チャールズ・フランシス・ホール
チャールズ・フランシス・ホールは1821年にバーモント州で誕生しましたが、その少年期や青年期に関する詳しい記録はあまり残されていません。幼い頃に家族と共にニューハンプシャー州ロチェスターへ移り住み、若い頃は鍛冶屋で徒弟として働いていたようです。1840年代に結婚後、西部へ向かい、1849年にはオハイオ州シンシナティに落ち着きました。シンシナティでは、印章やエングレービングの製造業を始め、さらに小さな新聞を2紙発行するなど、事業家としての側面も持っていました。
1850年代後半になると、ホールは突如として北極地域に強い関心を抱くようになります。特に彼を魅了したのは、イギリス海軍の探検家サー・ジョン・フランクリンが指揮し、消息を絶った大規模な北極探検隊の運命でした。ホールはフランクリン隊の行方を探し出すことを自らの使命と考え、数年をかけて過去の探検報告書を徹底的に研究し、遠征のための資金調達に奔走しました。
1860年、ホールは念願の北極への第一歩を踏み出します。マサチューセッツ州ニューベッドフォードから、捕鯨船「ジョージ・ヘンリー」に乗り込み、バフィン島を目指しました。この船には、サルベージ経験を持つジェームズ・バディントンや、船長を務めるシドニー・O・バディントンも乗船していました。バフィン島に到着後、船は越冬を余儀なくされます。ここでホールは、地元に暮らすイヌイットの人々から、かつてマーティン・フロビッシャーが金を探して採掘を行ったという湾に関する話を聞き、現地へ向かいその遺構を確認しました。この探検では、後にホールの重要な協力者となるイヌイットのエビアビング（ジョー）とトゥクーリト（ハンナ）との出会いが大きな意味を持ちました。ホールはまた、フランクリン遠征隊の一部隊員がまだ生き残っている可能性を示唆する情報をイヌイットから得たと解釈しました。ニューヨークに戻ったホールは、この最初の探検の記録を『Arctic Researches and Life Among the Esquimaux』として出版する手配をします。この本の編集は、フランクリン隊の捜索に強い関心を持つイギリス人、ウィリアム・パーカー・スノウが行いましたが、編集過程での問題から二人の関係は悪化し、スノウは後にホールのアイデア盗用を主張することになります。
フランクリン隊のさらなる手がかりを求めて、ホールは1863年に二度目の北極探検を計画します。今回は生存者や彼らが残した記録の発見が主な目的でした。当初予定していた大型スクーナー「アクティブ」の使用は、南北戦争の影響による資金難や、パーカー・スノウとの対立が原因とされる計画変更を経て断念されました。より小規模な遠征隊は、1864年7月に捕鯨船「モンティチェロ」で出発し、キングウィリアム島を目指しました。この探検で、ホールはフランクリン隊の遺物を発見し、現地の先住民から隊の運命について聞き取りを行いました。調査を進めるうちに、生存者がいるというイヌイットの話や自身の楽観的な解釈には信憑性がないことを悟ります。さらに、ホールの解釈では、フランクリン隊の生存者が意図的に餓死させられたと考え、イヌイットの人々に対して幻滅を抱きました。彼は、多数の探検隊員を支援できるほどの余力が当時の先住民社会にはなかったという状況を十分に理解していませんでした。
ホールの三度目の北極への挑戦は、それまでの捜索活動とは異なり、アメリカ合衆国議会から5万ドルの資金を得て、北極点到達を目指す国家的な遠征となりました。彼は汽船「USSポラリス」の指揮官に任命され、かつての友人バディントン（マスター）、ジョージ・タイソン（航海士）、そしてドイツ人医師で科学調査責任者のエミル・ベッセルズを含む25名の隊員を率いました。しかし、このポラリス遠征は開始早々から内部の対立に悩まされます。隊員の間には派閥ができ、指揮官であるホールに対する反発から規律が乱れがちでした。
1871年9月10日、「ポラリス」はグリーンランド北岸のサンク・ゴッド・ハーバー（現在のホール湾）に到着し、越冬の準備に入ります。その秋、イヌイットのガイドと共に犬ゾリでの短い探検から戻ったホールは、船上でコーヒーを飲んだ直後に突然倒れ、ひきつけを起こしました。その後の約一週間、彼は激しい嘔吐とせん妄に苦しみましたが、一時的に回復の兆しを見せました。この間、ホールは隊員の中に毒を盛った者がいると主張し、特にベッセルズ医師を名指ししました。しかし、病状は再び悪化し、ホールは1871年11月8日に帰らぬ人となりました。彼の遺体は陸上に運ばれ、正式に埋葬されました。
ホールの死後、遠征隊の指揮はバディントンに引き継がれました。1872年6月、北極点到達に向けた体制を立て直しましたが、試みは成功せず、「ポラリス」は南へ引き返すことになります。10月12日、船はスミス海峡で氷に閉じ込められ、圧壊寸前の危機に瀕しました。ジョージ・タイソンやイヌイットガイドを含む19名は船から脱出して周囲の氷上へ避難しましたが、他の14名は船に残りました。「ポラリス」はその後、エタ付近で座礁し、10月24日に破壊されました。船に残った隊員たちは陸地に上陸して越冬した後、2隻のボートで南下し、最終的に捕鯨船に救助され帰国しました。一方、氷上へ避難した19名のグループは、驚異的な漂流を経験します。彼らは流氷に乗って約6ヶ月間、1,500マイル（約2,400km）も漂流し続けました。食料が尽きかけた極限状況でしたが、同行していたイヌイットたちの卓越した狩猟技術のおかげで命を繋ぎ、1873年4月30日、ニューファンドランド島沖でシーラー（アザラシ漁船）「ティグレス」に救助されました。イヌイットがいなければ、彼らは全滅していた可能性が高かったと言われています。
ホールの死後に行われた公式な調査では、その死因は卒中と結論付けられました。しかし、ホールの突然の症状と、隊員たちに対する毒殺の主張は、後々まで謎として残りました。ほぼ一世紀後の1968年、ホールの伝記を執筆していたダートマス大学の教授、チョーンシー・C・ルーミスは、この謎を解明するためにグリーンランドへ赴き、ホールの墓を発掘しました。永久凍土のおかげで、遺体はもちろん、共に埋葬されていた旗や衣服、棺も非常に良好な状態で保存されていました。採取された骨、爪、髪といった組織サンプルの詳細な分析の結果、ホールが亡くなる直前の約2週間にわたり、大量のヒ素を摂取していたことが判明しました。これは、隊員が証言したホールの症状と見事に一致するものでした。当時、ヒ素は様々な偽医療薬の成分として広く流通していたため、ホール自身が何らかの治療薬として意図せずに摂取した可能性も指摘されています。しかし、隊員の中の誰か、特に彼が名指ししたベッセルズ医師によって毒殺されたのではないかという疑惑も根強く存在します。この事件に関して、最終的に誰かが訴追されることはありませんでした。チャールズ・フランシス・ホールの劇的な生涯は、フランクリン隊の謎と自身の不可解な死という、二つの大きな謎に彩られたまま幕を閉じたのです。
1850年代後半になると、ホールは突如として北極地域に強い関心を抱くようになります。特に彼を魅了したのは、イギリス海軍の探検家サー・ジョン・フランクリンが指揮し、消息を絶った大規模な北極探検隊の運命でした。ホールはフランクリン隊の行方を探し出すことを自らの使命と考え、数年をかけて過去の探検報告書を徹底的に研究し、遠征のための資金調達に奔走しました。
1860年、ホールは念願の北極への第一歩を踏み出します。マサチューセッツ州ニューベッドフォードから、捕鯨船「ジョージ・ヘンリー」に乗り込み、バフィン島を目指しました。この船には、サルベージ経験を持つジェームズ・バディントンや、船長を務めるシドニー・O・バディントンも乗船していました。バフィン島に到着後、船は越冬を余儀なくされます。ここでホールは、地元に暮らすイヌイットの人々から、かつてマーティン・フロビッシャーが金を探して採掘を行ったという湾に関する話を聞き、現地へ向かいその遺構を確認しました。この探検では、後にホールの重要な協力者となるイヌイットのエビアビング（ジョー）とトゥクーリト（ハンナ）との出会いが大きな意味を持ちました。ホールはまた、フランクリン遠征隊の一部隊員がまだ生き残っている可能性を示唆する情報をイヌイットから得たと解釈しました。ニューヨークに戻ったホールは、この最初の探検の記録を『Arctic Researches and Life Among the Esquimaux』として出版する手配をします。この本の編集は、フランクリン隊の捜索に強い関心を持つイギリス人、ウィリアム・パーカー・スノウが行いましたが、編集過程での問題から二人の関係は悪化し、スノウは後にホールのアイデア盗用を主張することになります。
フランクリン隊のさらなる手がかりを求めて、ホールは1863年に二度目の北極探検を計画します。今回は生存者や彼らが残した記録の発見が主な目的でした。当初予定していた大型スクーナー「アクティブ」の使用は、南北戦争の影響による資金難や、パーカー・スノウとの対立が原因とされる計画変更を経て断念されました。より小規模な遠征隊は、1864年7月に捕鯨船「モンティチェロ」で出発し、キングウィリアム島を目指しました。この探検で、ホールはフランクリン隊の遺物を発見し、現地の先住民から隊の運命について聞き取りを行いました。調査を進めるうちに、生存者がいるというイヌイットの話や自身の楽観的な解釈には信憑性がないことを悟ります。さらに、ホールの解釈では、フランクリン隊の生存者が意図的に餓死させられたと考え、イヌイットの人々に対して幻滅を抱きました。彼は、多数の探検隊員を支援できるほどの余力が当時の先住民社会にはなかったという状況を十分に理解していませんでした。
ホールの三度目の北極への挑戦は、それまでの捜索活動とは異なり、アメリカ合衆国議会から5万ドルの資金を得て、北極点到達を目指す国家的な遠征となりました。彼は汽船「USSポラリス」の指揮官に任命され、かつての友人バディントン（マスター）、ジョージ・タイソン（航海士）、そしてドイツ人医師で科学調査責任者のエミル・ベッセルズを含む25名の隊員を率いました。しかし、このポラリス遠征は開始早々から内部の対立に悩まされます。隊員の間には派閥ができ、指揮官であるホールに対する反発から規律が乱れがちでした。
1871年9月10日、「ポラリス」はグリーンランド北岸のサンク・ゴッド・ハーバー（現在のホール湾）に到着し、越冬の準備に入ります。その秋、イヌイットのガイドと共に犬ゾリでの短い探検から戻ったホールは、船上でコーヒーを飲んだ直後に突然倒れ、ひきつけを起こしました。その後の約一週間、彼は激しい嘔吐とせん妄に苦しみましたが、一時的に回復の兆しを見せました。この間、ホールは隊員の中に毒を盛った者がいると主張し、特にベッセルズ医師を名指ししました。しかし、病状は再び悪化し、ホールは1871年11月8日に帰らぬ人となりました。彼の遺体は陸上に運ばれ、正式に埋葬されました。
ホールの死後、遠征隊の指揮はバディントンに引き継がれました。1872年6月、北極点到達に向けた体制を立て直しましたが、試みは成功せず、「ポラリス」は南へ引き返すことになります。10月12日、船はスミス海峡で氷に閉じ込められ、圧壊寸前の危機に瀕しました。ジョージ・タイソンやイヌイットガイドを含む19名は船から脱出して周囲の氷上へ避難しましたが、他の14名は船に残りました。「ポラリス」はその後、エタ付近で座礁し、10月24日に破壊されました。船に残った隊員たちは陸地に上陸して越冬した後、2隻のボートで南下し、最終的に捕鯨船に救助され帰国しました。一方、氷上へ避難した19名のグループは、驚異的な漂流を経験します。彼らは流氷に乗って約6ヶ月間、1,500マイル（約2,400km）も漂流し続けました。食料が尽きかけた極限状況でしたが、同行していたイヌイットたちの卓越した狩猟技術のおかげで命を繋ぎ、1873年4月30日、ニューファンドランド島沖でシーラー（アザラシ漁船）「ティグレス」に救助されました。イヌイットがいなければ、彼らは全滅していた可能性が高かったと言われています。
ホールの死後に行われた公式な調査では、その死因は卒中と結論付けられました。しかし、ホールの突然の症状と、隊員たちに対する毒殺の主張は、後々まで謎として残りました。ほぼ一世紀後の1968年、ホールの伝記を執筆していたダートマス大学の教授、チョーンシー・C・ルーミスは、この謎を解明するためにグリーンランドへ赴き、ホールの墓を発掘しました。永久凍土のおかげで、遺体はもちろん、共に埋葬されていた旗や衣服、棺も非常に良好な状態で保存されていました。採取された骨、爪、髪といった組織サンプルの詳細な分析の結果、ホールが亡くなる直前の約2週間にわたり、大量のヒ素を摂取していたことが判明しました。これは、隊員が証言したホールの症状と見事に一致するものでした。当時、ヒ素は様々な偽医療薬の成分として広く流通していたため、ホール自身が何らかの治療薬として意図せずに摂取した可能性も指摘されています。しかし、隊員の中の誰か、特に彼が名指ししたベッセルズ医師によって毒殺されたのではないかという疑惑も根強く存在します。この事件に関して、最終的に誰かが訴追されることはありませんでした。チャールズ・フランシス・ホールの劇的な生涯は、フランクリン隊の謎と自身の不可解な死という、二つの大きな謎に彩られたまま幕を閉じたのです。
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