ダニー・ホッジ

ダニー・ホッジ（本名：ダニエル・アレン・ホッジ、1932年 5月13日 - 2020年 12月24日）は、アメリカ合衆国オクラホマ州ペリーが生んだ伝説的なプロレスラー、アマチュアアスリートである。日本では「鳥人」のニックネームで親しまれ、海外ではその爆発力から「ダイナマイト」と呼ばれた。その功績は多岐にわたり、「世界中の偉大なスポーツマン100人」や「過去75年間のプロレスラー・トップ12」にも選ばれるなど、その評価は極めて高い。

壮絶な生い立ちと輝かしいアマチュアキャリア

ホッジの幼少期は決して平穏ではなかった。父はアルコール依存症、母は重度のうつ病に苦しみ、さらにホッジが9歳の時には自宅が火事に見舞われ、全身の70%に大火傷を負って長期の入院と皮膚移植を余儀なくされた。酒乱で暴力を振るう祖父のもとで育つという、厳しい環境の中で彼は成長した。

しかし、こうした逆境にも負けず、彼は少年時代からレスリングに打ち込む。本人はアマチュアとプロの区別なく「レスリング」そのものを学んだと語っている。アマチュア時代にはオクラホマ州王者に輝き、AAU選手権で4度、全米大学選手権で3度も優勝。オリンピックにも2度出場し、1952年のヘルシンキ大会ではミドル級フリースタイルで5位に入賞、1956年のメルボルン大会では同階級で銀メダルを獲得するという輝かしい成績を残した。特筆すべきは、アマチュアレスリング選手として史上唯一、1957年4月号の「スポーツ・イラストレイテッド」誌の表紙を飾ったことである。彼の功績を称え、1995年からは全米大学体育協会（NCAA）の最も優れたレスリング選手に贈られる「ダン・ホッジトロフィー」が創設された。

レスリングだけでなく、彼はアマチュアボクシングでも非凡な才能を発揮する。大学のレスリング部に所属していた際、ボクシング部員に誘われたことがきっかけでボクシングを始め、オクラホマ州王者、マジソン・スクエア・ガーデン王者と立て続けにタイトルを獲得。1958年には全米ゴールデングローブ・ヘビー級王者にまで登り詰めた。短い期間ではあるがプロボクサーとしてもリングに上がり、8勝2敗の戦績を残している。

プロレス界での活躍

1959年、故郷オクラホマを拠点とするNWAトライステート地区のプロモーター、レロイ・マクガークにスカウトされ、27歳でプロレスデビュー。エド・ルイスに師事した彼は、すぐにその実力を発揮する。デビューからわずか1年後の1960年7月22日には、プロレスラーとしての最初の大きなタイトルであるNWA世界ジュニアヘビー級王座を獲得。このベルトを巡って数々の激闘を繰り広げ、特に1965年4月23日に2度目の戴冠を果たして以降は、約6年にわたる長期政権を築いた。このベルトには通算8度も戴冠している。

ジュニアヘビー級の体格でありながら、ホッジは階級の壁をやすやすと超える実力を持っていた。1970年には大型のザ・スポイラーを相手に北米ヘビー級王座を争うなど、ヘビー級戦線でも遜色ない活躍を見せた。また、NWAトライステート版USタッグ王座も複数回獲得しており、ホセ・ロザリオ、スカンドル・アクバ、ルーク・ブラウン、ジェイ・クレイトンといった様々なパートナーとともにベルトを巻いている。

1976年3月2日、ルイジアナ州シュリーブポートでヒロ・マツダを破り、8度目のNWA世界ジュニアヘビー級王座を獲得。しかし、その直後に自動車事故に巻き込まれ、首を骨折する重傷を負ってしまう（この事故の後遺症で、首が後ろに回らなくなったという）。回復の見込みがないことから、保持していた王座とともに、彼は現役生活からの引退を余儀なくされた。

日本マットでの伝説

ホッジは日本のプロレスファンにも強烈なインパクトを残した。初来日は1967年1月、NWA世界ジュニアヘビー級王者として国際プロレスの旗揚げシリーズへの参戦だった。開幕戦ではライバルであるヒロ・マツダと60分フルタイムの熱戦を演じ、日本のファンにその実力を見せつけた。国際プロレスには翌1968年1月にも参戦し、1月24日には台東区体育館で、当時大王者であったルー・テーズを破りTWWA世界ヘビー級王座を獲得。ジュニアヘビー級選手がヘビー級の最高峰ベルトを巻くという快挙を成し遂げ、階級を超えた実力を証明した。

1968年12月末からは日本プロレスに初参戦。年が明けた1969年1月9日、広島県立体育館でウイルバー・スナイダーとタッグを組み、ジャイアント馬場とアントニオ猪木の「BI砲」からインターナショナル・タッグ王座を奪取した。1969年11月の来日時には、当時NWA世界ヘビー級王者だったドリー・ファンク・ジュニアと「現役NWA世界王者コンビ」を結成し、BI砲が持つインターナショナル・タッグ王座に再挑戦。蔵前国技館でのメインイベントは白熱の展開となり、60分時間切れ引き分けという結果に終わった。

その後もホッジは日本プロレスに度々参戦し、1974年7月には全日本プロレスにも登場。後楽園ホールでの開幕戦ではジャンボ鶴田と対戦し、30分時間切れ引き分けの激戦を演じた。これが現役選手としての最後の日本滞在となった。国際プロレスを含め、彼は日本のシングル戦線において、キャリアを通じて一度も敗れることのない無敗記録を残している。

引退後の活動と晩年

1976年の引退後、ホッジはレスリングのコーチとして後進の指導にあたった。後年には、オクラホマ州の複数の総合格闘技団体からコミッショナー就任を要請され、その要職に就いた時期もある。

1985年6月には新日本プロレスにレフェリーとして来日。ハルク・ホーガン対藤波辰巳のWWF世界ヘビー級選手権試合などを裁いている。1991年には、レスリング修行のために渡米していた太田章や石澤常光らが、ホッジが経営するオクラホマのドライブインを訪れた際、ホッジは太田の腕を自身の両足で挟み「抜いてみろ」と促したが、太田は何をしても全く動かせなかったという逸話が残っている。

2005年にはWWEの「ロウ」にゲスト出演。同年10月には久しぶりに日本を訪れ、ビル・ロビンソンがコーチを務めるレスリングジム「U.W.F.スネークピットジャパン」でトークショーを開催。その場でロビンソンと3分間のスパーリングを披露し、往年の実力を垣間見せた。2008年10月には「プロレス・エキスポ」に立会人として来日し、彼の代名詞である「リンゴ潰し」を披露して健在ぶりを示した。

2020年 12月24日、生まれ故郷であるオクラホマ州ペリーの病院で息を引き取った（晩年は認知症を患っていたとされる）。88歳だった。

レスリングスタイル

ホッジのレスリングスタイルは、卓越した技術と並外れた怪力が融合した独特なものだった。彼はヘッドロックやコブラツイストといったプロレスの基礎的な技をキャリアを通じて重要視したが、ホッジの驚異的な身体能力、特にその並外れた怪力によって繰り出されるそれらの技は、単なる基本技を超え、相手にとって想像を絶する痛みを伴うものだったと言われている。ヘッドロックに至っては、その破壊力から「ホッジ・ヘッドロック」あるいは「ホッジ・ロック」と呼ばれ、対戦相手に恐れられた。また、「怪鳥」の異名にふさわしく、驚異的な跳躍力を活かした高角度のドロップキックも得意とした。

元アマチュアボクシング全米王者という経歴は伊達ではなく、プロレス転向後もその強烈なパンチは多くの対戦相手に恐れられた。プロレスで一般的に使われるナックルパートとは異なり、ホッジのパンチは脇を締め、腰の回転を使った、まさにボクシング仕込みの本格的な打撃だった。自身の強さの秘訣は「コンディション」にあると語り、「いつでも60分、90分戦い続けられる状態を保てば、レスリングでもパンチでも誰にも負けない」と述べている。

稀代のシューターとしても知られたホッジだが、当時は現在のような異種格闘技戦の機会がなく、公式な記録は残されていない。しかし、もし全盛期のホッジが現代の総合格闘技に出場したら、という問いに対し、盟友ルー・テーズは「1分以内に対戦相手は目をえぐられ、鼻をもがれ、さらに両耳を引きちぎられるだろう」と恐るべき予測を立てている。この見解にはビル・ロビンソンも同意しており、これは、全盛期のホッジの圧倒的な強さを示す逸話として語り継がれている。ただし、この評価には後述する彼の「キレやすい性格」も加味されており、現役時代の彼を知る者たちは異口同音に「彼は怒ると何をするか分からないからだ」と付け加えている。

人となりと伝説的な逸話

普段は謙虚で穏やかな人柄で、アマチュアでの輝かしい功績と相まって多くの人々から敬愛されたホッジだが、リング上では些細なことで感情を爆発させる一面も持ち合わせていた。ルー・テーズ曰く、怒りが頂点に達すると「目がトローンとする」と言われ、一度キレると何をするか予測不能なため、他のレスラーから大変恐れられていたという。テーズが対戦中、張り手をした瞬間にホッジがキレたことを察し、すぐに場外に逃げたという有名なエピソードが残されている（これは恐怖からではなく、ホッジが冷静になるのを待つためであったという）。試合後、ホッジはテーズの控室を訪れて謝罪し、その際、「ミスター・テーズ。私はあなたをとても尊敬していますが、顔を平手で張るのだけはやめてください。何をするのか私でもわからなくなりますから」と語ったと伝えられている。ホッジは以前にもテーズからSTFを受けた際に激昂し、後にテーズに謝罪したことがあり、テーズはホッジに対してどのように試合を進めれば良いか困惑したという。消防署という環境で育ち、昼夜問わないサイレンの音に晒されたことが、このキレやすい性格の一因になったとも言われている。

引退後も彼の怪力は衰えを知らなかった。新日本プロレスの会場を訪れた際、控室のシャワーを使用したところ、後からその場所を使った選手たちが「シャワーのコックが壊れている」と訴えたため確認したところ、ホッジが使用した際にあまりにもコックを固く閉めすぎたことが原因であった。彼にとっては普通の力加減だったが、現役選手をもってしても全くコックを捻ることができなかったという。

ホッジの代名詞とも言えるリンゴを片手で握りつぶすパフォーマンスは、80歳を過ぎても衰えることはなかった。利き手に関わらず可能で、両手に持ったリンゴを同時に潰すことすらできたという。

移動中の車内で、同乗していたテーズに「失礼」と断りを入れて自慰行為を始めたという驚くべき逸話もある。これはジュニアヘビー級の体重を維持するためだったと語っており、試合前にも同様の行為を行っていたとされ、「これくらいがちょうど良い」と本人は語ったという。

前述の自動車事故は、深夜の移動中に誤って湖に転落したというものだが、ホッジは首骨折の重傷を負いながらも、片手で頭部を支え、自力で湖から脱出したという。ここでも彼の規格外の強靭さを示すエピソードとなった。

ホッジにとって最大のライバルと言えば、ヒロ・マツダの名前が挙げられるだろう。ジュニアヘビー級が注目されていなかった時代、この二人は激しいライバル関係を築き、幾度となくタイトルを争う死闘を繰り広げ、ヘビー級選手を凌ぐほどの注目を集め、メインイベントを飾ることもあった。中でも、マツダが日本人として初めてNWAジュニアヘビー級王座をホッジから奪取した試合は、今なお伝説として語り継がれている。

獲得タイトル

ナショナル・レスリング・アライアンス
NWA世界ジュニアヘビー級王座：8回
NWA殿堂：2010年
アメリカン・レスリング・アソシエーション
AWA世界ジュニアヘビー級王座：1回
NWAトライステート
NWA北米ヘビー級王座（トライステート版）：3回
NWA USタッグ王座（トライステート版）：7回（w / ホセ・ロザリオ、スカンドル・アクバ×2、ロレンゾ・パレンテ×2、ルーク・ブラウン、ジェイ・クレイトン）
オールスター・レスリング
ネブラスカ・タッグ王座：1回（w / レジー・パークス）
トランス・ワールド・レスリング・アソシエーション
TWWA世界ヘビー級王座：1回
日本プロレス
インターナショナル・タッグ王座：1回（w / ウイルバー・スナイダー）

得意技

オクラホマ・ヘイライド：相手をカニバサミで倒し、その体勢から相手の両腕と両脚を絞り上げ、股関節に強烈なダメージを与える関節技。掛けるまでの流れはテリー・ファンクなどが得意としたローリング・クレイドルに似ているが、回転する動作はなく、関節を極めることに特化している。天龍源一郎や豊田真奈美など、ごく限られた選手しか使いこなせなかった珍しい技である。元々はレスリングにおける「股裂き」として知られる、伝統的な技術である。
コブラツイスト（アブドミナル・ストレッチ）：プロデビューから引退まで、ホッジが愛用した技。
ヘッドロック：プロレスの基本中の基本技だが、ホッジの並外れた怪力によって繰り出されるそれは、単なる基本技を超え、相手にとって想像を絶する痛みを伴うものだったと言われている。その破壊力から「ホッジ・ヘッドロック」あるいは「ホッジ・ロック」と呼ばれ、恐れられた。
ドロップキック：「怪鳥」の異名にふさわしく、驚異的な身体能力から繰り出される高角度のドロップキック。卓越した跳躍力を活かし、相手の顔面に直接ヒットさせることもあった。
* パンチ：元アマチュアボクシング全米王者という経歴は伊達ではなく、プロレス転向後もその強烈なパンチは多くの対戦相手に恐れられた。プロレスで一般的に使われるナックルパートとは異なり、ホッジのパンチは脇を締め、腰の回転を使った、まさにボクシング仕込みの本格的な打撃だった。

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