タイの地方行政

タイ王国の地方行政制度は、現在の階層構造が定着するまでに長い歴史的変遷をたどっています。特に、19世紀後半の近代化改革期に導入された中央集権化政策が、現在の制度の基礎を築きました。

現在の行政区分

現在のタイの広域行政区分は、チャンワット（県）を最上位としています。この県制度は、チャクリー王朝第5代国王ラーマ5世が行ったチャクリー改革の一環として体系化されました。県の下には、中核となる行政単位としてアムプー（郡）が置かれています。さらに、末端の地域行政を担う単位として、タムボン（町または準郡）があり、その最下層に住民の生活に密着したムーバーン（村）が位置づけられています。これらの地方行政単位、すなわちチャンワット以下の組織は、原則として内務省の管理下にあります。各県の知事は内務省から派遣され、その下の行政組織の長も知事によって任命されるため、限られた一部の地域を除いては、地方自治はほとんど行われていません。

ただし、首都バンコクは一般的なチャンワットとは異なり、バンコク都という特別な地位を持っています。バンコク都の下にはケート（区）が置かれ、さらにその下にクウェーンという行政単位が存在します。これも独自の行政構造を持つ特殊なケースです。

自治体

前述の通り、タイの地方行政は中央集権的ですが、特定の地域には内務省の指揮系統から独立した行政体としての「自治体」が認められています。これらの自治体は、高い人口密度や人口規模を持つ地域に設置されるのが一般的です。かつてはスカーピバーン（正確には完全な自治体ではなかった）という制度がありましたが、現在はテーサバーンという地方自治体が主な形態となっています。テーサバーンには人口規模に応じてテーサバーンナコーン（市）、テーサバーンムアン（町）、テーサバーンタンボン（村）の区分があります。また、バンコク都とパッタヤー特別市も、個別の法律に基づいて特別な地位を与えられた自治体であり、他の県とは異なる独自の行政権限を持っています。

歴史的背景

現在の地方行政制度は、19世紀末の中央集権化改革によって確立されましたが、それ以前には大きく異なる地方統治の形態がとられていました。アユタヤ王朝時代からチャクリー王朝初期にかけて、タイの地方はムアンと呼ばれる半独立的な勢力によって治められている地域が多く存在しました。「ムアン」という言葉自体は城壁都市を指しますが、同時にその都市が支配する周辺領域全体、すなわち独立性の高い「国」という意味合いも持っていました。これらのムアンは独自の財政基盤を持ち、中央政府への貢納（朝貢）は行っていましたが、内政においては比較的高い独立性を保っており、アユタヤ王権が地方に直接的な権限を行使できるのは戦時などに限られていました。この傾向はチャクリー王朝に入っても続き、中央政府が地方を完全に掌握できていない状況は、19世紀にイギリスやフランスがインドシナ地域への植民地化を進める中で、タイの領土保全に対する脅威となりました。

チャクリー改革による中央集権化

このような危機感を背景に、ラーマ5世は国権の強化と植民地化回避を目指し、チャクリー改革と呼ばれる抜本的な近代化政策に着手しました。地方行政の改革は、この改革の重要な柱の一つでした。1892年には内閣を構成する各省庁の大きな改編が実施され、地方行政改革の中心人物であったラーマ5世の異母兄弟、ダムロン親王は内務省長官として地方行政全般を統括する責任者となりました。

ダムロン親王は1893年から、地方の管理強化を目的としたモントン制の構築に着手しました。モントンは「州」や「管区」と訳される広域行政単位で、内務省の直轄下に置かれ、中央政府から派遣された長官が管理し、関連省庁の出先機関が設置されました。モントン制への移行は段階的に進められ、1897年に正式に制度化されました。この過程で、かつてのムアンはモントン管轄下の行政単位として再編成され、その下に今日まで引き継がれているアムプー、タムボン、ムーバーンといった下位区分が設けられました。この中央集権化が進む過程では、かつて半独立の状態を保っていた地方のムアンにおいて反発や独立を目指す動きも発生しました。特に、南部では旧パタニ王国の地域が、東北部（イーサーン）ではナコーンラーチャシーマー県で自称国王が、北部ではパヤオ王国が反発するなど、各地で独立運動が勃発しました。これらの地域の一部では、後にタイからの分離独立を求める動きへと繋がり、南部深三県における今日の不安定な状況や、かつてのタイ国共産党の活動地域（現在は沈静化）といった形で影響を残しています。

1916年以降、ダムロン親王はかつてのムアンの領域全体をチャンワット（県）とし、その中心地である県庁所在地を含むアムプーをアムプームアンと呼称して区別するなど、行政単位の定義をより明確化しました。

1915年にダムロン親王がラーマ6世（ワチラーウット国王）との不仲により政界を退いた後、地方統治の全権を掌握したワチラーウット国王は、複数のモントンを管轄するパーク（地方）という新たな広域行政区分の構想を示し、国内を4つのパーク（北部、中部、南部、イーサーン）に区分しました。各パークには国王によって任命された副王（ウッパラートまたはウパラージャ）が派遣されて行政を担いました。しかし、世界恐慌の影響と無計画な財政運営により深刻な財政難に陥ったタイ政府は、1925年にパーク制を廃止しました。同時期に、財政的な理由からいくつかのモントンも統廃合されました。

立憲革命以降の展開

1932年の立憲革命により絶対王政が廃止され新政権が樹立されると、慢性的だった財政難を解消するため、モントン制は廃止されました。これが現在の地方行政制度の基礎となっています。その後、第二次世界大戦中には、失地回復を目指す動きの中で一時的に獲得した領土にいくつかの県が新設されたものの、戦後に再び返還され消滅しました。20世紀後半には、人口増加や経済発展に伴い、既存の県域では行政サービス提供が困難になるケースが増えたため、県の再編や新設が行われるようになりました。比較的新しい県としては、サケーオ県、ノーンブワラムプー県、アムナートチャルーン県（いずれも1993年設立）、そしてブンカーン県（2010年設立）などが挙げられます。

タイの地方行政制度は、かつての緩やかな連合体から、19世紀末の中央集権化、そして20世紀以降の社会の変化に対応するための再編を経て、現在の形へと進化してきました。限定的ながらも自治体制度が導入されている点も、今後の地方統治のあり方を考える上で重要な要素となっています。

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