上条政繁

上条政繁（じょうじょうまさしげ）は、戦国時代から江戸時代前期にかけて生きた武将です。越後国の有力な国人領主である上条上杉家の当主として知られ、上杉謙信、そして上杉景勝の家臣として仕えました。越後国の上条城を拠点としていましたが、その出自についてはいくつかの説が提唱されています。

一説には、室町時代の越後守護であった上杉定実の弟、すなわち上条上杉家の一族であったとされています。しかし、近年では異なる見解も示されています。例えば、研究者の片桐昭彦氏は、政繁が能登国の畠山氏の出身であり、永禄年間に上杉謙信の人質として越後に送られた「宮王丸」という人物と同一である可能性を指摘しています。また、養子とした義春とも同族であるとしています。さらに、田嶋悠佑氏は、政繁と義春（義明）は別人であるという前提のもと、『寛政重修諸家譜』の記述に基づけば、天文22年（1553年）に畠山氏から人質として送られ、弘治2年（1556年）に謙信の養子になったのは政繁に関する出来事であるとしています。宮王丸と政繁が完全に同一人物とは断定できないとしつつも、政繁が畠山氏の出自である可能性は高いと見ています。

上条上杉家は、かつて長尾為景と対立して勢力を失っていましたが、元亀2年（1571年）頃、為景の子である上杉謙信の時代に、廃絶状態にあったその家督を政繁が継承したと考えられています。彼は当時の関東管領であった上杉憲政から偏諱（名前の一字）を受けて「政繁」と名乗り、天正初年頃までには出家して「宜順（ぎじゅん）」と号しました。

謙信の存命中、政繁は家臣として忠実に仕え、上野国や越中国など各地を転戦しました。天正3年（1575年）に作成された『天正三年上杉家軍役帳』には、政繁が96人の軍役を負担したことが記録されており、上杉家の一門衆の中でも第四位という高い地位にあったことがうかがえます。天正5年（1577年）には、能登国守護であった畠山氏の居城、七尾城攻めに参加しました。この際、謙信の命により、畠山氏の遺児（後の畠山義春）を養嗣子として迎え入れました。ただし、この養子縁組の経緯についても異説があり、一度は謙信自身が養子とし、後に改めて政繁と養子縁組が結ばれた、あるいは謙信の死後に行われたという説もあります。

謙信が亡くなった後、上杉家の家督を巡って御館の乱が発生すると、政繁は上杉景勝を支持して勝利に貢献しました。戦後も景勝に従い、その重臣として遇されました。天正9年（1581年）に越中松倉城主であった河田長親が没すると、その後任として松倉城に入りました。天正12年（1584年）、羽柴秀吉への人質提出が必要となった際、当時景勝には実子がいなかったため、政繁の孫にあたる義真（養子義春の子）が景勝の養子として人質に送られることになりました。これに伴い、政繁は軍役を免除されたといいます。同年、信濃国海津城主であった山浦景国が失脚すると、政繁はその後任として海津城に入城しました。しかし、翌天正13年（1585年）には須田満親に代わられたため、景勝との関係が悪化し始めたとされます。そして天正14年（1586年）、政繁は遂に上杉家を出奔しました。その後、秀吉に仕え、河内国高安郡内に500石の知行を与えられました。

一般的には、この上杉家出奔の後に政繁は間もなく死去したと考えられています。これは、以後の事跡が養子の義春のものとして記録されるようになるためです。出奔の理由については、景勝との間で信濃国の統治方針を巡る対立があったとする説のほか、景勝の側近として台頭していた直江兼続による讒言があったとする説、さらには当時上杉氏に反抗していた新発田重家と親しい関係にあったことなどが原因として挙げられています。

しかし、政繁のその後の生涯については全く異なる異説も存在します。この説によれば、政繁は上杉家出奔後も存命し、豊臣秀吉に仕え続けました。文禄・慶長の役では肥前国の名護屋城に在陣し、慶長5年（1600年）の関ヶ原の戦いでは東軍に属しました。慶長19年（1614年）の大坂冬の陣では、徳川方との内通を疑われて大坂城を退去した片桐且元に伴って城を出ました。翌慶長20年（1615年）の大坂夏の陣では徳川方に属して戦い、戦後は江戸幕府に仕えたとされています。そして、寛永20年（1643年）に死去したというものです。この異説によれば、政繁は後に上杉家とも和解し、養子義春の次男である長員が旗本として高家（朝廷との儀礼を担当する家柄）となり、同じく旗本となった他の上杉家（宅間上杉家や深谷上杉家）よりも高い禄高を得たとしています。

これらの異なる経歴説の背景には、政繁と養子の義春を同一人物と見なすか否かという、歴史研究上の大きな論点が存在します。江戸幕府編纂の『寛政重修諸家譜』などでは、政繁と義春を同一人物として記載していますが、『上杉家御書集成』や『上杉家御家年譜』、そして同時代の記録における政繁の入道号「宜順」などから、両者は別人であるとする説が現在では有力視されています。『寛政重修諸家譜』の記述に誤りがあると仮定すると、いくつかの問題が生じます。

第一に、享年に関する問題です。『寛政重修諸家譜』では政繁＝義春として享年99歳と記されていますが、これは当時の平均寿命から考えて非常に高齢であり、疑問視されています。『上杉家御家年譜』に所収されている「外姻譜略」では、義春の没日は同じながら享年が81歳と記されており、研究者の片桐昭彦氏は後者の方が正しい可能性が高いと見ています。片桐氏は、政繁（宜順）の生年と義春の没年が混同された結果、享年99歳という誤った記録になった可能性があると考察しています。これに対し、田嶋悠佑氏は、大徳寺の記録にある「畠山氏入道寿影賛」（寛永20年）に記された「能州太守畠山氏後裔源義明」「齢九十五」という記述に注目し、これが従来畠山義春とされてきた人物の正しい経歴であるとしています。この説を採用すると、義春（田嶋説における義明）は死去直前に肖像画を描かせており、その際の年齢が95歳であったことになります（逆算すれば天文18年生まれ）。

第二に、妻に関する問題です。長尾政景の娘で元和8年（1622年）に死去した「仙洞院殿離三心契大姉」を妻としたのが政繁（宜順）なのか、それとも義春なのかが明確ではありません。「外姻譜略」では義春の妻を景勝の姉と記していますが、年齢的には政繁の方が景勝の姉と近く、どちらが娶ったか断定が困難です。

第三に、子に関する問題です。『寛政重修諸家譜』では政繁＝義春の子として畠山景広、上杉長員、畠山義真が記されていますが、実際これらの子の父親が政繁（宜順）と義春のどちらであったかという問題です。長尾政景の娘と婚姻した人物とその時期が特定できないため判断が難しい点ですが、実際には血縁関係が伯父と甥にあたる政繁と義春それぞれの実子が、系図上では兄弟として記されてしまった可能性も指摘されています。

このように、上条政繁の生涯、特にその最期と養子義春との関係については、様々な史料に基づいた研究が進められており、現在もその実像の解明が待たれています。

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