トゥグルク朝

トゥグルク朝（1320年 - 1413/14年）は、デリー・スルターン朝の3番目の王朝であり、トルコ系のイスラーム王朝です。デリーを首都とし、最盛期には北インド、デカン、南インドにまで広がる広大な領土を支配しました。この王朝は、インドにおけるイスラーム王朝の統治を確固たるものにするため、官僚機構の整備、経済政策、司法行政、遷都など、様々な政策を実施しました。

歴史

成立

1320年、ハルジー朝の混乱に乗じて、ギヤースッディーン・トゥグルクが率いる軍がハルジー朝を倒し、新たな王朝としてトゥグルク朝が誕生しました。これにより、デリー・スルターン朝の新たな時代が幕を開けました。

デリーの発展と最大版図

ギヤースッディーン・トゥグルクは、デリーの発展のため、従来の市街とは別にトゥグルカーバードという新区域を建設しました。また、1323年には息子のウルグ・ハーンをデカン、南インドへ遠征させ、カーカティーヤ朝とパーンディヤ朝を滅ぼし、ホイサラ朝を再服従させました。これにより、デリー・スルターン朝は最大の版図を獲得しました。しかし、1325年、ギヤースッディーン・トゥグルクはベンガル遠征からの帰還中に、息子のウルグ・ハーンによって建てられたとされる建物の倒壊により死亡しました。この死には暗殺説や呪いによるものなど、様々な噂が流れました。

ダウラターバード遷都と諸改革

ギヤースッディーンの死後、息子のムハンマド・ビン・トゥグルクが王位を継承しました。ムハンマドは、広大な版図を支配下に置くため、1327年に首都をデカン高原のデーヴァギリに移し、ダウラターバードと改名しました。スーフィー聖者や高官、武将たちにも移動を命じましたが、デカン地方のヒンドゥー教徒の反発や内部からの反対が強く、1334年にはデリーに都を戻さざるを得なくなりました。ただし、この遷都によってデリーとダウラターバードを結ぶ道路網が整備され、南インドと北インドの文化的、経済的交流が促進されたという側面もあります。

ムハンマド・ビン・トゥグルクは、広大な領土の維持に努めましたが、その費用が財政を圧迫しました。その解決策として、銀貨と同価値の青銅貨を発行しましたが、偽造が横行し、廃止を余儀なくされました。また、農業政策にも力を入れ、ガンガー・ヤムナー川流域で地租の適正化と軽減を試みましたが、官吏の無能や政府の過大な査定などにより失敗しました。農業生産を拡大するため、官庁を各地に設置し、耕作者への低利貸付も行いましたが、経験不足のため、これも失敗に終わりました。

各地の反乱

こうした改革への不満から各地で反乱が相次ぎました。1334年にはマドゥライで地方長官が独立してマドゥライ・スルターン朝を樹立し、1336年にはヴィジャヤナガル王国、1342年にはベンガル・スルターン朝、1347年にはバフマニー朝が次々と独立しました。これにより、ベンガル地方、デカン地方、南インドを失い、版図は大きく縮小しました。晩年にはインド北西部各地で反乱が勃発し、ムハンマド・ビン・トゥグルクは鎮圧中に死亡しました。

フィールーズ・シャー・トゥグルクの繁栄

1351年に即位したムハンマド・ビン・トゥグルクの従兄弟、フィールーズ・シャー・トゥグルクは、王朝の立て直しを図り、積極的な内政改革に取り組みました。貴族の反乱を抑えるため官職と領地の世襲を容認し、残酷な刑罰の廃止や失業者への職業補導などを成功させ、人心を取り戻しました。また、新たな都市やモスク、灌漑施設の建設も行い、王朝は一時的に勢いを取り戻しました。しかし、ベンガル・スルターン朝への遠征は失敗し、バフマニー朝の独立も黙認せざるを得ませんでした。

滅亡

1388年にフィールーズ・シャーが死去すると、後継者たちの無能さと、フィールーズ時代に特権を認められた貴族の増長によって、王朝は再び衰退しました。1394年には内紛が起こり、地方長官が独立してジャウンプル・[[スルターン朝]]が成立しました。1398年にはティムールがインドに侵攻し、王朝は壊滅的な打撃を受けました。地方長官の独立も進み、1401年にはマールワー・スルターン朝、1407年にはグジャラート・[[スルターン朝]]が独立しました。1413年にナーシルッディーン・マフムード・シャーが死去し、王家は断絶しました。その後、重臣のダウラト・ハーン・ローディーが権力を掌握しましたが、1414年にティムールの配下であるヒズル・ハーンによって滅ぼされ、サイイド朝が成立しました。

インド統治政策

トゥグルク朝は、イスラーム王朝としてインドを本格的に統治するため、様々な政策を実施しました。イスラームの中心地から人材を招聘し、彼らを「イッズィーヤ」と呼びました。イブン・バットゥータもその一人で、法官として約8年間トゥグルク朝に仕えました。第二代スルタンのムハンマドは、エジプトのマムルーク朝に使節を派遣し、カリフからインド統治の信任状を得ることで、統治の権威付けを試みました。

歴代君主

1. ギヤースッディーン・トゥグルク (1320年 - 1325年)
2. ムハンマド・ビン・トゥグルク (1325年 - 1351年)
3. フィールーズ・シャー・トゥグルク (1351年 - 1388年)
4. ギヤースッディーン・トゥグルク2世 (1388年 - 1389年)
5. アブー・バクル・シャー (1389年 - 1390年)
6. ナーシルッディーン・ムハンマド・シャー (1390年 - 1394年)
7. アラー・ウッディーン・シカンダル・シャー (1394年)
8. ナーシルッディーン・マフムード・シャー (1394年 - 1413年)
ナーシルッディーン・ヌスラト・シャー (1394年 - 1398年) (上記と併立)
9. ダウラト・ハーン・ローディー (1413年 - 1414年)

関連文献

フランシス・ロビンソン著、月森左知訳『ムガル皇帝歴代誌インド、イラン、中央アジアのイスラーム諸王国の興亡（1206年 - 1925年）』創元社、2009年。
小谷汪之『世界歴史大系南アジア史2―中世・近世―』山川出版社、2007年。
サティーシュ・チャンドラ著、小名康之、長島弘訳『中世インドの歴史』山川出版社、2001年。
イブン・バットゥータ『大旅行記』全8巻イブン・ジュザイイ編、家島彦一訳、平凡社〈平凡社東洋文庫〉、1996-2002年。

関連項目

デリー・スルターン朝
* サイイド朝

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