君沢形

君沢形（きみさわがた/くんたくがた）

君沢形は、幕末期に日本の君沢郡戸田村（現在の静岡県沼津市戸田）周辺で建造された西洋式帆船の一つの型式です。その起源は、日露和親条約締結のために来日したロシアのエフィム・プチャーチン提督のフリゲート艦「ディアナ号」が、安政東海地震による津波で大破・沈没したことに遡ります。

帰国手段を失ったプチャーチンは、代替船を建造することを決意し、戸田村で建造されたのが「ヘダ号」です。ヘダ号は、ロシア人技師の設計と日本人の技術協力によって完成しました。このヘダ号の建造をきっかけに、幕府は同型船の量産を計画し、建造されたのが君沢形と呼ばれる一連のスクーナーです。

建造の経緯

1854年、プチャーチン率いるディアナ号は下田沖で安政東海地震による津波に襲われ、大きな損傷を受けました。修理のために戸田村へ向かう途中、嵐によって沈没してしまいます。帰国手段を失ったプチャーチンは、洋式帆船の建造を決意し、幕府の許可を得て戸田村で建造に着手します。

設計はロシア人乗員のアレクサンドル・コロコリツォフ少尉らが担当し、日本側は江川英龍や川路聖謨らが責任者となり、資材や作業員を提供しました。1855年4月には進水式を迎え、建造地の戸田にちなんで「ヘダ号」と命名されました。ヘダ号の建造費用は労賃を除いて3100-4000両であったとされています。

幕府はヘダ号の建造を洋式造船技術習得の好機と捉え、ヘダ号の建造許可から間もなく、同型船の建造を川路聖謨に指示しました。佐賀藩や水戸藩なども技術習得のため藩士を派遣し、ヘダ号進水後には追加建造も指示しています。戸田では6隻、石川島造船所では4隻の君沢形が建造され、1856年5月にはこれらの同型スクーナーが「君沢形」と命名されました。

構造

ヘダ号および君沢形は、2本のマストに縦帆を張ったスクーナーに分類される比較的小型の洋式帆船です。ヘダ号と君沢形は同型とされますが、記録によって若干異なる要目が残されています。ヘダ号は全長24.6m、甲板長21.8m、幅7.0m、深さ3.0m、排水量87.52トンまたは100トンとされ、君沢形は全長22.7m、幅6.1m、深さ2.6mとされています。

設計の基礎となったのは、クロンシュタット軍港司令官のヨットとして建造された試作スクーナーで、ディアナ号に積み込まれていたロシア海軍の機関誌に図面が掲載されていました。ヘダ号の船体は木骨木皮で、竜骨と肋材で支えられ、船底は生物付着防止のため銅板で被覆されていました。部品は日本で製造され、木材は松やクスノキを使用しました。帆布やロープは必要最小限に抑えられ、補助推進設備として和式の艪が備えられていました。

ヘダ号には武装は施されませんでしたが、君沢形量産船には大砲が搭載され、射撃演習にも使用されました。材木の加工は日本の大工によって手際よく進められましたが、ボルトなど金属部品の製造には困難がありました。日本の船大工や役人たちは、西洋式の造船技術を熱心に学び、記録していたと伝えられています。

運用

ヘダ号はプチャーチンら48名を乗せて戸田を出港し、ロシアへ向かいました。その後、ディアナ号の乗組員であったコンスタンチン・ポシエトが条約批准書交換のため来日した際に、幕府に引き渡されました。日本では、君沢形は幕府海軍の航海練習船や運送船として使用され、「君沢形一番」から順に番号式の船名が与えられました。ジョン万次郎の提案により捕鯨船として使用することも計画されましたが、暴風雨により中止となりました。

1872年、アレクセイ・アレクサンドロヴィチ大公が来日した際、ポシエトは函館港で廃船となっているヘダ号を見つけ、保存措置を要望しましたが、実現しませんでした。

影響

君沢形の建造は、日本への洋式船建造技術導入に大きな役割を果たしました。勝海舟らは、君沢形こそが真の国産洋式船であると評価しています。竜骨からの組み上げや、木タールの抽出法、船底銅板を張る技術などが実地で習得できた成果として挙げられます。一方で、石井謙治らは君沢形の成果は過大評価されてきたと主張し、現場の作業技術習得とスクーナー導入の契機に限定されると評価しています。

君沢形の建造に携わった船大工たちは、習得した技術を生かして日本各地での洋式船建造に活躍しました。上田寅吉は横須賀造船所の初代工長として国産軍艦「清輝」の建造を指揮し、高崎伝蔵は長州藩でスクーナー式軍艦「丙辰丸」を建造しました。また、君沢形は日本の内航海運へのスクーナー導入の契機となり、明治から大正にかけて内航海運で広く利用されるようになりました。

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