ピアノ四重奏曲第2番 (フォーレ)

ガブリエル・フォーレ：ピアノ四重奏曲第2番 ト短調 作品45

ガブリエル・フォーレ（1845年 - 1924年）は近代フランスを代表する作曲家であり、彼の室内楽曲の中でも特に重要な位置を占めるのが、2曲のピアノ四重奏曲です。ト短調の作品45にあたる第2番は、1886年に完成されました。編成はピアノ、ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロという標準的なもので、全4楽章、演奏時間は約32分を要します。第1番が1880年に、そしてこの第2番がその7年後、1887年に初演されました。

作曲の背景と推測される動機

このピアノ四重奏曲第2番の正確な作曲過程については、自筆譜に日付がないことや、フォーレ自身の書簡に具体的な言及が見られないため、明確な記録が残されていません。しかし、作品が1887年1月に初演されたことから、フランスのフォーレ研究家であるジャン＝ミシェル・ネクトゥーは、おおよそ1885年から1886年にかけて作曲されたものと推測しています。この時期、フォーレは他の大規模な作品をほとんど手掛けておらず、限られた少数の作品創作に集中していたと考えられます。

作品が構想された時期については、ピアノ四重奏曲第1番が出版された1884年には、すでに第2番の制作が視野に入っていた可能性も指摘されています。また、1885年7月にはフォーレの父トゥッサン＝オノレが死去しており、この個人的な悲しみが本作の作曲動機の一つとなったとする見方もあります。特に、日本の作曲家である矢代秋雄は、父の死が有名な『レクイエム』（作品48）の創作に繋がったとされていることに触れ、この四重奏曲も同様に影響を受けている可能性を示唆しています。矢代は、第3楽章冒頭におけるピアノの動きが鐘の音を思わせ、それに続くヴィオラの旋律が深い悲嘆を表していると解釈しています。

一方で、フォーレはこの頃、1883年に結婚し、1885年には室内楽における功績が認められてシャルティエ賞を受賞するなど、公私ともに充実した時期でもありました。矢代秋雄はこうした状況を踏まえ、フォーレがさらなる高みを目指して、意欲的にこの作品に取り組んだ可能性も推察しています。

初演と出版、そして特別な献呈

ピアノ四重奏曲第2番は、1887年1月23日、パリの国民音楽協会の演奏会で初演されました。演奏メンバーは、ピアノをフォーレ自身が担当し、ヴァイオリンをギヨーム・レミー、ヴィオラをルイ・ファン＝ヴェフェルジュム、チェロをジュール・デルサールが務めました。

作品は同年のうちにアメル社から出版されました。アメル版の楽譜には献呈者の名前は記されていませんが、フォーレはこの曲をドイツの著名な指揮者であるハンス・フォン・ビューローに献呈しています。ネクトゥーによれば、これはビューローがフランスの指揮者・ヴァイオリニスト、エドゥアール・コロンヌに送った手紙の中でフォーレの音楽に好意的な評価を示しており、その手紙がパリの新聞に掲載されたことに対する、フォーレからの感謝の表明であったと考えられています。この思いがけない献呈に、ビューローは驚きと喜びをもってハンブルクから丁重な礼状を送っています。

また、フォーレはロシアの作曲家ピョートル・チャイコフスキーにもこの曲の楽譜を贈っています。チャイコフスキーは当時西ヨーロッパに滞在しており、1886年にパリでフォーレと会っています。1888年にはパリで自身の作品による演奏会を指揮しており、その頃出版されたばかりのピアノ四重奏曲第2番の楽譜を、フォーレは献辞を添えてチャイコフスキーに贈りました。さらに翌1889年には、チャイコフスキーも立ち会う国民音楽協会の演奏会で、フォーレの組曲版『カリギュラ』が初演され、終演後にはフォーレ、ヴァンサン・ダンディとともに夕食を共にするなど、二人の間には交流がありました。チャイコフスキーはその夜の印象を日記に記しています。

フォーレの作風における位置づけと音楽的特徴

フォーレの創作活動は一般的に三つの時期に分けられますが、ピアノ四重奏曲第2番は、初期（第一期：1860年-1885年）から成熟期（第二期：1885年-1906年）への転換点を示す、極めて重要な作品と位置づけられています。この曲を境に、フォーレはそれまでの様々な音楽的影響から脱却し、独自の洗練された様式を確立していきます。初期の優美で柔らかな表現に加え、確固とした力強さや激しさが増し、作品には知的なコントロールによる一定の距離感が生まれつつも、楽想は豊かに展開されます。この成熟期様式は、後年の傑作群に繋がる先駆的なものと言えます。

フォーレが作曲した2曲のピアノ四重奏曲は、構成や音楽的な特徴において共通点が多く見られます。どちらも4楽章構成で、第1楽章はソナタ形式による快活なアレグロ、第2楽章は急速なスケルツォ、第3楽章は瞑想的なアダージョ、そして第4楽章はアレグロによるフィナーレとなっています。また、力強く響き豊かな書法、楽章間の関連性、壮大な響きと主題の対比、スケルツォでの技巧的なピアノパート、アダージョでの内省的な雰囲気など、テクスチュアの面でも類似性が指摘されています。日本の音楽学者である平島三郎は、特に中間楽章の出来栄えが優れている点、フィナーレがやや控えめな点も共通していると述べています。

しかし同時に、第2番には第1番とは異なる独自の個性が備わっています。特にピアノと弦楽器の音色の対比はより鮮明になっています。矢代秋雄は、第1番がシューマンの影響を強く感じさせるのに対し、第2番は技法が円熟し、いかにもフォーレらしい独創的な語法が顕著であると評価しています。さらに、晩年の作品に見られるような近寄りがたさはなく、フォーレとしては珍しいほどの高度な緊張感と情熱が漲っており、真に傑作と呼ぶにふさわしい作品であると絶賛しています。フランスの哲学者ウラジミール・ジャンケレヴィッチも、この作品を「輝かしい成熟期」の頂点とみなし、素晴らしい楽想、洗練された形式、ほとばしる発想、そして各声部の独自性が強まったことによる入念で豊かなポリフォニーを特筆し、第1番から格段の進歩を遂げていると述べています。ジャンケレヴィッチは、その美しさは言葉では表現しきれないほどであり、ただ黙って聴くしかない、とまで語っています。

セザール・フランクとの関連性

ジャン＝ミシェル・ネクトゥーは、第1楽章の第1主題に見られる特徴的な旋律線や、力強い表現に、同時代の作曲家セザール・フランクの作風を想起させると指摘しています。さらに、第1楽章の主題が他の楽章の動機を生み出していることから、フランクが得意とした循環形式の要素が認められるとしています。フォーレが2曲のピアノ四重奏曲を作曲した時期は、フランクが円熟期の傑作を発表していた時期と重なっており、二人は国民音楽協会を通じて毎週顔を合わせていました。青年時代からフォーレはフランクの和声法、特に転調の手法に深く魅せられており、合唱曲『ラシーヌの雅歌』はフランクに献呈されています。

しかしネクトゥーは、フォーレの音楽はフランクのようにあらかじめ定められた形式に従うのではなく、和声の自然な流れが形式を形作っていく柔軟さに特徴があり、作風は大きく異なるとも述べています。したがって、フランクからの影響は転調法において明らかであるものの、器楽作品においては循環形式をその後次第に採用しなくなっていったと指摘されています。ただし、歌曲の分野では循環形式の精神が反映されるようになりました。

各楽章の解説

この作品は以下の4つの楽章で構成されています。

第1楽章：アレグロ・モルト・モデラート
ト短調、4/4拍子、ソナタ形式。ピアノの細かな動きに乗って、弦楽器がユニゾンで力強く第1主題を提示します。この主題はフローラン・シュミットによって「フォーレに永遠の生命を与えるであろう」と評されました。楽章は暗い雰囲気で始まり、あふれるようなエネルギーが感じられます。ジャンケレヴィッチは、再現部における卓越した転調の手法を詳細に分析し、その巧妙さを称賛しています。

第2楽章：アレグロ・モルト
ハ短調、6/8拍子。一種のスケルツォであり、緊張感と不安感が漂います。弾けるような弦のピチカートとピアノの左手の動きに乗り、ピアノの右手にめまぐるしい第1主題が現れます。変ト長調の第2主題は弦楽器が幅広く歌いますが、これは第1楽章の主題に基づく変形と言われています。中間部ではホ長調に転じ、第1楽章の第1主題に基づいた伸びやかな旋律が現れます。全体に熱に浮かされたような幻想的な曲調は、フォーレ作品の中でも異彩を放ちます。

第3楽章：アダージョ・ノン・トロッポ
変ホ長調、9/8拍子から12/8拍子へ。全楽章を通じて最も美しいと評される楽章であり、フォーレ特有のメランコリーと静謐な雰囲気に満ちています。形式については諸説ありますが、歌謡的な性格が強いのが特徴です。ピアノの揺れるような低音による、かすかな鐘の音を思わせる導入に始まり、ヴィオラが深く情感豊かな旋律を歌います。矢代秋雄はこの主題をフリギア調（主音はト音）と分析し、これがト短調と変ホ長調の間を行き来する点が第1楽章の主題関係と同じくフォーレらしいと指摘しています。楽章後半では静寂の中に崇高な雰囲気が漂い、ジャンケレヴィッチはその筆舌に尽くしがたい美しさを表現しています。フォーレ自身は、この楽章が幼い頃に聞いた鐘の音の思い出に基づくと述べていますが、音楽自体は非具象的であり、具体的な描写というよりは内面的な追憶が表現されています。

第4楽章：アレグロ・モルト
ト短調、3/4拍子、ソナタ形式。第1楽章に対応する力強いフィナーレです。弦楽器のユニゾンによる第1主題は、激しい動きと付点リズムが特徴的です。展開部は第1主題に基づいており、再現部を経て、コーダでは主調であるト長調で力強く、そして明るく全曲を締めくくります。この楽章の重厚な響きやピアノのオクターヴはブラームスを、主題構成の並列性はシューベルトやシューマンを思わせるといった指摘もあります。

ガブリエル・フォーレのピアノ四重奏曲第2番は、作曲家の円熟期への入り口を飾る傑作として、今日でも多くの音楽愛奏家に親しまれています。その複雑かつ洗練された音楽語法、そして情感の深さは、聴くたびに新たな発見をもたらしてくれるでしょう。

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