宝暦暦

宝暦暦（ほうりゃくれき）

宝暦暦は、江戸時代に日本で使用されていた太陰太陽暦の一つで、正式名称を「宝暦甲戌元暦（ほうれきこうじゅつげんれき）」といいます。

歴史的背景

徳川吉宗は、西洋天文学を取り入れた新暦の作成を計画しましたが、彼の死によって実現には至りませんでした。その後、陰陽頭であった土御門泰邦が天文方から改暦の主導権を握り、宝暦4年（1754年）に宝暦暦を完成させました。翌年から使用が開始されましたが、西洋天文学に基づくものではなかったため、暦の精度は必ずしも高くはありませんでした。

使用期間

宝暦暦は、宝暦5年1月1日（1755年2月11日）に貞享暦から改暦され、寛政9年12月30日（1798年2月16日）までの43年間使用されました。その後、寛政10年1月1日（1798年2月16日）に寛政暦へと改暦されています。

詳細

徳川吉宗は、和漢の暦書だけでなくオランダの学説も研究し、当時の貞享暦に誤りが多いのではないかと考えていました。そこで渋川春海の弟子である猪飼文（豊）次郎に意見を求めましたが、猪飼は答えることができませんでした。その後、建部賢弘が中根條右衛門玄圭を推挙し、吉宗は彼を召し出しました。中根の回答は明快で、吉宗の意にかなうものでした。

中根は、当時幕府がキリスト教を厳しく禁じており、「天主」や「利瑪竇」の文字がある書物を長崎で焼き捨てているため、西洋天文学に基づく暦書が不足していると指摘し、禁書の緩和を進言しました（『徳川実紀』）。当時、清朝で使用されていた時憲暦は、イエズス会士によってもたらされた西洋天文学に基づくものでした。

この進言を受け、享保5年（1720年）正月に長崎奉行に対し禁書の緩和が命じられました（『好書故事』）。中根元圭は、西洋の天文書に基づき律襲暦（別名：白山暦）を作成したとされています（『徳川実紀』）が、現在には伝わっていません。ただし、この暦は西洋天文学を用いたものではなく、授時暦を基にしたという説もあります。

中根元圭と建部賢弘の没後、延享4年（1747年）2月に徳川吉宗は天文方の渋川則休・西川正休（西川如見の子）に「補暦」を命じました（『徳川実紀』）。改暦を推し進めるため、寛延3年（1750年）に両名は上京しましたが、土御門泰邦からの追及や桜町天皇の崩御が重なり、改暦事業は一時中断されました。さらに、翌寛延4年（1751年）に徳川吉宗が死去したため、天文方は後ろ盾を失うこととなりました。

宝暦2年（1752年）2月、西川正休は新しい暦法を完成させましたが、土御門泰邦がその問題点を指摘し、西川は答えることができませんでした。同年6月、幕府は西川を江戸へ召還し、土御門泰邦に改暦を命じました。土御門泰邦は、山路主住、磯永孫四郎、戸板保佑、西村遠里らの協力を得て、宝暦4年（1754年）に新暦法を完成させました。しかし、これは貞享暦を補正したに過ぎず、西洋天文学に基づくものではありませんでした。

宝暦暦採用後の宝暦13年9月1日（1763年10月7日）には、暦に記載されていない日食が発生しました。この日食は、西村遠里、川谷貞六、麻田剛立といった学者によって事前に予測されていたため、幕府は面目を失い、土御門家は弁明を強いられました。翌年、幕府は佐々木長秀を天文方に任命し、暦法の修正を進めさせることとしました。明和8年（1771年）に「修正宝暦甲戌元暦」が完成しましたが、これも本質的には貞享暦と大差なく、問題の本質的な解決には至りませんでした。安永2年（1773年）・同4年（1775年）および天明6年（1786年）には、置閏法の原則としてあってはならないとされていた「中気が含まれる閏月」が発生しています。

宝暦暦は、騙し騙し使用されていたものの、前の暦である貞享暦よりも出来が悪いという評価は覆すことができず、日本中で様々な不満が生じ、改暦の機運が高まりました。最終的に、幕府と朝廷は不満の声に抗しきれず、改暦を決定しました。評判の高かった天文学者の高橋至時を登用し、寛政暦が作成され、宝暦暦はその役割を終えました。

参考文献

梅田, 千尋 編『新陰陽道叢書』 第3巻 近世、名著出版、2021年5月15日。ISBN 978-4-626-01876-2。
中村, 士『江戸の天文学 渋川春海と江戸時代の科学者たち』角川学芸出版、2012年8月25日。ISBN 978-4-04-653265-7。
* 林, 淳『天文方と陰陽道』山川出版社〈日本史リブレット〉、2006年8月25日。ISBN 4-634-54460-1。

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