内山永久寺

内山永久寺：幻の大寺院の盛衰

内山永久寺（うちやまえいきゅうじ）は、奈良県天理市杣之内町に位置し、かつて隆盛を誇った寺院です。興福寺との深い繋がりを持ち、広大な伽藍を有していましたが、明治時代の廃仏毀釈によって廃寺となり、その姿を消しました。現在は、石上神宮の南、山の辺の道沿いに、往時の名残である浄土式庭園の池が静かに佇んでいます。

歴史

内山永久寺は、その名の通り三方を山に囲まれた場所に位置し、金剛乗院という院号を持ちます。本尊は阿弥陀如来です。

『永久寺置文』や『諸寺縁起集』によれば、永久年間（1113年 - 1118年）に鳥羽天皇の勅願により、興福寺大乗院の頼実によって創建されました。その後、尋範によって堂宇の整備が進められました。康正3年（1457年）の『大乗院寺社雑事記』には、頼実と尋範の二人が本願であると記されており、頼実の山荘が尋範に引き継がれたと考えられています。尋範は太政大臣藤原師実の子であり、大乗院の院主や興福寺の別当を歴任しました。そのため、内山永久寺は当初から興福寺大乗院の末寺としての性格を持ち、本地垂迹説の流行とともに石上神宮の神宮寺としての側面も持つようになりました。興福寺を支配していた二大院家の一つである大乗院の権威を背景に、室町時代には絶大な勢力を誇りました。

『永久寺置文』によると、保延2年（1136年）には真言堂、同3年には八角多宝塔が建立され、その他にも吉祥堂、観音堂、常存院、御影堂、経蔵、鐘楼、温室、四所明神社、玉賀喜社など、数多くの堂宇が存在していました。

『太平記』には、延元元年・建武3年（1336年）に後醍醐天皇が一時的に身を隠したという記述があり、現在も「萱御所跡」という旧跡が残っています。

天正13年（1585年）には、56もの坊や院が存在していました。近世の『大和名所図会』に掲載された境内図を見ると、池を中心とした浄土式回遊庭園の周囲に、本堂、観音堂、八角多宝塔、大日堂、方丈、鎮守社などの主要な建物に加え、多くの院家や子院が建ち並んでいたことがわかります。文禄4年（1595年）には、豊臣秀吉から971石という広大な寺領を与えられ、近世を通じて維持されました。近世には、院家の一つである上乗院が寺主となり、興福寺の支配から離れて真言宗寺院となりました。当時、大和国では東大寺、興福寺、法隆寺に次ぐ格式を誇る大寺であり、その規模の大きさと伽藍の壮麗さから、江戸時代には「西の日光」とも呼ばれていました。

幕末には、復古大和絵の絵師である冷泉為恭が暗殺される直前まで潜伏していたことでも知られています。

廃寺

明治時代に入ると、内山永久寺は廃仏毀釈の嵐に巻き込まれます。明治元年（1868年）8月に神仏分離令が発令されると、当時の座主であった上乗院亮珍は、他の僧侶とともに還俗し、「藤原亮珍」と改名して布留社の神官となりました。亮珍は、「永久寺を社地とする。神仏混乱を避けるため復飾した」という申請書を役所に提出しました。しかし、永久寺を移転させて存続させようとも考えていたようで、9月には移転の願いを提出しましたが、これは却下されました。

その後、寺領を没収され、経営基盤を失った内山永久寺は廃寺となり、残りの僧侶も還俗し、多くは石上神宮の神官となりました。無主となった建物の多くは競売にかけられましたが、買い手がつかず、多くが取り壊されました。

これほどの大寺院が跡形もなく破壊されたのは、廃仏毀釈を受けた寺院の中でも稀なケースです。吉井敏幸元天理大学教授は、「廃仏毀釈で消えたというより、内部から崩壊していったのではないか」と指摘し、廃寺が早々に決まった背景には、寺の運営の中心にいた僧侶（上乗院亮珍）が勤王派であった可能性を示唆しています。江戸時代、内山永久寺には50〜60もの塔頭があり、亮珍はその一つである「上乗院」のトップでした。経済的に豊かな上乗院が、永久寺の運営権を掌握していたことも、廃寺がすんなりと決まった一因であると考えられています。

東京美術学校校長・正木直彦の『十三松堂閑話録』には、僧侶自らが還俗を表明し、役人の前で本尊を破壊したため放逐されたという記述があります。

さらに、壮麗を極めた堂宇や什宝は、住民によって破壊・略奪の対象となりました。役所の命を受けた庄屋の中山家が仏像や仏画を預かっていましたが、それらも含めて明治9年（1876年）までにはほとんどの寺宝が失われました。この際流出した仏像、仏画、経典などは、いずれも当時の工芸技術の粋を集めた優品揃いであったと伝えられています。海外に流出した宝物の中には、ベルリン民俗学博物館が購入した真然筆と伝えられる真言八祖像などがありましたが、第二次世界大戦末期のベルリン市街戦で焼失しました。しかし、日本国内に残存した宝物の大半は、現在重要文化財・国宝に指定されており、当時の内山永久寺がいかに巨大な富を有していたかを物語っています。

残された建物は荒廃するに任されましたが、鎮守社であった住吉神社は健在でした。しかし、明治23年（1890年）に住吉神社の本殿が放火によって焼失すると、残された拝殿も荒廃しました。大正3年（1914年）には、住吉神社の祭神が石上神宮の末社である猿田彦神社に合祀され、拝殿も石上神宮に移築され、石上神宮摂社である出雲建雄神社の拝殿となりました。1300年代に建てられたこの拝殿は、現在は国宝に指定されています。

廃仏毀釈後に再建されなかった理由については、興福寺の末寺として庇護されたことで寺を維持できた反面、地域との結びつきが薄かったためではないかと考えられています。

現在、内山永久寺の敷地の大部分は農地となり、本堂池と萱御所跡の碑、松尾芭蕉の歌碑、そして歴代住職の供養塔のみが残されており、往時を偲ぶよすがとなっています。

2013年（平成25年）には、天理大学歴史研究会によって復元ジオラマが作成され、天理市役所に一年間展示されました。現在は同大学に保管されています。2014年（平成26年）には、創建900年を迎えました。

内山永久寺から流出した文化財

出雲建雄神社割拝殿（国宝） 奈良県天理市・石上神宮所有：もと内山永久寺鎮守の住吉神社拝殿。
両部大経感得図（国宝） 大阪市・藤田美術館蔵：密教の胎蔵・金剛界両部曼荼羅の典拠となる『大日経』と『金剛頂経』の伝来をめぐる説話を描いたもの。
木造持国天・多聞天立像（重要文化財） 奈良市・東大寺蔵
木造四天王眷属立像（重要文化財） 東京国立博物館、静嘉堂文庫、MOA美術館の3か所に分かれて所蔵：仏師康円作。
木造不動明王及び八大童子像（重要文化財） 東京都・世田谷山観音寺蔵：仏師康円作。
真言八祖行状図（重要文化財） 出光美術館蔵：内山永久寺真言堂の障子絵であったと考えられています。
愛染明王坐像（重要文化財） 東京国立博物館蔵

アクセス

近鉄天理線 天理駅から奈良交通バス桜井駅行きで6分、勾田下車、徒歩25分

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