パウル・コハンスキ

パウル・コハンスキ（Paweł Kochański, 1887年9月14日 - 1934年 1月12日）は、ポーランドが生んだ傑出したヴァイオリニストであり、音楽教師、作曲家、編曲家でもありました。彼の名は、ドイツ語風の「パウル・コハンスキ」、あるいはロシア語風の「パーヴェル・コハンスキー」としても広く知られています。弟のレオニード・コハンスキもまた、日本に亡命したピアニスト、音楽教師として活動しました。

生い立ちと初期のキャリア

コハンスキの生地は、現在のウクライナにあたるロシア帝国のオデッサ、またはオリョールであったと伝えられています。幼少期に父親からヴァイオリンの手ほどきを受けた後、7歳でオデッサにてエミル・ムウィナルスキに師事。ムウィナルスキは高名なレオポルト・アウアーの門下でした。1898年にムウィナルスキがワルシャワへ移った後、1901年にワルシャワ・フィルハーモニー管弦楽団を創設。若干14歳だったコハンスキは、そのコンサートマスターに抜擢されました。ムウィナルスキはコハンスキの才能を高く評価し、彼を我が子のように扱い、世界的な演奏家へと育てるための惜しみない養育を行いました。

1903年、コハンスキはムウィナルスキの尽力とワルシャワの上流階級からの支援を得て、ベルギーの王立ブリュッセル音楽院への留学を果たしました。ここではセザール・トムソンに師事し、4年後の卒業時には最優秀賞と首席の栄誉に輝いています。

旅するヴィルトゥオーゾとして

ブリュッセルでの学びを終えたコハンスキは、ヴィルトゥオーゾとしての活動を開始します。この頃、ユリウシュ・ヴェルトヘイムの紹介でアルトゥール・ルービンシュタインと出会い、音楽面で深く共感し合いました。二人の真に熱情的な友情は1907年から始まり、同年にはワルシャワ・フィルハーモニー協会でチェリストのJ. サベリークと共に、ベートーヴェンの有名な《クロイツェル・ソナタ》やチャイコフスキーの《ピアノ三重奏曲》を演奏しています。1908年には、パトロンの一人であるユーゼフ・ヤロシィニスキに伴われ、ベルリン、パリ、ロンドン、カールスバートといったヨーロッパ各地で成功を収めました。さらに1908年から1909年にかけては、ルービンシュタイン、そしてチェリストとなった兄エリとのトリオで、ワルシャワ・フィルハーモニー協会において《クロイツェル・ソナタ》、フランクの《ヴァイオリンソナタ》、ブラームスのピアノ三重奏曲など、室内楽の重要なレパートリーを演奏しました。

シマノフスキとの協働と国際的な交流

1909年から1911年にかけては、母校であるワルシャワ音楽院でヴァイオリンの教授を務めます。この時期、1909年にはルービンシュタインと共に、友人カロル・シマノフスキの《ヴァイオリンソナタニ短調》の初演を行いました。コハンスキ、ルービンシュタイン、シマノフスキの三人の出会いは、当時のポーランド音楽界における「若きポーランド」と呼ばれる進歩的な芸術運動を牽引し、ワルシャワの音楽シーンに新たな息吹をもたらしました。1911年、コハンスキはゾシア・コーンと結婚。ゾシアの父親である弁護士から、結婚祝いとして貴重なストラディヴァリウスのヴァイオリンを贈られています。

1913年から1914年にかけてはロンドンに滞在し、シマノフスキと共に、ルービンシュタインからポールとミュリエル・ドレーパー夫妻の主宰する有名な音楽サロンを紹介されました。このサロンで、コハンスキはイーゴリ・ストラヴィンスキーと出会うことになります。ドレーパー夫妻のサロンは、パブロ・カザルス、ジャック・ティボー、ライオネル・ターティス、ピエール・モントゥーといった当代随一の音楽家たちが集まる交流の場でした。ストラヴィンスキーはコハンスキのために、《「火の鳥」からの3曲》のヴァイオリンとピアノのための編曲を献呈しています。ロンドン滞在中の1914年には、ベヒシュタイン・ホールで行われたルービンシュタインのリサイタルに何度か客演し、同時代の音楽をフィーチャーした演奏会でも共演しました。

シマノフスキとの協力関係はさらに深まり、1915年には《神話》の作曲に助言を与え、1916年にはシマノフスキから《ヴァイオリン協奏曲第1番》を献呈されるとともに、この作品のためのカデンツァを作曲しました。同時期、コハンスキは教育活動にも力を入れ、1916年から1918年までペトログラード音楽院でヴァイオリン教授として、レオポルト・アウアーの後任を務め、1919年から1920年まではキエフ音楽院でも教鞭を執りました。ペトログラード時代には、1915年から親交のあったセルゲイ・プロコフィエフから、《ヴァイオリン協奏曲第1番》について助言を求められています。

アメリカでの成功と晩年

1920年、コハンスキは短期間ロンドンに定住し、ルービンシュタインとウィグモア・ホールで共同リサイタルを開催しました。ロンドンでシマノフスキ夫妻とも再会した後、1921年1月にはシマノフスキと共にウィグモア・ホールでリサイタルを開催。その数週間後、コハンスキ夫妻とシマノフスキ夫妻の四人はニューヨークへと旅立ちました。ポール・ドレーパーと、コハンスキのアメリカでのマネージャーとなるジョージ・エンジェルスの出迎えを受け、二人の演奏家はたちまち現地の音楽界に受け入れられます。間もなく、エルネスト・ブロッホの《ヴァイオリンソナタ第1番》の世界初演を行いました。特に、カーネギー・ホールでのデビュー公演で演奏したブラームスの《ヴァイオリン協奏曲》は、大きな成功を収め、彼は瞬く間にアメリカで引く手あまたの演奏家となりました。一度イギリスに戻った彼らは、その年の秋には再びニューヨークへ渡り、活動拠点をアメリカへと移します。1922年4月にはブエノスアイレスでも演奏するなど、その名声は南米にも及びました。1924年からは、その亡くなるまでジュリアード音楽学校でヴァイオリンの教授として、教育者としても重要な役割を果たしました。

1933年、コハンスキは既に癌に冒されていましたが、友シマノフスキの最後の主要作品となる《ヴァイオリン協奏曲第2番》の完成を助け、その初演を見事に務め上げました。

1934年 1月12日、コハンスキは47歳の若さで逝去しました。ジュリアード音楽学校で行われた無宗教の学校葬には、フリッツ・クライスラー、エフレム・ジンバリスト、ヤッシャ・ハイフェッツといった巨匠ヴァイオリニストをはじめ、フランク・ダムロッシュ、ウォルター・ダムロッシュ、セルゲイ・クーセヴィツキー、アルトゥーロ・トスカニーニ、ウラディミール・ホロヴィッツなど、当時の音楽界を代表する1500人もの錚々たる顔ぶれが列席し、その早すぎる死を悼みました。

コハンスキの死後に出版されたシマノフスキの《ヴァイオリン協奏曲第2番》の楽譜には、故人への深い追悼の念を表す感動的な献辞が掲げられました。アルトゥール・ルービンシュタインは、コハンスキを自身の「最愛の親友」と呼び、その人柄を「真っ正直で、トランプが好きで、時々大胆なことを口走る」と懐かしく語っています。

ジュリアード音楽学校のジョン・アースキン博士は、コハンスキについて特別な言葉でその功績と人柄を称賛しました。

コハンスキの貴重な自筆原稿は、ワルシャワのポーランド国立図書館音楽部門に収集・保管されています。1988年12月には、ポーランド文化省と国家遺産局がニューヨークのサザビーズからコハンスキの作品手稿を購入し、国立図書館の収蔵品に加えています。彼の遺した楽譜や資料は、現在も研究者にとって貴重な資料となっています。

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