柳家喜多八

柳家 喜多八

東京都練馬区に生まれ、新宿区百人町で育った柳家喜多八は、昭和から平成にかけて活躍した落語家です。本名林寬史。十代目柳家小三治の弟子で、落語協会所属の真打として、多くの聴衆を魅了しました。出囃子は『梅の栄』、紋は『丸に三ツ柏』を用いていました。

生涯と落語への道

1949年10月14日に生を受けた喜多八は、両親が小学校教員という比較的厳格な家庭で育ちました。奇しくも、師匠となる十代目柳家小三治も親が教員で、育った場所も近隣であったことから、二人の間には多くの共通点がありました。高校はイートン・カレッジをモデルとした東京都立秋川高等学校の第一期生として学びました。

高校卒業後、進路に迷う中で同級生の突然の死を経験し、「このままではいけない」と奮起。半年間の猛勉強の末、学習院大学に合格します。大学入学当初は書道部に所属していましたが、偶然隣にあった落語研究会の熱意ある勧誘を受け、入部したことで落語の世界にのめり込みました。卒業後も落語を続けるため2年間留年するほどでした。一度は両親の反対で噺家の道を諦め、落語関連の書籍も手放してしまいましたが、落語への思いを断ち切れず、マックスファクターに入社後わずか3ヶ月で退社。27歳を目前にして、六代目三遊亭圓生への入門は叶いませんでしたが、1977年2月、十代目柳家小三治への入門を果たします。入門の際、親が教員であると答えたことが師匠自身の境遇と重なり、すんなり許可されたと後に語っています。前座見習いとして初めて高座に上がったのは、銀座中央会館での「小三治独演会」で演じた『道灌』でした。

芸歴と独自のスタイルの確立

1978年9月、前座に昇進し、「小より」を名乗ります。この時、林家こぶ平や柳家小太郎といった後の人気噺家たちと同期として楽屋入りしました。前座時代から古今亭志ん八と共に将来を嘱望される存在でしたが、落語研究会特有の癖を抜くのに苦労したといいます。

1981年5月には二ツ目に昇進し、「小八」と改名。この頃にはその実力は落語芸術協会にも知れ渡るほどでしたが、一方で師匠である小三治の雰囲気や芸風に似ていることから「小三治の影武者」と呼ばれることに悩み、師の影を消すため試行錯誤を重ねました。この経験が、自身の内向的な雰囲気を逆手に取った、後に確立される独自の芸風へと繋がっていきます。

1993年9月、真打に昇進し、「喜多八」と改名。この名は当時の鈴本演芸場支配人、富田力氏によって名付けられました。この真打昇進は、他にも多数の噺家が同時に昇進するという大所帯での出来事でした。真打昇進を経て、喜多八はその個性をさらに開花させ、独自の落語の世界を深めていきます。

師匠から受け継いだ柳派の演目を基盤としつつ、そこに独自の解釈や演出を加えることで、滑稽話から人情噺まで幅広く、人物描写の細やかさと演出力の高さで玄人筋からも絶賛されました。持ちネタは260席にも及ぶと言われ、古い噺や珍しい噺の発掘、研究にも余念がありませんでした。その探求心は同業者からも一目置かれるほどで、常に新しいネタへの挑戦を続けました。評論家の京須偕充氏は、古典落語の枠を超えた独自の表現が高く評価されるべき点であると述べています。

自らを「虚弱体質」と称し、渋みのある声質を持ちながらも、どこかとぼけた雰囲気を漂わせていました。出囃子に乗って現れ、けだるげに高座に座り、一見やる気のなさそうなマクラから、いつの間にか聴衆を熱演へと引き込み、爆笑を巻き起こすスタイルは唯一無二のものでした。広瀬和生氏は、喜多八の高座を「それぞれの噺が持つ面白さのポテンシャルを最大限に引き出す演者」と評しています。晩年は体調の影響もあり、以前のようなけだるい演出は少なくなり、話そのもので聞かせる芸へと変化していきました。また、落語芸術協会の二代目桂小南のもとへも熱心に通い稽古をつけられ、『代書屋』や『いかけ屋』といった演目を落語協会に広めた功績もあります。

人物と活動

喜多八のモットーは「清く、気だるく、美しく」でした。この言葉は、彼が生前使用していた手拭いと同じ筆跡で、彼の墓石にも刻まれています。林家正蔵が「フランスのマルセイユにいる乞食みたいな顔の人」と評したように、彫りの深い端正な顔立ちの持ち主で、そのダンディな魅力は男性だけでなく女性ファンも多数獲得しました。CDジャケットで披露したトレンチコート姿は、落語家のイメージを覆すものでした。

学習院大学の書道部出身であることから、その書の腕前は知る人ぞ知るもので、先輩落語家の真打昇進時には、口上書きや扇子、手拭いの宛名書きなどを数多く依頼されていました。自身のCDジャケットや、後輩の林家はな平の手拭いの熨斗も彼自身の手によるものです。

趣味は「サイクリングに墓参り、宝塚歌劇鑑賞など」と多彩でした。都内近郊の寄席には自転車で通うほどの健脚で、落語家のお墓参りや落語ゆかりの寺院巡り、落語協会の資料調査なども熱心に行う勉強家でした。宝塚歌劇への造詣も深く、かつて圓朝まつりでは「キタナヅカ歌劇団」としてレビューを披露し、観客を沸かせました。また、高田馬場にあった焼き鳥屋「うどの大木」を贔屓にしており、そこでも落語会を開くなど、ファンにとっては「行けば会える」場所となっていました。

入船亭扇遊、瀧川鯉昇とは「落語睦会」を、三遊亭歌武蔵、柳家喬太郎とは「落語教育委員会」というユニットを結成し、高座のみならずコントなども披露しました。「落語教育委員会」は喜多八の没後もメンバーを加え活動を続けています。五街道雲助、六代目古今亭志ん橋とは「九識の会」（後に「のれん噺」）を開催するなど、他の噺家との交流も盛んでした。

後進の育成にも力を注ぎ、所属や団体の垣根なく、頼まれれば誰にでも快く稽古をつけていました。相手が気を遣わないよう、自身は正座しながらも相手には足を崩させるなど、温かい配慮をもって指導にあたっていたエピソードが伝えられています。

晩年と惜しまれた逝去

2014年9月には、鈴本演芸場での公演中に緞帳が落下するという事故に遭遇しましたが、幸いにも無事でした。体調を崩してからも高座への意欲は衰えず、2016年4月には横浜にぎわい座、5月には名古屋で高座を務めました。特に名古屋での二人会が最後の地方遠征となりました。生前最後の高座となったのは、2016年5月9日、鈴本演芸場での『ぞめき』でした。

2016年5月17日、がんのため66歳で逝去しました。意識が薄れる中、出囃子である『梅の栄』を聞くと、心拍数や呼吸数が一時的に回復したというエピソードは、落語家として最期まで高座に生きた彼の人生を象徴しています。訃報が伝えられると、落語協会のウェブサイトがサーバーダウンするほどのアクセスが集中しました。痩せ細りながらも高座に立ち続けていた最中の逝去は、落語界全体に大きな衝撃を与え、多くの噺家やファンがその死を惜しみました。「東京かわら版」が30ページに及ぶ追悼特集を組んだことや、600名以上が参列したお別れ会からも、その影響力の大きさがうかがえます。

落語界に確かな足跡を残した柳家喜多八。その多才な人柄と、独特の味わい深い高座は、今も多くの人々の記憶に刻まれています。

主な出演・著作等

TV

多数の演芸番組に出演。NHK、TBS、千葉テレビ、BS各局など。

ラジオ

NHKラジオ、TBSラジオ、文化放送など。

映画

ドキュメンタリー映画『小三治』（2009年）に出演。

CD

ワザオギ、日本コロムビア、avex trax、ソニーミュージックダイレクトなどから多数リリース。

DVD

ワザオギ、ビクターエンタテインメント、デアゴスティーニなどからリリース。

ダウンロード配信

iTunes、ラジオデイズ等で多数の演目が配信されている。

著書

『落語教育委員会』（東京書籍、2012年）- 三遊亭歌武蔵、柳家喬太郎との共著
『柳家喜多八膝栗毛』（まむかいブックスギャラリー、2013年）- 制作協力

関連書籍

多数の著作で喜多八に関する記述、インタビュー等が掲載されている。

弟子

* 柳家ろべえ（喜多八没後、十代目柳家小三治門下へ）

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