慕容垂

慕容垂：後燕を築いた不屈の英雄

慕容垂（ぼよう すい）は、五胡十六国時代の後燕を創建した人物です。鮮卑慕容部の出身で、当初は前燕の皇族として活躍しました。しかし、その才能を妬む奸臣によって命を狙われ、前秦へ亡命するという波乱万丈な人生を送りました。

前燕の勇将から亡命へ

慕容垂は、前燕の創始者である慕容皝（ぼよう こう）の五男として生まれました。幼い頃から聡明で武勇に優れ、父からも寵愛を受けていました。兄の慕容儁（ぼよう しゅん）が即位すると、その補佐役として重用され、数々の戦で目覚ましい功績を挙げました。

特に、東晋の桓温（かんおん）率いる大軍を破った功績は大きく、慕容垂の名声は一気に高まりました。しかし、その名声がかえって災いとなり、叔父の慕容評（ぼよう ひょう）や皇太后の可足渾氏（かそくこんし）から妬まれ、排除されそうになったため、前秦の苻堅（ふけん）のもとへ亡命せざるを得なくなりました。

前秦での苦難と自立

苻堅は慕容垂を歓迎し、将軍として重用しました。しかし、苻堅の側近である王猛（おうもう）は、慕容垂の才能を危険視し、誅殺するよう進言しました。苻堅はこれを聞き入れませんでしたが、慕容垂は常に警戒され、苦難の日々を送りました。

淝水の戦いで前秦が大敗すると、慕容垂は自立を決意し、河北地方で勢力を拡大しました。そして、384年に中山（ちゅうざん）を都として燕王を称し、後燕を建国しました。

後燕の皇帝として

皇帝に即位した慕容垂は、領土拡大に邁進し、かつての前燕を上回る領土を手に入れました。弟の慕容徳（ぼよう とく）を重用し、遼東半島に進出してきた高句麗の勢力を一掃しました。また、翟魏（てきぎ）や西燕（せいえん）を滅ぼし、山東地方を東晋から奪還するなど、その勢いは目覚ましいものでした。

慕容垂は、人材登用にも力を入れ、公孫表（こうそんひょう）や賈彝（かい）などの有能な人材を積極的に採用しました。また、漢人の登用も進め、流民を受け入れるなど、国力の増大を図りました。

晩年と後燕の衰退

しかし、晩年の慕容垂は、北魏との戦いで大敗を喫し、その勢いを大きく削がれました。396年、自ら軍を率いて北魏に報復しましたが、帰路の途中で病に倒れ、70歳で死去しました。

慕容垂の死後、後燕は急速に衰退していきました。後を継いだ子の慕容宝（ぼよう ほう）は暗愚であり、北魏の侵攻を防ぐことができませんでした。慕容垂が築き上げた後燕は、その死後、わずか数十年で滅亡してしまいました。

人物像と逸話

慕容垂は、身長が約177cmと大柄で、手足が長く、容姿端麗であったと伝えられています。聡明で武勇に優れ、人心掌握術にも長けていたため、多くの人々から敬愛されていました。

王猛は、慕容垂の才能を危険視し、「龍や猛獣は飼いならすことはできず、いつかは自立する」と予言しました。その予言通り、慕容垂は前秦から自立し、後燕を建国しました。

慕容垂は、苻堅から受けた恩義を忘れず、苻堅が生存している間は、群臣から称帝を勧められても常に拒否したと伝えられています。また、淝水の戦いで敗れて逃げる苻堅を自軍に収容し、殺害しようとする弟の慕容徳を制止したという逸話も残っています。

まとめ

慕容垂は、五胡十六国時代の激動期を生き抜き、後燕を建国した英雄です。その波乱万丈な人生と、類まれなる才能は、多くの人々を魅了し続けています。

後燕の歴史は短命に終わりましたが、慕容垂の功績は、後世に語り継がれています。

参考文献
川本芳昭『中国の歴史05 中華の崩壊と拡大 魏晋南北朝』（講談社、2005年2月）
下中弥三郎編『東洋歴史大事典 8』平凡社、1938年。
下中邦彦編『アジア歴史事典 8』平凡社、1961年。
三崎良章『五胡十六国 中国史上の民族大移動』（東方書店、2002年2月）
* 駒田信二ほか『新十八史略4』（河出書房新社、1997年7月）

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