巡見使

巡見使とは

巡見使（じゅんけんし）とは、江戸幕府が諸国の大名や旗本の領地を監視し、その統治状況を調査するために派遣した使節のことです。巡見使は、幕府の権威を維持し、全国の領地が適切に統治されているかを把握する重要な役割を担っていました。大きく分けて、大名領を監察する「諸国巡見使」と、幕府直轄領（御料）を監察する「御料巡見使」の二種類がありました。

巡見使制度の成立

江戸幕府は、元和2年（1616年）に制定した元和軍役令によって、大名や旗本に軍役や奉仕の義務を課しました。この体制を維持するため、旗本には江戸常駐を命じ、大名には参勤交代制を導入しました。巡見使は、旗本がそれぞれの領地で軍事や政治の基盤を確立できているかを幕府が直接確認するために導入された制度であり、参勤交代と対になるものと考えられていました。

当初、徳川家康は諸国の監察を目的とした「国廻り派遣」を計画しましたが、一度会津地方への派遣を行ったのみで中断しました。その後、徳川秀忠が松平忠直の状況視察のために「国目付」を派遣しましたが、これも「国廻り派遣」の一種でした。本格的な再開は、徳川家光の時代に慶長日本図の校訂を理由として行われました。寛永10年（1633年）、小出吉親ら6名の譜代大名が正使として派遣され、副使として旗本が同行しました。この派遣は、地図の校訂と同時に、参勤交代時の大名行列のルートを確認する目的も持っていたとされています。

その後、巡見使制度は一時中断しましたが、寛文4年（1664年）に大名への領知朱印状交付と宗門改めが義務付けられたことを契機に、寛文7年（1667年）に諸国巡見使の制度が導入されました。

諸国巡見使

寛文7年の制度では、若年寄が責任者となり、使番1名を正使、小姓組と書院番からそれぞれ1名を副使として派遣しました。彼らは従者を連れて諸国を監察し、各領地の政治状況を「美政」「中美政」「中悪政」「悪政」と評価しました。また、キリスト教禁止令などの幕府法令の実施状況や、物価、海防についても調査しました。

徳川綱吉の時代には、将軍就任後1年以内に巡見使を派遣することが恒例化しました。全国を8つの管轄区域に分け、各区域を巡回しました。巡見使の評価は、大名の処罰にもつながる可能性があったため、各藩は巡見使に過剰な接待を行い、その負担は領民にまで及んだとされています。また、巡見使の質問を想定した「巡見扇」も作成されました。

諸国巡見使は、寛文年間から徳川家慶の時代まで計8回派遣されました。徳川家定の時代には黒船来航などを理由に延期され、徳川家茂の時代には文久の改革による参勤交代の一時停止を受け、派遣が見送られました。徳川慶喜の時代には、国内の混乱と諸藩の疲弊を理由に、巡見使制度そのものが停止されました。

諸国巡見使の管轄区域（天和以降）

1. 二筑（筑前・筑後）、二肥（肥前・肥後）、日向、大隅、薩摩、壱岐、対馬、五島の10国
2. 三備（備前・備中・備後）、安芸、周防、長門、石見、出雲、伯耆、美作、因幡、隠岐の12国
3. 阿波、讃岐、淡路、土佐、伊予、二豊（豊前・豊後）の7国
4. 五畿（山城・大和・河内・和泉・摂津）、紀伊、但馬、播磨、丹波、丹後の10国
5. 三河、駿河、遠江、尾張、伊勢、伊賀、美濃、飛騨、甲斐、信濃の10国
6. 武蔵、相模、伊豆、上野、下野、上総、下総、常陸、安房の9国
7. 三越（越前・越中・越後）、近江、若狭、加賀、能登、佐渡の7国
8. 陸奥、出羽、松前の3国

歴代将軍の巡見使派遣

巡見使派遣は将軍の代替わりに行われる恒例行事となり、以下の将軍の時代に発遣されました。

徳川綱吉：天和元年（1681年）
徳川家宣：宝永7年（1710年）
徳川吉宗：享保元年（1716年）
徳川家重：延享2年（1745年）
徳川家治：宝暦10年（1760年）
徳川家斉：天明7年（1787年）
徳川家慶：天保8年（1837年）

御料巡見使

当初は諸国巡見使が幕府直轄領（御料）の巡見も行っていましたが、寛文11年（1671年）に関東地方の代官と農民支配を目的として、関八州巡見使が派遣されました。その後、正徳2年（1712年）に全国規模に拡大され、老中支配の勘定・支配勘定と若年寄支配の徒目付による御料巡見使が派遣されるようになりました。御料は各地に散らばっていたため、全国を11の区域に分けて巡見が行われました。

御料巡見使は、延享年間以降は、将軍の代替わりごとに諸国巡見使と同時に派遣されるようになりました。御料巡見の成否は幕府の財政にも影響するため、諸国巡見使よりも大きな権限が与えられていました。

御料巡見使は合計7回派遣されました。
1回目：正徳3年（1713年）
2回目：正徳6年（1716年）
3回目：延享3年（1746年）
4回目：宝暦11年（1769年）
5回目：寛政元年（1789年）
* 6回目：天保9年（1839年）

巡見使に対する監察

御庭番（隠密）は、巡見使の現地での振る舞いを調査し、その報告書を幕府に提出していました。これにより、巡見使が職務を全うしているか、不正行為がないかなどを監視していました。

巡見道

巡見使が通る道筋は「巡見道」あるいは「巡見街道」と呼ばれました。現在でも一部の道筋には、その名前が残っていることがあります。

まとめ

巡見使は、江戸幕府が全国の領地を監視し、幕府の統治を維持するための重要な役割を果たしていました。大名領を監察する諸国巡見使と、幕府直轄領を監察する御料巡見使があり、それぞれ異なる目的と権限を持っていました。この制度は、江戸幕府の統治体制を支える上で欠かせないものでした。

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