名 (単位)

「名」とは

「名（みょう）」とは、平安時代から中世にかけて、国衙領や荘園において徴税のために設けられた単位です。当初は、名に編まれた田地である名田と同一のものと考えられていましたが、研究が進むにつれて、両者の概念にはずれがあることが明らかになり、現在では区別して考えられています。

名の成立と変遷

「名」という概念が登場したのは、9世紀中期、平安時代前期です。具体的には、860年の「元興寺領近江国依智荘検田帳」に「家継之名」という記述が見られます。この頃、公地公民制が崩壊し、口分田や墾田の耕作者が田籍や田図に記載されていたものが変質していく中で、徴税単位として「名」が用いられるようになりました。また、租庸調制の衰退に伴い、正税や出挙が地税として扱われるようになったことも、「名」の成立を後押ししました。

10世紀に入ると、調や官物なども「名」を単位として賦課・徴収されるようになります。有力な農民である田堵（たと）は、「名」ごとに公田の経営を請け負い、租税納入の責任者となりました。この責任者を負名（ふみょう）と呼び、特に大規模な「名」は別名（べつみょう）と呼ばれました。

11世紀末になると、荘園においても「名」の導入が進み、荘園内は複数の「名」に分割され、有力な農民が年貢・公事納入の責任者となりました。これらの「名」を百姓名・公事名と呼び、責任者を名主（みょうしゅ）と呼びました。特に畿内では、荘園内の百姓名の規模が均等化され、均等名（きんとうみょう）と呼ばれる形態がみられました。一方、別名は、小規模な百姓名（公事名）と区別され、領主名と呼ばれるようになりました。

鎌倉時代後期から南北朝時代にかけて、年貢や公事は名主を通さず、直接耕作者から領主に納入されるようになり、領主側も個々の小農民を把握するようになりました。この際、名主を長とする従来の「名」を旧名・本名と呼び、小農民の「名」を脇名・新名などと呼ぶこともありましたが、基本的には従来の「名」に基づいた単位が維持されていました。

「名」が完全に消滅したのは、戦国時代を経た後の太閤検地によるものです。

名と名田の関係

かつては、「名」と「名田」は区別されず、同一のものとみなされてきました。また、「名」には人名が冠されていたため、その人名が「名」の所有者であると解釈されていました。そのため、戦後しばらくの間は、「名」は律令制における公地公民制の崩壊に伴い、土地に対する私有権が発生したことで成立し、その所有者である名主が自らの名前を冠して命名し、家族や下人を使って経営してきたとする「名田経営論」が通説とされていました。

しかし、1950年代以降の研究の進展により、「名」は請作権もしくはその対象地としての意味しか持っておらず、平安時代末期から鎌倉時代にかけて登場する私有権・私有地としての性格を持つ「名田」とは異なるとする見方が強まりました。現在では、「名」は複数の経営体からなる徴税の組織・単位とする説が通説となっています。

さらに、一般の農民が名主となりえた百姓名（公事名）と、その名主が一般の農民とは異なる領主名とを区別する考え方も現れました。また、一つの「名」を複数人が経営している事例や、一人の耕作者が複数の「名」に属している事例なども確認され、「名」と「名田」、土地所有、経営は切り離して考えるべきとされ、「名田経営論」は成り立たなくなりました。

ただし、これらの研究の進展も、均等名などの形態が導入された畿内の「名」と、そうでない地方の「名」を同じ定義で捉えられるかという問題には、まだ十分には答えられていないのが現状です。

地名としての「名」

「名」は、地名としても広く用いられています。特に、長崎県を中心とした地域では、現在でも「名」の地名が多く残っています。長崎県では、市町村下の行政区画である字（あざ）の単位として「○○名」が用いられ、島原半島一帯では、「名」の地名を甲乙丙丁戊…の十干へ置き換える表記も存在します。ただし、長崎市や旧諫早市域、旧島原市域などでは、前近代的なイメージを持つ「名」を都会的なイメージを持つ「町」に変更する動きも見られます。

以下に、「名」が地名として使われている主な地域を挙げます。

香川県：三豊市高瀬町新名
福岡県：楠名、女原（みょうばる）
長崎県：肥前国佐賀藩領・島原藩領の一部（現在の長崎市沿岸地域、諫早市、島原半島一帯）、（例：深江町「大野木場名」→「戊」）
熊本県：上益城郡山都町下名
大分県：杵築市余名（よ — ）
宮崎県：宮崎市高岡町浦之名
鹿児島県：出水市野田町下名、姶良市下名、いちき串木野市上名、薩摩川内市入来町浦之名、薩摩郡さつま町求名、鹿児島市本名町（吉田町本名）、鹿児島市喜入中名町（喜入町中名）、鹿屋市吾平町上名
大島郡：秋名、阿木名、武名、糸木名、阿布木名、西阿木名、知名、正名、手々知名

脚注

公的な文書等で「名」の区域を「大字」と記載している場合があるが、これは便宜上の区域であり、実際には大字と小字の中間の区域にあたるため、大字ではない事に留意されたい。

参考文献

中野栄夫「名」『国史大辞典 13』（吉川弘文館 1992年） ISBN 978-4-642-00513-5
中野栄夫「名」『日本史大事典 6』（平凡社 1994年） ISBN 978-4-582-13106-2
勝山清次「名」『日本歴史大事典 3』（小学館 2001年） ISBN 978-4-09-523003-0
瀬野精一郎『長崎県の歴史』（山川出版社 1972年）ISBN 9784634324213