岸上鎌吉

岸上鎌吉：日本の水産学の礎を築いた先駆者

岸上鎌吉（1867年 - 1929年）は、明治から昭和にかけて活躍した日本の動物学者・水産学者であり、日本の水産学黎明期における重要な人物です。彼は、水産上重要な生物を中心に、日本における動物分類学の基礎を築いた学者の一人として高く評価されています。

生涯

慶応3年（1867年）、尾張国知多郡横須賀村（現在の愛知県東海市）に生まれた岸上は、幼少期から向学心に燃え、愛知県中学校（現・旭丘高校）から東京大学予備門へと進みました。その後、帝国大学理科大学動物学科に進学し、箕作佳吉教授の指導を受けました。動物学科では丘浅次郎と同期でしたが、岸上が本科生、丘が撰科生という違いがありました。

明治22年（1889年）に大学を卒業後、水産伝習所（現・東京海洋大学）の講師に就任し、動物発生学を担当しました。同僚には内村鑑三や岡田信利、岡村金太郎などがいました。明治24年（1891年）には農商務省水産局技師となり、明治26年（1893年）に設立された水産調査所では第一部主任技師として、東京湾をはじめとする日本各地の水産生物の分類、分布、発生調査、そして繁殖（養殖）技術の研究に尽力しました。

明治28年（1895年）に理学博士号を取得。日清戦争後には満州、万国水産博覧会事務官として欧米を視察し、海外の水産業を研究しました。明治36年（1903年）に水産調査課長に就任、日露戦争後には樺太、サンクトペテルブルクを訪れ、日露漁業条約の締結に貢献しました。

明治42年（1909年）、東京帝大農科大学に水産学科が新設されると教授に就任し、水産学第一講座を担当しました。水産原論や水産動物学を講義し、研究に専念しました。昭和3年（1928年）に定年退官し、名誉教授となりました。教授在任中には帝国学士院会員に選出されたほか、デンマーク、スウェーデン、アメリカの水産学会から名誉会員に推薦されるなど、国際的にも高い評価を受けました。昭和2年（1927年）から昭和4年（1929年）にかけては、日中文化協定に基づき、教え子の木村重と共に揚子江の魚類調査を3度行いました。しかし、3度目の調査中に成都市で客死しました。

業績

岸上の業績は多岐にわたりますが、特に有名なのは、マグロ、カツオ、サバなどの生態、形態、系統を明らかにした「鯖形魚類の研究」や、日本産クルマエビ属の水産上重要種を網羅した「本邦産くるまえび属」です。その他にも、海綿、クラゲ、クモ、ウニ、クジラ、オットセイなど、様々な分類群をテーマに100編以上の論文を発表しました。カブトガニの研究においても先駆的な役割を果たし、エチゼンクラゲ、モエビ、アキアミ、トラフザメなど、多くの動物を新種として記載しました。また、漁撈学にも精通し、貝塚から出土した漁具の研究も行いました。

岸上は標本の入手に際し、市場や漁師からの購入を重視し、時には特別料金を支払って漁師を直接雇用して採集させることもありました。これは、大学在学中に三崎臨海実験所の採集人である青木熊吉の手腕に感銘を受けたこと、海外視察の際に遠洋漁業船に長期間同乗したことなどから、「その土地の漁師はその土地の生物について誰よりもある点までは優れた学者である」という信念を持つに至ったためとされています。

人物

内海高鳳に日本画を学び、水彩画を趣味としていた岸上は、その技能を解剖図譜の作成や調査旅行での風景写生に活かし、雑誌の表紙を手掛けたこともありました。東京帝国大学水産学科卒業生の高島野十郎によって描かれた肖像画は、現在も東京大学大学院農学生命科学研究科に所蔵・掲示されています。

栄典・献名

岸上の功績を称え、以下の栄典が授与されています。

1926年（大正15年）4月2日 - 従三位
1906年（明治39年）4月1日 - 勲四等瑞宝章
1912年（大正元年）12月18日 - 勲三等瑞宝章

また、彼の名にちなんだ献名も多く存在しますが、分類学の進展によりシノニム（異名）となっているものもあります。

キシノウエモエビ（モエビモドキ）
キシノウエトタテグモ
オニカナガシラ
キシノウエトカゲ
Kishinouyea Mayer, 1910
Kishinouyea Ôuchi, 1938
Kishinouyeum Ôuchi, 1938
* Kishinoella Jordan & Hubbs, 1925

岸上鎌吉は、日本の水産学の発展に大きく貢献した偉大な学者として、その名と業績は後世に語り継がれています。

もう一度検索