プラエトリアニ

プラエトリアニ：ローマ皇帝の親衛隊

プラエトリアニ（古典ラテン語：praetoriani）は、ローマ帝国において皇帝を護衛するために組織された直属の精鋭部隊です。日本語では「近衛隊」「近衛軍団」「護衛隊」「親衛隊」などと訳されます。アウグストゥス帝による帝政開始とともに組織され、コンスタンティヌス1世によって解体されるまで、帝国の歴史に深く関わりました。プラエトリアニは、本国イタリアに駐屯することを許された唯一の軍事組織であり、その任務は皇帝の身辺警護から不穏分子の摘発まで多岐に渡りました。

プラエトリアニの起源

「プラエトリアニ」という名称は、法務官（プラエトル）の天幕を意味する「プラエトリウム」に由来します。ローマ軍においては、司令官が各階級の兵士から護衛兵を選抜する慣習があり、紀元前275年頃にはスキピオ家の者がそのようにしていた記録が残っています。護衛兵は歩兵と騎兵で構成され、次第に大隊（コホルス）単位へと編成が拡大し、「プラエトルの部隊」（cohors praetoria）と呼ばれるようになりました。共和政末期には、指揮官が単なる警護部隊ではなく、軍団単位の精鋭部隊を保有することが一般的になりました。特に、ガイウス・ユリウス・カエサルは第10軍団エクェストリスに自らが率いる精鋭部隊としての名誉を与え、ガリア戦争やローマ内戦を通じてその能力を有効活用しました。

歴史

創設

アウグストゥス帝は、帝政を開始すると、このような精鋭部隊が戦時だけでなく平時においても有効であると考え、プラエトリアニを組織しました。彼は自身の身を守るための組織が必要であると認識しつつも、共和政の体裁を保ちながら新たな元首政を築き上げるために、慎重に兵力を増強しました。まず、1部隊500人の部隊を9つ編成し、徐々に1部隊の人員を1000人まで増員しました。そして、9つの部隊のうち3つをローマ市に、そのうち1つを皇宮に配備しました。紀元後2年には、騎士階級からプラエトリアニの最高責任者となるプラエフェクトゥス・プラエトリオ（親衛隊長官）を2人置くことを決定しました。

ティベリウス帝による強化

アウグストゥス帝の死後、後を継いだティベリウス帝は、親衛隊を強化しました。パンノニア駐留軍の反乱鎮圧のため、親衛隊長ルキウス・アエリウス・セイヤヌスに2個親衛大隊を率いさせ、ゲルマニアではアルミニウスとの戦闘において甥のゲルマニクスに2個親衛大隊を組み込みました。また、セイヤヌスの進言に基づき、ローマ市内に点在していた親衛隊をカストラ・プラエトリア（親衛隊兵営）に集結させ、親衛隊の地位を向上させました。セイヤヌスは親衛隊の力を背景に権勢を振るいましたが、ティベリウス帝はセイヤヌスの排除を決意し、密かにナエウィウス・ストリウス・マクロを親衛隊長に任命し、セイヤヌスの処断を命じました。マクロは消防隊と連携してセイヤヌスを捕縛し、処刑に成功しました。

クラウディウス帝擁立

41年1月24日、第3代皇帝カリグラが親衛隊将校によって暗殺されると、元老院議員たちは共和政の復活を目指しましたが、親衛隊はカリグラの叔父であるクラウディウスを次期皇帝として推戴しました。クラウディウスは親衛隊に賄賂を贈り支持を固め、暗殺犯を処刑しました。クラウディウス帝の即位後、親衛隊はブリタニア遠征に同行し、帰還後には親衛隊長が元老院議員との同席を許される栄誉を授かりました。国内では不穏分子の摘発にあたり、親衛隊長は元老院から報償を授かりました。

フラウィウス朝から五賢帝時代へ

ユリウス・クラウディウス朝の崩壊後、親衛隊はガルバを支持しましたが、後にオトに買収されガルバを殺害しました。内乱の最終的な勝利者となったウェスパシアヌス帝は、息子のティトゥスを親衛隊長に据えて統制し、秘密警察として活用しました。ドミティアヌス帝は親衛隊を重用し、ダキア戦争では親衛隊長を総司令官に任命しましたが、彼は戦死し、親衛隊は大きな打撃を受けました。ネルウァ帝の時代には、親衛隊が政治的圧力を強めましたが、トラヤヌス帝の即位後に失脚しました。トラヤヌス帝はダキア遠征に親衛隊を同行させ、ハドリアヌス帝の即位においては、親衛隊長が遺言の捏造に関与した可能性が指摘されています。

セウェルス朝から軍人皇帝時代、そして終焉へ

五賢帝の時代を経て再び内乱の時代になると、プラエトリアニは再び独自の勢力として台頭し、皇帝を支配するようになりました。ペルティナクス帝を殺害した後には、皇帝の位を公開競売にかけるという前代未聞の行為まで行いました。セプティミウス・セウェルス帝は、それまでのプラエトリアニを解散し、自らの軍団を新たなプラエトリアニとして編成しました。しかしその後、プラエトリアニを統率できる政治力を持つ人物が現れず、軍人皇帝時代には皇帝の擁立と排除を意のままにするようになり、短命政権が続きました。ディオクレティアヌス帝はプラエトリアニ出身でしたが、その権限を大幅に削減しました。そして、312年のミルウィウス橋の戦いでコンスタンティヌス1世に敗北し、解散させられました。

プラエトリアニは、ローマ帝国の歴史において、皇帝の護衛という重要な役割を担う一方で、政治的な影響力も大きく、帝国の安定を揺るがす存在でもありました。彼らの存在は、帝政ローマの権力構造と社会情勢を色濃く反映しています。

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