海から上がるヴィーナス (ティツィアーノ)

ティツィアーノの傑作『海から上がるヴィーナス』

『海から上がるヴィーナス』（伊: Venere Anadiomene, 英: Venus Anadyomene）は、盛期ルネサンスを代表する画家、ティツィアーノ・ヴェチェッリオが1520年頃に制作した油彩画です。この作品は、ギリシア神話における愛と美の女神アプロディテ（ローマ神話ではヴィーナス）の誕生をテーマとしており、その優美な姿を描き出しています。現在はスコットランド国立美術館に所蔵されており、保存状態も良好です。

神話に基づく主題

ギリシア神話において、アプロディテは驚くべき方法で誕生しました。ヘシオドスの『神統記』によれば、クロノスが父ウラノスを去勢し、その男性器を海に投げ入れたところ、そこから白い泡が発生し、アプロディテが生まれたとされています。アプロディテは最初にキュテラ島、次にキプロス島へと渡ったと伝えられています。また、古代ギリシアの画家アペレスは、美女フリュネが海で泳ぐ姿に触発され、『海から上がるアプロディテ』を描いたとされ、その作品は非常に高く評価されました。

ティツィアーノの解釈

ティツィアーノは、海から現れたばかりのヴィーナスを描いています。女神は、濡れて重くなった金色の髪を絞る仕草を見せており、その姿は非常に繊細です。女性らしい曲線美を持つ身体と、白く薔薇色の肌が美しく表現されています。コントラポストのポーズで体を前に傾けながら、顔を画面の右側に背ける姿は、鑑賞者の視線を避けるかのようです。構図の中心にはヴィーナスが位置しており、背景は海と空に二分されています。海面に浮かぶ貝殻が、女神が海から誕生したことを示唆しています。女神の表情は穏やかで、青みがかった背景色と調和しており、空はパステル調で描かれ、かすかなピンク色の地平線が海との境界を成しています。

古代の影響と独自の表現

ティツィアーノは、大プリニウスによるアペレスの作品に関する記述に影響を受けたとされています。また、古代ギリシアの彫刻のローマンコピーや、彫刻家アントニオ・ロンバルドのレリーフ彫刻も参考にしたと考えられています。X線調査によると、ティツィアーノは当初、ヴィーナスの頭を左に向けて描いていましたが、後に右側に変更したことが判明しており、この変更はロンバルドの作品との類似性を示唆しています。

パトロンと制作時期

一部の美術史家は、この作品がティツィアーノのパトロンであったフェラーラ公アルフォンソ1世・デステの委託によって制作されたと推測しています。ティツィアーノが1517年にアルフォンソ1世に宛てた手紙の中で言及した「水浴」という作品が、この絵画を指す可能性も指摘されていますが、別の作品であるという説も存在します。美術史家ハロルド・エドウィン・ウェゼイは、この時点で作品の構想があったとしても、完成していたとは考えにくいと主張しています。

来歴

この作品の17世紀以前の来歴は不明です。1662年頃にはスウェーデン女王クリスティーナが所有しており、ローマのパラッツォ・リアリオにおける彼女の所蔵品リストに記載されています。クリスティーナの死後、コレクションは複数の所有者を経て、1721年にオルレアン・コレクションに加わりました。1798年には、ロンドンで《ポエジア》連作の傑作『ディアナとアクタイオン』、『ディアナとカリスト』と共に、第3代ブリッジウォーター公爵フランシス・エジャートンに売却されました。その後、エジャートン家の遺産として相続され、1945年に第5代エレズミーア伯爵ジョン・エジャートンが相続しました。2003年、スコットランド国立美術館はナショナル・アート・コレクション・ファンドの支援を受けて、第7代サザーランド公爵フランシス・ロナルド・エジャートンからこの絵画を購入し、現在に至ります。

ギャラリー

参考文献

『神話・美の女神ヴィーナス　全集 美術のなかの裸婦1』中山公男監修、集英社（1980年）

外部リンク

スコットランド国立美術館公式サイト, ティツィアーノ『海から上がるヴィーナス』

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