中国蝗災史

中国蝗災史：繰り返される大災害と人々の闘い

中国の歴史において、蝗害は旱魃、水害と並ぶ三大災害として認識されてきました。その被害は農作物の壊滅にとどまらず、飢餓、疫病の蔓延、民衆暴動、さらには王朝崩壊をも招く、国家存亡に関わる深刻な問題でした。本稿では、古代から現代までの中国における蝗害の歴史を、様々な史料を基に詳細に解説します。

蝗害と政治：密接な関係

中国では古くから、「蝗」の字は、農作物を襲う蝗の惨害を防ぎ救うことに「皇」帝の命運がかかっているという説があるほど、蝗害と政治は深く結びついていました。唐の太宗が蝗を自ら食べて蝗害を鎮めたという伝説は、この関係性を象徴的に示しています。

鄧拓の『中国救荒史』によれば、秦漢代には平均8.8年、宋代には3.5年、元代には1.6年、明清代には2.8年ごとに蝗害が発生しており、中国は世界でも蝗害の被害を最も受けた地域の一つと言えるでしょう。その多くはトノサマバッタによるものでした。明末の農学者、徐光啓は『除蝗疏』の中で、飢餓の主な原因として洪水、旱魃、バッタを挙げ、政府による備蓄の不足を批判しています。旱魃の後には蝗害が発生しやすい傾向があり、農作物への被害はさらに拡大しました。

歴史を彩る蝗害の記録

殷周時代: 殷代の甲骨文にも蝗害の記録があり、周代の詩経にはバッタの駆除の様子が詠まれています。

漢代: 『漢書』、『後漢書』には、文帝6年（紀元前175年）以降、後漢時代にかけて断続的に蝗害が発生した記録が残されています。後漢の王充は蝗害を役人の怠慢によるものと指摘し、蔡邕もまた、上層部の腐敗によるものだと主張しました。

魏晋南北朝時代: 西晋や東晋、北魏でも大規模な蝗害が発生し、朝廷は官庫を開いて民衆を救済するなどの対応を取っています。

唐代: 唐代には、貞観年間（627-649年）に長安で旱魃と蝗害が発生した記録が残されています。太宗は自ら視察を行い、対策を講じました。また、715年の淮河流域での蝗害は、その規模が非常に大きく、大量のバッタの駆除が行われました。785年の蝗害は、東は海から西は黄河上流まで広がり、天を覆うほどの規模であったと記録されています。同時期の日本、円仁の『入唐求法巡礼行記』にも、蝗害による甚大な被害が記されています。

五代十国時代: 後梁、後唐、後漢などでも蝗害の記録が多くみられ、その規模や影響は依然として甚大でした。興味深いことに、949年の後漢での記録には、蝗虫が一夜にして草を抱えて死んだという記述があり、これは人間の生態系への影響を示唆しています。

宋代: 宋代においても、960年から1165年にかけて複数の蝗害が発生しています。理学者としても知られる朱熹は、飛蝗を誘い込むための夜焚きを提案するなど、様々な対策が模索されました。

元代: 元代には、特に1270年の蝗害が南京や河南地方に大きな被害をもたらしました。また、1333年には、黄河の氾濫、蝗害、旱魃が相次ぎ、クマネズミがヨーロッパに移動したという説もあります。この時代には、村単位での蝗害予防策が確立され、共同体による対策がとられていました。

明代: 明代は、建国後から明末にかけて、繰り返し蝗害に見舞われました。明の開国皇帝朱元璋の碑文にも蝗害の記述があり、その社会への影響の大きさが伺えます。1630年には徐光啓が蝗害対策を記した『除蝗疏』を著し、明末の頻発する蝗害は国力を大きく消耗させ、明の滅亡の一因となったとも考えられています。

清代: 清代には、蝗害に関する記録がさらに増加し、その対策に関する書物も多く残されています。1850年代には、太平天国の乱と重なるように大規模な蝗害が発生し、社会不安をさらに激化させました。

近現代: 1942年の河南旱魃では、蝗害がさらに被害を拡大させました。1958年の大躍進政策における四害駆除運動では、スズメの駆除が裏目に出て、かえって害虫の大量発生を招きました。2005年には、海南省で過去最悪の蝗害が発生し、稲の収穫はほぼ全滅しました。

蝗害対策の歴史

中国では、古くから蝗害への対策が講じられてきました。初期は、祭祀による鎮圧や、蝗虫の捕殺などが中心でした。時代が進むにつれて、集団での駆除、薬物散布、予防策など、様々な対策が試みられました。しかし、蝗害の規模と頻度を考えると、根本的な解決には至っていません。

結論

中国の歴史は、蝗害との闘いの歴史でもありました。自然災害としての蝗害の脅威と、それを克服しようとする人々の努力は、中国の歴史と社会を深く理解する上で重要な要素となっています。現代においても、蝗害の脅威は完全に消滅したわけではなく、今後も継続的な対策が必要とされています。

もう一度検索