気吹舎

気吹舎（いぶきのや）

気吹舎は、江戸時代の国学者である平田篤胤が文化元年（1804年）に創設した書斎兼私塾です。平田篤胤、銕胤（かねたね）、延胤（のぶたね）の平田三代にわたり、明治時代（1876年）まで続いた国学塾として知られています。

概要

創設と変遷

当初、気吹舎は江戸の湯島天満宮男坂下（現在の東京都文京区湯島）に開かれました。その後、銕胤が久保田藩（秋田藩）に仕えたことから、鳥越（現在の東京都台東区）の同藩中屋敷に移転しました。平田篤胤が「気吹舎」の号を使い始めたのは文化13年（1816年）で、それ以前は「真菅乃屋」（ますげのや）という号を用いていました。本稿では、初期の篤胤塾（真菅乃屋）についても触れていきます。

平田篤胤の国学への志

出羽国久保田藩出身の篤胤は、江戸で苦学しながら西洋医学や天文学などの最先端の学問を学びました。本居宣長の業績に触れたことをきっかけに国学を志し、「宣長没後の門人」を自称するようになります。真菅乃屋は、身分を問わず誰もが入門できる開かれた塾でした。

草莽の国学

文化元年（1804年）から明治9年（1876年）までの平田塾の門人数は約4,200名にのぼり、その半数以上が豪農や地方村落の神官でした。これは、同時代に活動していた他の国学塾と比較しても、非常に庶民的であったと言えるでしょう。平田国学が「草莽の国学」と呼ばれる所以です。門人の出身地は、信濃国が最も多く、特に伊那谷からの入門者が目立ちました。平田国学が幅広い階層や地域から支持されたのは、在方レベルでの新しい知識欲に応えうる内容を持っていたからと考えられます。

講義法と運営

篤胤の講義は、川柳を交えながら受講者の笑いを誘うなど、親しみやすいものでした。入門の際には束脩金が求められ、五節句の折には祝儀金が集められました。また、篤胤は自らの学問を広めるため、上総・下総を遊歴し、精力的に門人獲得に努めました。

幕府からの弾圧と継承

儒教攻撃や尊王思想を唱えた篤胤は、幕府から弾圧を受け、著述差し止めや江戸追放の処分を受けました。しかし、江戸の気吹舎は婿養子の平田銕胤に引き継がれ、銕胤は塾を堅実に維持し、入門者をすべて「篤胤没後の門人」として扱いました。塾では、『千字文』の代わりに『古学二千文』が使用されていました。

出版事業

気吹舎は、教育活動と並行して多種多様な出版物を刊行していました。篤胤は歌人や戯作者としても活動しており、気吹舎の内部事情を伝える『気吹舎日記』は、当時の出版事情を知る上で貴重な資料となっています。門人による農書も多く出版されており、農村の自力更生への努力を後押ししました。一方、儒学や仏教に批判的な著作は刊行を規制し、写本のみで流通させることもありました。出版物は私家版であり、販売は、特定の書肆に委託したり、門人にまとめて販売してもらうなど、様々な方法がとられました。

幕末の変革と気吹舎

鎖国下の日本で、篤胤はロシア語辞書を編纂するなど、対外的な危機に対し、日本のあるべき姿を追求しました。幕末になると、西洋列強の侵略や国内の混乱を背景に、天皇中心の国家を求める平田国学の思想は武士層を中心に強い支持を得ました。気吹舎は政治情報が集まるセンターとなり、門人の中から尊王攘夷運動に参加する者も現れました。平田銕胤は門人と頻繁に連絡を取り合い、情報収集活動を行いました。明治維新後、平田国学者は守旧派とみなされ、気吹舎の活動も明治9年に終焉を迎えました。

気吹舎日記

気吹舎の内部記録である『気吹舎日記』は、文化元年（1804年）から明治9年（1876年）まで途切れることなく残っており、出版物の完全な記録として、近世出版史の研究に欠かせない資料となっています。

主な門人

- 生田万（国学者）
- 大原幽学（農村復興運動家）
- 西郷隆盛（明治維新の功労者）

参考文献

- 伊東多三郎著「平田鐵胤」、日本歴史大辞典編集委員会編『日本歴史大辞典第8巻は-ま』河出書房新社、1979年11月。
- 井上隆明監修著、塩谷, 順耳、田口, 勝一郎、千葉, 三郎ら編集編『秋田人名大事典第2版』秋田魁新報社、2000年7月。ISBN 4-87020-206-9。
- 桂島宣弘著「平田国学と豪農層」、野上毅編『朝日百科日本の歴史9 近世から近代へI』朝日新聞社、1989年4月。ISBN 4-02-380007-4。
- 西岡和彦著「II 四理論化する神道とその再編」、岡田荘司編『日本神道史』吉川弘文館、2010年7月。ISBN 978-4-642-08038-5。
- 宮地正人「第3章平田国学と復古神道の成立」『幕末維新変革史・上』岩波書店、2012年8月。ISBN 978-4-00-024468-8。
- 宮地正人著「幕末平田国学と政治情報」、田中彰編『日本の近世第18巻近代国家への志向』中央公論社、1994年5月。ISBN 4-12-403038-X。

外部リンク

- 歴博・ほっとひと息・展示の裏話紹介（国立歴史民俗博物館）

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