丈部

丈部（はせつかべ）とは

丈部、あるいは戈部、杖部は、古代の大和政権において、使者としての役割や、宮廷内での雑役、警備などを担ったとされる職業部（品部）です。

職掌について

丈部の職務については、研究者の間でさまざまな見解があります。

大塚徳郎は、「丈部」を「馳使部（はせつかべ）」と解釈し、令制下の「駈使丁」の前身であると唱えています。
一方、佐伯有清は、丈部を令制の使部の前身と捉え、軍事的な性格が強かったと指摘しています。彼は、丈部が「杖」を携帯し、公用の使者として往来していたのではないか、または、杖を持って大王に近侍し、その「杖」が「丈」と省略されて「丈部」と呼ばれるようになったのではないか、と推測しています。また、杖を通じて警護や雑役にも従事していた可能性も指摘しています。



稲荷山古墳から出土した鉄剣の銘文には、「杖刀人」という記述があり、この「乎獲居臣」（をわけのおみ）が、一般的には記紀に登場する大彦命の子とされていますが、実際は阿倍臣であり、阿倍氏に従属する部曲（かきべ）ではなかったかという説が、太田亮や岸俊男によって提唱されています。これに対し、井上光貞は、丈部を朝廷に服属する品部の一種であるとしています。

「万葉集」には、丈部に関する記述も見られます。巻第三の443番には、判官（じょう）である大伴宿禰三中（おおとものすくねみなか）が、首つり自殺した摂津国の史生、丈部竜麻呂（はせべのたつまろ）を悼む歌が収録されています。この歌からも、丈部が単なる走り使いではなく、軍事的側面も持つ部民であったと推測できます。

さらに、「正倉院文書」には、丈部造子虫（はせべのみやつここむし）のことが「使部子虫」と記されており、丈部が「使部」と表記されていることから、丈部が軍事的色彩の強い使部の前身であったという説も有力です。

氏族について

『新撰姓氏録』によると、丈部氏は「天足彦国押人命（あめたらしひこくにおしひとのみこと）の孫、比古意祁豆命（ひこおげつのみこと）の子孫」とされています。また、和泉国皇別では、丈部首氏は「武内宿禰の息子の紀角宿禰の子孫」とされています。右京皇別には、丈部造氏は「孝元天皇の皇子、大彦命の子孫」と記載されています。

丈部氏は、東国、北陸、出雲国に多く分布しており、特に「連」や「直」の姓を持つ東国の一族は、「丈部」を統率する地方の伴造であったと考えられています。『続日本紀』には、「丈部大麻呂」をはじめとする多くの丈部氏族の名前が記録されており、『万葉集』巻第二十には、無姓のものも含めて、丈部氏の防人の歌が数多く収録されています。

まとめ

丈部は、大和政権において、使者、警備、雑役など、多岐にわたる役割を担った職業部でした。その職務は、単なる走り使いにとどまらず、軍事的な側面も持ち合わせていたと考えられます。氏族は、複数の系統に分かれ、全国各地に分布していました。丈部の歴史を紐解くことは、古代日本の社会構造や軍事制度を理解する上で重要な手がかりとなるでしょう。

参考文献

『岩波日本史辞典』p938、監修：永原慶二、岩波書店、1999年
『萬葉集』（一）・（六）完訳日本の古典2・7、小学館、1982年・1987年
『続日本紀』1 - 5　新日本古典文学大系12 - 16　岩波書店、1989年 - 1998年
『続日本紀』全現代語訳（上）・（中）・（下）、講談社学術文庫、宇治谷孟：訳、1992年、1995年
『日本の古代11　ウヂとイエ』大林太良：編より「10東と西の豪族 - 東国の豪族と文化」文：原島礼二、中央公論社、1987年
佐伯有清『丈部氏および丈部の基礎的研究』（『日本古代史論考』所収)
佐伯有清『新撰姓氏録の研究』考証篇第二
岸俊男『万葉集からみた新しい遺物・遺跡ー稲荷山鉄剣銘と太安万呂墓1』(日本古代の国家と宗教」上所収)
佐伯有清編「日本古代氏族事典」（雄山閣）

関連項目

阿倍氏
丈部氏
百済王敬福
藤原仲麻呂の乱
防人歌

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