ニネヴェの戦い (627年)

ニネヴェの戦い：東ローマ帝国とサーサーン朝の命運を分けた激戦

ニネヴェの戦いは、627年に古代都市ニネヴェ近郊で、東ローマ帝国（ビザンツ帝国）とサーサーン朝ペルシアの間で行われた歴史的な戦いです。この戦いは、両国が長きにわたり繰り広げてきた東ローマ・サーサーン戦争（602年-628年）の帰趨を決定づける、まさに天王山となりました。

戦争の背景

602年、東ローマ皇帝マウリキウスが簒奪者フォカスの反乱によって処刑されるという事件が起こります。これに対し、マウリキウスの娘婿であったサーサーン朝のホスロー2世は、弔い合戦を名目に東ローマ帝国に宣戦布告。ここに、長く激しい戦いの火ぶたが切って落とされました。

開戦当初は、サーサーン朝軍が圧倒的な優勢を誇り、レバント、エジプト、さらにはアナトリアへと侵攻。東ローマ帝国は領土を次々と失い、滅亡の危機に瀕します。しかし、ヘラクレイオス帝が即位すると、帝国の反撃が始まり、徐々にサーサーン朝を押し返していきます。

サーサーン朝は、バルカン半島を拠点とする遊牧民アヴァールと同盟を結び、東ローマ帝国の首都コンスタンティノープルを包囲しますが、堅牢な城壁と東ローマ軍の奮戦によって撃退されます。

コンスタンティノープル包囲が続く中、ヘラクレイオス帝は西突厥（テュルク）の統葉護可汗（トン・ヤブグ・カガン）と同盟を結びます。莫大な財宝と引き換えに突厥軍の協力を得た東ローマ帝国は、626年、4万の兵をペルシアに侵攻させ、第三次ペルシア・テュルク戦争を引き起こします。東ローマ・突厥連合軍は、トビリシ（現在のジョージア）を包囲し、サーサーン朝を東西から挟撃する態勢を整えました。

ニネヴェへの進撃

ヘラクレイオス帝は、トビリシの包囲を突厥軍に任せ、自身は627年11月、2万5千から5万の東ローマ兵と一部の突厥兵を率いてメソポタミアへと進撃を開始します。しかし、突厥兵は異国の冬の気候に耐えられず、早々に撤退してしまいます。

ヘラクレイオス帝は、ラーザード率いる1万2千のサーサーン朝軍の追撃をかわしながら、ペルシア帝国の心臓部であるメソポタミア（現在のイラク）へと侵入。道中、食糧と飼い葉を略奪したため、追跡するラーザード軍は物資の補給に苦しむことになります。

12月1日、ヘラクレイオス帝はティグリス川の支流である大ザブ川を渡り、古代アッシリア帝国の首都ニネヴェの廃墟近くに野営します。北へ移動したのは、万が一の事態に備え、ペルシア軍に退路を断たれることを避けるためでした。一方、ラーザード率いるサーサーン朝軍も、東ローマ軍とは別のルートでニネヴェに接近します。

援軍3千が合流しようとしているという情報を得たヘラクレイオス帝は、一時的に宿営地から撤退する動きを見せ、ペルシア軍を油断させようとします。

激戦、そして勝利へ

ヘラクレイオス帝は、大ザブ川の西岸、ニネヴェの廃墟からやや離れた平原に注目します。この地形は、東ローマ軍の主力である重装騎兵（カタフラクト）の突撃力を最大限に発揮でき、白兵戦にも有利でした。さらに、川から立ち上る霧が、弓騎兵を得意とするペルシア軍の優位性を弱める効果も期待できました。

霧に隠れた東ローマ軍は、ペルシア軍の矢による被害を最小限に抑えながら敵陣に突撃。ラーザードは軍勢を3つに分け、夜明けとともに攻撃を開始しますが、ヘラクレイオス帝はわざと退却するふりをしてペルシア軍を平原に誘い込み、反転攻勢に出ます。この奇襲により、ペルシア軍は混乱に陥ります。

8時間に及ぶ激戦の末、ペルシア軍はついに退却。戦場には6千ものペルシア兵の遺体が残されました。ヘラクレイオス帝自身も愛馬に跨り、剣を振るいながら敵陣に突入し、槍で唇を負傷しながらも、一騎打ちを挑んできた敵将ラーザードを含む3人を討ち取ったという逸話も残っています。

総大将ラーザードの戦死により、ペルシア軍の戦列は崩壊。夜明けから夜11時まで続いた戦いの結果、ペルシア軍は軍旗28本を奪われ、壊滅的な打撃を受けました。3千の援軍が到着したときには、すでに勝負は決していました。

戦いの後

ニネヴェの戦いでの勝利により、サーサーン朝の抵抗力は大きく低下。ヘラクレイオス帝は抵抗を受けることなく、首都クテシフォン近郊のホスロー2世の宮殿を略奪し、莫大な財宝と、かつてサーサーン朝に奪われた300本のローマ軍旗を奪還します。

一方、ホスロー2世はザグロス山脈に逃亡し、クテシフォン防衛のための軍を再編しようと試みますが、ヘラクレイオス帝は運河の橋が落とされていたため、クテシフォンを攻撃できず、軍を引き上げます。

長年にわたる戦争で疲弊していたサーサーン朝では、ホスロー2世に対する不満が高まっていました。ついにサーサーン朝軍は反乱を起こし、ホスロー2世を廃位して息子のカワード2世を擁立。ホスロー2世は地下牢に幽閉され、5日後に悲惨な死を遂げました。

カワード2世は即座に和平の使者をヘラクレイオス帝のもとに派遣。東ローマ帝国もまた疲弊していたため、ヘラクレイオス帝は寛大な条件でこれに応じました。講和条約により、東ローマ帝国は失われた領土をすべて回復し、捕虜を解放。さらに、614年にサーサーン朝軍によってエルサレムから奪われた聖十字架や聖遺物も返還されました。

この戦いの終結は、紀元前53年の第一次パルティア戦争（カルラエの戦い）から680年間にわたり、断続的に繰り返されてきたローマとペルシアの長きにわたる抗争に、ついに終止符を打つこととなりました。しかし、その終結から間もなく、アラビア半島で勃興したイスラム勢力が急速に勢力を拡大し、東ローマ帝国は再び存亡の危機に立たされることになります。

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