両國梶之助 (1874年生)

両國 梶之助（りょうごく かじのすけ）は、明治から昭和にかけて活躍した元大相撲力士、そして指導者です。本名を古川 九八といい、1874年3月25日に現在の長崎県諫早市にあたる地域で誕生しました。

農家の生まれでしたが、幼い頃から地元の相撲で「若木野」の四股名で頭角を現します。その非凡な才能を見抜いた人物の勧めにより、大坂相撲界へ足を踏み入れることになります。当初、入門を希望した不知火部屋は叶わず、時津風部屋に入門しましたが、その後のめざましい活躍が不知火の目にとまり、改めて懇請されて不知火部屋へ移籍しました。大坂相撲時代は、本名にちなんだ「九（いちじく）」を名乗り、後に「一軸」、そして「國岩」と改名して活躍しました。当時の相撲雑誌では、そのユニークな四股名が話題となったこともあります。この頃、東京相撲の大関・荒岩亀之助と共に、「東西の両岩」と称される存在として知られていました。

大坂相撲で同い年の中村部屋所属の常陸山谷右エ門と親交を深めた両國は、常陸山が東京相撲へ戻った後を追うように、1902年、東京相撲の出羽ノ海部屋へ移籍します。そして翌1903年1月場所、幕内格付け出しという形で、四股名を「両國 梶之助」と改め、東京相撲での初土俵を踏みました。東京相撲では、相手の懐に飛び込む「手取り型」の相撲を得意とし、一本背負いをはじめとする多彩な技を駆使して土俵を沸かせました。1905年5月場所には小結に昇進し、三役を経験。この場所は全休してしまいましたが、幕内上位では二代目梅ヶ谷藤太郎から金星を獲得するなど活躍を見せました。特に大横綱・太刀山峯右エ門には強く、通算対戦成績で4勝4敗と全くの互角に渡り合ったことは特筆されます。1912年1月場所限りで現役を引退し、年寄・入間川を12代として襲名しました。

引退後は入間川部屋を創設し、多くの弟子を育成する傍ら、親友である横綱・常陸山の補佐を務めます。1922年に常陸山が没すると、その遺志を継ぎ、出羽ノ海部屋の師匠となりました。その際、常陸山への敬意を示すため、部屋名の「ノ」を外して「出羽海部屋」と改称しています。両國は常陸山が築き上げた名門部屋をさらに発展させ、昭和初期には番付の片側を出羽海一門の力士が占めるほどの隆盛を極めました。師匠・出羽海としては、武藏山武、安藝ノ海節男といった複数の横綱をはじめ、五ツ嶋奈良男、新海幸藏、笠置山勝一といった錚々たる顔ぶれの関取を育て上げ、戦前相撲界を牽引する大部屋として確固たる地位を築きました。

温厚で頭脳明晰な人物として、日本相撲協会でも重きをなしました。協会取締筆頭格として手腕を発揮し、特に1927年の大坂相撲との東西合併といった難局を乗り越える上で重要な役割を果たしました。横綱昇進が見送られた玉錦三右エ門の品格を問題視したとされる話や、これに関連して日本刀を振り回したという逸話（真偽は不明ですが）は、当時の出羽海の相撲界における絶大な影響力を示すものとして語り継がれています。しかし、当時の相撲界は困難も抱えていました。1923年の関東大震災で旧両国国技館が被災し、その再建費用が重荷となったことに加え、不透明な財政体質、そして東西合併によって増えた力士の抱える問題など、課題が山積していました。こうした状況が、1932年1月6日に勃発した「春秋園事件」へと繋がります。常陸山から預かり弟子であり、自身も信頼を置いていた付き人だった天竜三郎が主導したこの事件により、番付の西方に名を連ねていた幕内力士29名（うち出羽海部屋所属が19名）、十両19名、幕下以下5名が一斉に協会を脱退するという未曽有の事態が発生し、予定されていた初場所も延期されるに至りました。この事件の責任を取り、両國は取締を辞職し、相談役という立場に退きました。

相談役となった後も部屋の経営は続けましたが、激動の相撲界を見守りながら、1949年1月11日、74歳でその生涯を閉じました。

両國にまつわるエピソードとしては、現在の出羽海部屋に伝わる「幕下昇進までは四股名を名乗らせない」という慣例は、両國の代から始まったものと言われています。「未だ海の物とも山の物とも知れない新弟子に、『海』だの『山』だのという名を付けられるか」という彼の言葉が残されており、1926年頃に部屋から廃業した力士が事件を起こし、現役時代の四股名が報じられたことに心を痛めたのがきっかけだったとされています。また、素行不良で破門された清水川元吉の復帰を、亡くなった父親からの嘆願書を理由に、「命を懸けての嘆願が、将来二度とあるか」と協会内の反対意見を退けて認めたという話も伝わっています。

東京相撲での主な成績は、幕内在位19場所で48勝48敗（勝率.500）、小結1場所、金星1個（二代梅ヶ谷）を記録しています。

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