悪徳の寓意
『悪徳の寓意』（伊: Allegoria della Vizio, 仏: Allégorie du Vice, 英: Allegory of Vice）は、イタリアルネサンス期の画家コレッジョが1531年頃に制作したテンペラ画です。コレッジョの晩年の作品の一つであり、対となる作品『美徳の寓意』（Allegoria del Virtù）と共に、イザベラ・デステの書斎を飾るために発注されました。
画面の中央では、男性像が山羊の毛皮の上に座り、折れた大木に縛られています。彼は3人の女性像によって拷問を受け、罰せられている様子が描かれています。半裸の女性たちは、髪や両腕に多くの蛇を身に着けており、1人は男の耳元で笛を吹き鳴らして不快な音を立て、1人は毒の恐怖を与え、もう1人は男の左足の皮を剥いでいます。絵画の最前景には葡萄の房を持った少年が鑑賞者に向けて笑いかけています。
この絵画の寓意的な意味は明らかであるものの、個々の人物像が何を表しているのかは難解です。中央の男性像は、シレノスや鍛冶神ウルカヌスなど様々な解釈がありますが、一般的には《悪徳》の擬人化とされ、その否定的な性格から厳しく罰せられていると解釈されます。しかし、この絵画の主題は、制作から約10年後の1542年にゴンザーガ家の目録が作成された時には、既に分からなくなっていたとされています。目録の作成者は、この作品をギリシア神話の罰せられるマルシュアスを描いたものだと考えていました。
また、ある解釈では、本作品はウェルギリウスの『牧歌』第6歌の一節を表現したものだと主張されています。そこでは、眠っているシレノスが2人の羊飼いクロミスとムナシュロス、ニンフのアイグレーによって縛られています。しかし、ウェルギリウスの詩とは異なり、3人の拷問者が全て女性である点がこの解釈の難しい点です。ウェルギリウスの詩との類似は偶然ではないと考えられ、絵画はイザベラ・デステとその助言者の考えを示唆している可能性もあります。
最前景の少年は、ラファエロ・サンツィオの『システィーナの聖母』に描かれた天使の転置であると言われています。また、一説によると、この少年は酒神バッカスであり、対して裸の男性像は、プラド美術館にあるティツィアーノ・ヴェチェッリオの『アンドロス島のバッカス祭』の背景に描かれた男のように、酩酊して眠っているように見えるとも指摘されています。
最前景の少年は、対作品との関係性を考える上でも重要です。鑑賞者はまず少年に導かれ『悪徳の寓意』の世界へと足を踏み入れ、そこから『美徳の寓意』へと視線を移します。
『美徳の寓意』と比較して、『悪徳の寓意』には準備素描が残されていないことから、『美徳の寓意』が先に制作され、その後、図像的な対称性を模索しつつ、本作品が構築されたと考えられています。さらに近年の研究では、中央で罰せられる男性像は、古代の彫刻『ラオコーン像』を基に作り出されたという指摘もあります。
絵画に使われている色彩は、ピンクと赤、水色、紺色が強く、色彩の種類は対作品の『美徳の寓意』と比較して落ち着いた印象を与えます。
イザベラ・デステの死後の1542年、両作品はコルテ・ヴァッキアの入口の扉の左側に『悪徳の寓意』、右側に『美徳の寓意』が掛けられていたと記録されています。
その後、1627年にマントヴァ公爵フェルディナンド・ゴンザーガが亡くなると、翌年にゴンザーガ家が所有していた4点のコレッジョの絵画のうち、『悪徳の寓意』と『キューピッドの教育』（L'Educazione di Cupido）、そして『眠れるヴィーナスとキューピッド、サテュロス』（Venere e Amore spiati da un satiro）が、イングランド国王チャールズ1世に大規模に売却されたコレクションの一部としてイギリスに渡りました。
しかし、チャールズ1世が処刑された後、コレクションは競売にかけられ、『悪徳の寓意』と『眠れるヴィーナスとキューピッド、サテュロス』の2作品は、ドイツの銀行家エバーハルト・ジャバッハに売却されました。その後、ジャバッハは両作品をフランスのジュール・マザラン枢機卿に売却しました。
マザラン枢機卿は他にもコレッジョの『聖カタリナの神秘の結婚と聖セバスティアヌス』（Matrimonio mistico di santa Caterina d'Alessandria alla presenza di san Sebastiano）を所有しており、最終的にこれらの絵画は枢機卿の死後、ルイ14世によって相続人から購入されました。
一方の『美徳の寓意』は、フェルディナンドが死去した1627年頃に、マンテーニャの『美徳の勝利』（Trionfo della Virtù）と共にフランスのリシュリュー枢機卿に贈られ、パリに移されました。その後、『美徳の寓意』もまたエバーハルト・ジャバッハによって1671年に購入され、その後、ルイ14世に売却されました。
これらの絵画は、後にルーヴル美術館が所蔵する4つのコレッジョ作品となりました。
ルチア・フォルナーリ・スキアンキ『コレッジョ イタリア・ルネサンスの巨匠たち28』森田義之訳、東京書籍（1995年）
Peter Russell Delphi Complete Works of Correggio (Illustrated), Delphi Masters of Art Book 51 (English Edition)
ルーヴル美術館公式サイト, コレッジョ（アントニオ・アッレグリ、別名イル・コレッジョ）『悪徳の寓意』
作品の詳細
画面の中央では、男性像が山羊の毛皮の上に座り、折れた大木に縛られています。彼は3人の女性像によって拷問を受け、罰せられている様子が描かれています。半裸の女性たちは、髪や両腕に多くの蛇を身に着けており、1人は男の耳元で笛を吹き鳴らして不快な音を立て、1人は毒の恐怖を与え、もう1人は男の左足の皮を剥いでいます。絵画の最前景には葡萄の房を持った少年が鑑賞者に向けて笑いかけています。
この絵画の寓意的な意味は明らかであるものの、個々の人物像が何を表しているのかは難解です。中央の男性像は、シレノスや鍛冶神ウルカヌスなど様々な解釈がありますが、一般的には《悪徳》の擬人化とされ、その否定的な性格から厳しく罰せられていると解釈されます。しかし、この絵画の主題は、制作から約10年後の1542年にゴンザーガ家の目録が作成された時には、既に分からなくなっていたとされています。目録の作成者は、この作品をギリシア神話の罰せられるマルシュアスを描いたものだと考えていました。
また、ある解釈では、本作品はウェルギリウスの『牧歌』第6歌の一節を表現したものだと主張されています。そこでは、眠っているシレノスが2人の羊飼いクロミスとムナシュロス、ニンフのアイグレーによって縛られています。しかし、ウェルギリウスの詩とは異なり、3人の拷問者が全て女性である点がこの解釈の難しい点です。ウェルギリウスの詩との類似は偶然ではないと考えられ、絵画はイザベラ・デステとその助言者の考えを示唆している可能性もあります。
最前景の少年は、ラファエロ・サンツィオの『システィーナの聖母』に描かれた天使の転置であると言われています。また、一説によると、この少年は酒神バッカスであり、対して裸の男性像は、プラド美術館にあるティツィアーノ・ヴェチェッリオの『アンドロス島のバッカス祭』の背景に描かれた男のように、酩酊して眠っているように見えるとも指摘されています。
最前景の少年は、対作品との関係性を考える上でも重要です。鑑賞者はまず少年に導かれ『悪徳の寓意』の世界へと足を踏み入れ、そこから『美徳の寓意』へと視線を移します。
『美徳の寓意』と比較して、『悪徳の寓意』には準備素描が残されていないことから、『美徳の寓意』が先に制作され、その後、図像的な対称性を模索しつつ、本作品が構築されたと考えられています。さらに近年の研究では、中央で罰せられる男性像は、古代の彫刻『ラオコーン像』を基に作り出されたという指摘もあります。
絵画に使われている色彩は、ピンクと赤、水色、紺色が強く、色彩の種類は対作品の『美徳の寓意』と比較して落ち着いた印象を与えます。
来歴
イザベラ・デステの死後の1542年、両作品はコルテ・ヴァッキアの入口の扉の左側に『悪徳の寓意』、右側に『美徳の寓意』が掛けられていたと記録されています。
その後、1627年にマントヴァ公爵フェルディナンド・ゴンザーガが亡くなると、翌年にゴンザーガ家が所有していた4点のコレッジョの絵画のうち、『悪徳の寓意』と『キューピッドの教育』（L'Educazione di Cupido）、そして『眠れるヴィーナスとキューピッド、サテュロス』（Venere e Amore spiati da un satiro）が、イングランド国王チャールズ1世に大規模に売却されたコレクションの一部としてイギリスに渡りました。
しかし、チャールズ1世が処刑された後、コレクションは競売にかけられ、『悪徳の寓意』と『眠れるヴィーナスとキューピッド、サテュロス』の2作品は、ドイツの銀行家エバーハルト・ジャバッハに売却されました。その後、ジャバッハは両作品をフランスのジュール・マザラン枢機卿に売却しました。
マザラン枢機卿は他にもコレッジョの『聖カタリナの神秘の結婚と聖セバスティアヌス』（Matrimonio mistico di santa Caterina d'Alessandria alla presenza di san Sebastiano）を所有しており、最終的にこれらの絵画は枢機卿の死後、ルイ14世によって相続人から購入されました。
一方の『美徳の寓意』は、フェルディナンドが死去した1627年頃に、マンテーニャの『美徳の勝利』（Trionfo della Virtù）と共にフランスのリシュリュー枢機卿に贈られ、パリに移されました。その後、『美徳の寓意』もまたエバーハルト・ジャバッハによって1671年に購入され、その後、ルイ14世に売却されました。
これらの絵画は、後にルーヴル美術館が所蔵する4つのコレッジョ作品となりました。
参考文献
ルチア・フォルナーリ・スキアンキ『コレッジョ イタリア・ルネサンスの巨匠たち28』森田義之訳、東京書籍（1995年）
Peter Russell Delphi Complete Works of Correggio (Illustrated), Delphi Masters of Art Book 51 (English Edition)
外部リンク
ルーヴル美術館公式サイト, コレッジョ（アントニオ・アッレグリ、別名イル・コレッジョ）『悪徳の寓意』
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