旗本札
旗本札とは
旗本札は、江戸時代に知行地を持つ旗本が、自らの領地内で独自に発行した紙幣のことです。通常、旗本の領地は藩とは呼ばれないため、藩札とは区別されますが、その発行や運用形態は藩札と非常に似ており、広義の藩札として扱われることもあります。それぞれの札には、藩や旗本によって独自の名称が付けられていました。
旗本札の発行背景
旗本札は、関東地方ではあまり発行されず、主に信濃国、三河国以西、特に近畿地方や中国地方で多く見られます。これは、関東地方が幕府の統制力が強く、経済が銀建てであったのに対し、西国では札遣いが盛んであったことが理由として挙げられます。また、近畿地方では、幕府領、諸藩領、旗本領などが複雑に入り組んでおり、商品経済が発達していたため、他領地との取引が活発でした。このため、旗本領でも領外の藩札が流入し、自領の経済が悪化するのを防ぐため、独自の紙幣を発行せざるを得ない状況も生まれました。さらに、石高が1万石に満たないながらも大名と同等の扱いを受けた交代寄合や、大身の寄合旗本は、より主体的に紙幣を発行する動機があったと考えられます。
特殊な例としては、三河国長沢の旗本松平氏の紙幣があります。長沢松平家は、将軍家に近い家柄であり、幕府から紙幣発行権を得て、それを各地の町村に提供することで収入を得ていました。この形の旗本札は、近江、大和、河内、和泉、播磨、備中など各地で発行されました。
明治時代になると、新政府が新通貨制度を構築するため、藩札類の発行状況を調査しました。その結果、全国で約8割の藩、14の代官所、9の旗本領が紙幣を発行していたことが確認され、それぞれに新貨交換比率が設定されました。しかし、これはあくまで新政府が把握した数に過ぎず、実際にはもっと多くの旗本が旗本札を発行していたと考えられます。
各地の状況
中部地方以東
中部地方以東では、信濃国、三河国、美濃国で旗本札の発行が確認されています。この地域の旗本札の発行元は、交代寄合が多いのが特徴です。
- - 信濃国: 仙石氏が小額面の銭札を発行し、小笠原氏が明治初期に紙幣を発行しました。小笠原氏の紙幣は、太政官札に似た様式でした。
- - 三河国: 菅沼氏が宿駅札と似た様式の紙幣を、長沢松平氏が各地で発行された様々な様式の紙幣を発行しました。
- - 美濃国: 竹中氏と高木氏が木炭の売買に用いる炭代札を発行しました。
近畿地方
近畿地方は、札遣いの中心地であり、多くの旗本が旗本札を発行しました。この地域では、国ごとに特徴が見られます。
- - 近江国: 大身の旗本が商品切手の名目で紙幣を発行しました。朽木氏、最上氏、三枝氏、関氏、根来氏などが知られています。
- - 大和国: 商品経済が発達しており、多様な紙幣が発行されました。多賀氏、佐藤氏、織田氏、平野氏などが銀札を発行し、三好氏、水野氏、桑山氏、赤井氏、藤堂氏、山口氏などが米手形形式の銀札を発行しました。堀田氏は庄屋を通じて銀札を発行し、片桐氏も米手形形式の銀札や銭札を発行しました。
- - 摂津国・河内国・和泉国: 豊臣家滅亡後、徳川家が取り立てた武家や豪商が紙幣を発行しました。能勢氏、長谷川氏、甲斐荘氏、今井氏などが知られています。
- - 丹波国: 小藩、旗本領、幕府領が入り組んだ地域で、杉浦氏、武田氏、藤懸氏、谷氏などが銀札を発行しました。牧氏、安藤氏、井上氏、川勝氏、本多氏、佐野氏などが米代預り銀札や金兌換を明記した銭札を発行しました。
- - 但馬国: 旧守護大名家や大名の一族が旗本札を発行しました。山名氏、京極氏、小出氏などが知られています。杉原札と呼ばれる紙幣も現存しています。
- - 播磨国: 穀倉地帯で多様な札が発行されました。池田氏、松井松平氏、浅野氏、八木氏、一柳氏、池田氏などが銭匁札を発行しました。
中国・四国地方
中国・四国地方では、旗本領が分散している備中国で旗本札の発行が多く見られました。岡山藩、広島藩、長州藩など、有力な国持ち大名が多く、旗本領は限定的であったため、旗本札の発行は備中国に集中しました。
九州地方
九州地方の旗本は、交代寄合の米良氏を除き、大名の分家が多く、知行地の経営も本家の大名に依存している場合が多く見られます。旗本札を発行したのは、豊前国の小笠原氏、豊後国の木下氏、肥後国の米良氏です。
まとめ
旗本札は、江戸時代の経済活動を支えた重要な要素の一つでした。その発行地域、形態、そして背景には、当時の社会経済状況が色濃く反映されています。旗本札を通して、江戸時代の多様な側面を垣間見ることができます。
参考文献
関連項目
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