10倍もの大ヒットを記録し、日本の記録映画史においても稀有な成功例とされています。「不良性感度路線」を掲げていた東映ならではの異色のドキュメンタリーとして、シリーズ化が促進されました。当時の『サンデー毎日』は、本作を「68年のハレンチ・ブームの頂点」と評しています。映画評論家の馬飼野元宏は、文化風俗史の大きな曲がり角であった1969年の生々しい真実を切り取った「異端の傑作」とし、人間の本質を暴いた作品と高く評価しています。一方で、公開時の評論では、大黒東洋士や深沢哲也のように「ヒドイ」「作りもの」「悪作」と酷評する声もありました。

他社がエロ路線を模倣し興行成績が鈍化したことや、70年安保を控えた世相の変化に対応するため、岡田茂は新たな路線開拓を目指し、「性愛路線」に続いて「刺激暴力路線」「ゲバルト路線」を打ち出します。本作で見られた生々しい描写は、中島監督が後に手掛けるアクション映画や実録映画における暴力描写にも影響を与えたとされます。また、第一作の沖縄での撮影で、嘉手納基地の映像を無断で使用したことが琉球映画貿易との関係を悪化させ、1976年の『沖縄やくざ戦争』の沖縄ロケが困難になるという副次的な影響も生じました。関本郁夫監督の『札幌・横浜・名古屋・雄琴・博多トルコ渡り鳥』も、本シリーズのトルコ風呂を扱った作品のヒットを受けて企画されたものです。

再映とソフト化

本シリーズは、公開後長らく劇場で上映される機会が稀でしたが、近年再び注目を集めています。2011年には『セックスドキュメント性倒錯の世界』がニュープリントで約40年ぶりに劇場公開され、2019年にはラピュタ阿佐ヶ谷で中島貞夫監督によるシリーズ4作品が特集上映されました。映像ソフトとしては、2012年にシリーズ初期の3作品（『にっぽん'69 セックス猟奇地帯』『驚異のドキュメント日本浴場物語』『セックスドキュメント性倒錯の世界』）が東映ビデオよりDVD化されています。

このシリーズは、当時の東映のパワフルな企画力と、規制の緩さを逆手に取った野心的な製作姿勢が生んだ、日本映画史においても異彩を放つドキュメンタリー群と言えるでしょう。

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