全国停戦合意

全国停戦合意 (NCA)

ミャンマー連邦共和国における全国停戦合意（英語: Nationwide Ceasefire Agreement、略称: NCA）は、同国政府と一部の少数民族武装勢力の間で締結された歴史的な停戦協定です。正式名称は「ミャンマー連邦共和国政府と少数民族武装勢力の全国停戦合意」。日本語では全国停戦協定とも訳されます。この合意は2015年3月31日に草案が作成され、同年10月15日に当時のテインセイン大統領によって署名されました。長期にわたる国内紛争の終結と永続的な平和構築を目指す試みとして位置づけられました。

締結までの道のり

ミャンマーでは、1962年以来、国軍による政治支配が続いていましたが、2008年に新憲法が制定され、2010年には20年ぶりの総選挙が実施されました。この選挙を受けて、2011年1月31日に国軍系の統一連邦発展党の党首であったテインセインが大統領に就任し、国軍の管理下での文民政権への移行、いわゆる「民政移管」が実現しました。

しかし、2008年憲法は、国内のあらゆる武装組織をミャンマー国軍の指揮下に置くことを定めていました。これに基づき、2009年に国軍は少数民族武装勢力を国境警備隊として傘下に組み込もうと計画し、それまで結ばれていた停戦協定を一方的に破棄しました。これにより、テインセイン政権発足時には、政府と武装勢力との関係は極度に悪化し、各地で武力衝突が再燃しました。2010年の民主カレン仏教徒軍第5旅団、2011年3月のシャン州軍 (北)、同年6月のカチン独立軍（KIA）との戦闘などがその例です。

こうした緊迫した状況の中、2011年7月28日には、最大野党である国民民主連盟（NLD）を率いるアウンサンスーチー氏が、政府と武装勢力の双方に和平を求める公開書簡を発表しました。また、欧米諸国からの経済制裁解除の条件の一つとして、少数民族との和平達成が含まれていたこともあり、テインセイン大統領は同年8月18日、全国規模の停戦を呼びかける政府声明を発表しました。これは、1962年以降初めての試みでした。和平実現に向け、政府はアウンタウンを代表とする連邦政府和平交渉団を組織。さらに2012年5月には大統領自らが率いる連邦平和構築中央委員会とその実務機関である連邦平和構築作業委員会を設立し、和平交渉を推進しました。その結果、2012年末までにはカレン民族解放軍（KLNA）を含む13の少数民族組織との間で、暫定的な停戦合意が結ばれました。

2013年に入ると、少数民族武装勢力の連合組織である統一民族連邦評議会（UNFC）と政府側の連邦平和構築作業委員会がタイのチェンマイで会談を持つなど、全国的な合意に向けた動きが進みました。同年11月2日には、16の少数民族武装組織の代表によって全国停戦調整代表団（NCCT）が結成され、政府代表団との間で定期的に交渉が行われました。しかし、交渉が続く間も、カレン州、モン州、シャン州などで国軍と武装組織の衝突が発生し、特に2014年11月19日には、KIAの本拠地であるライザ近郊の訓練キャンプを国軍が急襲し、多数の死傷者が出る事件が起きるなど、情勢は不安定なままでした。これにより、同年12月の会合には国軍代表者やNCCTの正副団長が欠席するなど、交渉は困難を極めました。

全国停戦合意の締結

紆余曲折を経て、2015年3月31日には全国停戦合意の草案が作成され、双方の合意が得られました。しかし、その後の交渉は難航しました。特に2015年に発生したコーカン地域での武力衝突において、国軍が徹底した鎮圧姿勢を見せたことが影響しました。政府は、この衝突の当事者であったミャンマー民族民主同盟軍（MNDAA）、タアン民族解放軍（TNLA）、アラカン軍（AA）の3組織を停戦合意の対象から外す方針を示しましたが、NCCTはこれを拒否しました。少数民族武装組織側は、同年5月と6月に会議を開き、政府に対して13項目の修正を要求することを決定しました。政府は、大統領と国軍最高司令官が合意文書に自ら署名することや、国内外から広く立会人を招くことなど、一部の要求を受け入れました。

しかし、ミャンマー政府が2015年ミャンマー総選挙前の署名実現を強く求めたため、全ての組織を含む包括的な合意には至りませんでした。最終的に、2015年9月9日の会合で、8つの少数民族武装組織が合意に署名することが決まりました。そして2015年10月15日、テインセイン大統領と、カレン民族同盟（KNU）、カレン民族同盟/カレン民族解放軍平和評議会（KPC）、シャン州復興評議会（RCSS）、チン民族戦線（CNF）、アラカン解放党（ALP）、パオ民族解放機構（PNLO）、全ビルマ学生民主戦線（ABSDF）の8組織が全国停戦合意に署名しました。この署名式には、国際連合、イギリス、ノルウェー、日本、アメリカ合衆国など、複数の国や機関の代表者が立会人として参加しました。

交渉の停滞と合意の崩壊

2015年の総選挙でNLDが地滑り的な勝利を収め、アウンサンスーチー氏が国家顧問として政権の実権を握ると、全国停戦合意の枠組みは引き継がれました。NLD政権は、2016年8月に「連邦和平会議 - 21世紀パンロン」と名付けられた会議を開催し、テインセイン政権が進めていた和平交渉を引き継ぐ姿勢を示しました。この会議は当初、半年に一度の開催が予定されていましたが、実際には2017年、2018年、2020年にそれぞれ1度開催されるにとどまりました。この間、2018年2月13日にはラフ民主同盟（LDU）と新モン州党（NMSP）が新たに合意に署名し、署名組織は合計10となりました。しかし、署名済みの組織との交渉も含め、会議は停滞し、全体的な和平プロセスは後退しました。

そして、2021年2月1日に発生したミャンマークーデターにより、事態は大きく暗転しました。国軍が権力を掌握したミンアウンフライン政権は、事実上この全国停戦合意を破棄する行動を取りました。署名組織の一つであるRCSS（シャン州復興評議会）の支配地域であるシポー郡区のキャンプを攻撃するなど、軍事的な圧力を強めました。相次ぐ軍事政権との武力衝突の激化を受け、全国停戦合意に署名した主要組織の一つであるKNUのパドーソータドームー書記長は、2023年8月10日、「全国停戦合意はもはや存在しない」と公に声明を発表しました。これにより、全国停戦合意は事実上、その効力を失ったと見なされています。

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