寺社造営料唐船

寺社造営料唐船とは

寺社造営料唐船は、14世紀前半（鎌倉時代末期から南北朝時代）にかけて、日本の主要な寺社の造営、修復、増築費用を捻出するために、幕府の認可を得て日本から元へ派遣された貿易船の総称です。特に、建長寺船や天龍寺船がよく知られています。この貿易は、元寇による日元関係の悪化（13世紀）と日明貿易（15世紀）の間の時期をつなぐ、半官半民的な性格を持っていました。

背景

日元関係

元寇（文永の役・弘安の役）によって日元関係は著しく悪化しました。元はその後も日本への遠征を計画しましたが、海軍力の弱体化や国内の反乱により実現しませんでした。日本側も、鎌倉幕府が西国御家人に異国警固を命じ、鎮西探題を設置するなど警戒を続けました。しかし、クビライの死後、元側では厭戦気分が広まり、倭寇による海賊行為を防ぐため、沿岸部に市舶司を設置し、日本との平和的な交易を望むようになりました。

寺社造営費の需要

鎌倉時代後期には、異国警固の費用が増大し、貨幣経済の浸透や分割相続制によって中小御家人が困窮していました。また、悪党や海賊の横行により荘園からの収入が滞り、幕府財政は逼迫していました。その一方で、鎌倉新仏教の普及や寺社の火災により、寺社の新築や改築の必要性が高まっていました。幕府は、これらの莫大な費用を賄うため、貿易船による収入に目を向けました。

禅僧の往来

13世紀末から14世紀前半にかけて、南宋から日本へ渡った禅僧や、元から日本へ招かれた禅僧が多くいました。彼らの弟子たちは、師が学んだ元への留学を望み、禅宗に帰依していた幕府の有力者も元の高僧を招きました。これらの禅僧の多くは、日元間を交易する商船に便乗しており、彼らの記録にはしばしば商船での渡航が記されています。寺社造営料唐船も禅僧の往来に利用されたと考えられます。

唐船の派遣主体

従来の説では、寺社造営料唐船は幕府や寺社の必要性から派遣されたとされていましたが、近年の研究では、博多の商人が貿易船の主体であり、寺社の造営費用は名目に過ぎなかったという見方が提唱されています。1976年に発見された新安沈船は、その有力な証拠とされています。新安沈船からは、大量の陶磁器や銅銭、積荷木簡が発見されました。木簡には「綱司（船長）」という文字が多く見られ、その多くは「綱司私」と記されており、商人の私的交易品が多く含まれていたことが示唆されています。

村井章介は、この船は博多の貿易商人が主体であり、東福寺や幕府は多くの荷主の一つに過ぎなかったと推測しています。また、寺社造営料唐船の多くは、博多の商人が主体であったと考えられます。博多には、平安時代の日宋貿易以来、宋から渡来した商人が住む「唐房」という街がありました。しかし、モンゴルの南下により宋が衰退し、中国商人の博多定住が困難になったため、貿易商人は船を早く回航する必要に迫られました。そこで、競合商人が少しでも有利な条件で参入するために、「寺社造営」という看板を掲げ、日本の政治権力と提携したと考えられます。

幕府は、国内沿岸を航行する唐船の警固を西国御家人に命じたものの、外洋での航海は商人に任せていました。また、天龍寺船が元の官憲に入港を阻止されたことは、幕府の公認が実質的な意味を持たなかったことを示しています。従来の説ほど、幕府が積極的に関与していたわけではなかったと考えられます。

新安沈船の建材は中国江南地方産のタイワンマツで、船の型式も中国南部のジャンク船であることから、船長も中国人であった可能性や、船が中国で建造された可能性も指摘されています。

主な寺社造営料唐船

寺社造営料唐船は、主に博多と慶元（寧波）を結ぶルートを往来しましたが、福州港が利用されたこともありました。

称名寺造営料唐船: 1306年に称名寺（横浜市）の造営費用を調達するために派遣されました。
極楽寺造営料唐船: 1315年頃に極楽寺（鎌倉市）の修復費用を確保するために派遣されました。
東福寺造営料唐船？（新安沈船）: 1976年に発見された新安沈船は、1319年に焼失した東福寺の造営費用を名目として派遣されたと考えられています。
勝長寿院・建長寺造営料唐船: 1325年に勝長寿院・建長寺（鎌倉市）の修繕費用を調達するために派遣されました。
関東大仏造営料唐船: 1329年頃に高徳院（鎌倉大仏）の造営費用を調達するために派遣された可能性があります。
住吉神社造営料唐船: 1332年に住吉神社（大阪市）の造営費用を調達するために派遣されました。これが鎌倉時代最後の寺社造営料唐船となりました。
天龍寺造営料唐船: 1342年に天龍寺（京都市）の建立費用を調達するために派遣されました。
寮病院造営料唐船（中止）: 1367年に寮病院の造営のために計画されましたが、中止されました。

日明貿易へ

元の滅亡と南北朝の動乱により、寺社造営料唐船の時代は終わりを告げました。しかし、日本では貨幣経済の発達に伴い銅銭の需要が高まり、中国からの文物の需要も旺盛でした。そのため、私貿易船が横行し、倭寇と呼ばれる海賊行為も発生しました。

明は、私的な交易を認めず、国家間の公式な朝貢貿易に限定しようとしました。足利義満が明から冊封を受けることで、15世紀初頭から日明貿易（勘合貿易）が開始されることになります。

参考文献

『日本歴史大系 2 中世』（山川出版社、1985年）
『港町と海域世界』（青木書店、2006年）
『日本の中世9 モンゴル襲来の衝撃』（中央公論新社、2003年）
『選書日本中世史4 僧侶と海商たちの東シナ海』（講談社選書メチエ、2010年）
* 『室町幕府論』（講談社選書メチエ、2010年）

もう一度検索