火の鳥 (ストラヴィンスキー)

ストラヴィンスキーのバレエ音楽『火の鳥』：ロシア民話から生まれた不朽の名作

イーゴリ・ストラヴィンスキーが作曲したバレエ音楽『火の鳥』（L'Oiseau de feu）は、ロシアの民話を題材とした1幕2場のバレエ作品であり、その魅力は時代を超えて人々を魅了し続けています。本稿では、『火の鳥』の誕生から、様々な組曲、そしてその音楽的特徴について詳細に解説します。

誕生秘話：ディアギレフと複数の作曲家

1910年のバレエ・リュス公演のために、セルゲイ・ディアギレフは『火の鳥』のバレエ上演を企画しました。当初はニコライ・チェレプニンが作曲を担当する予定でしたが、何らかの理由で降板。その後、アナトーリ・リャードフにも依頼されましたが、実現しませんでした。 リャードフの怠慢が原因という逸話も伝えられていますが、確証はありません。ディアギレフはグラズノフやニコライ・ソコロフにも依頼した可能性がありますが、最終的に1909年の公演で『レ・シルフィード』の編曲を手がけていた若きストラヴィンスキーに白羽の矢が立ちました。台本はミハイル・フォーキンがストラヴィンスキーと協力して制作しました。

ストラヴィンスキーは依頼からわずか半年で作曲を終え、1910年6月25日、パリ・オペラ座でガブリエル・ピエルネの指揮のもと、華々しく初演を迎えました。日本初演は1954年、小牧バレエ団により行われました。

ロシア民話と魔法の物語：あらすじ

フォーキンの台本は、「イワン王子と火の鳥と灰色狼」と「ひとりでに鳴るグースリ」という2つのロシア民話を基に創作されています。子供向けの物語を大人の鑑賞に耐えうる作品へと昇華させた点は特筆に値します。

イワン王子は火の鳥を追いかけるうちに、不死身の魔王カスチェイの魔法の庭園に迷い込みます。そこで火の鳥を捕らえ、懇願されるままに解放しますが、その際に火の鳥の魔法の羽を手に入れます。その後、カスチェイに囚われた王女と出会い、恋に落ちます。カスチェイの手下に捕らえられたイワン王子は、魔法の羽の力で火の鳥を呼び寄せ、カスチェイの命が卵の中にあることを知ります。王子は卵を破壊し、カスチェイを滅ぼして、呪いを解き、王女と結ばれます。

初演とその後：バレエ・リュスと様々な上演

初演時のスタッフは、振付にミハイル・フォーキン、美術と衣装にアレクサンドル・ゴロヴィンとレオン・バクストといった豪華な顔ぶれでした。火の鳥を踊ったのはタマーラ・カルサヴィナ、イワン王子はミハイル・フォーキン自身、王女はヴェーラ・フォーキナが演じました。

その後、『火の鳥』は様々な振付家、舞台美術家によって再演され、アメリカン・バレエ・シアターやニューヨーク・シティ・バレエ団などによって上演されました。中でも、マルク・シャガールによる豪華な舞台装置とジョージ・バランシンの振付による1949年のニューヨーク・シティ・バレエ団の上演は大きな成功を収めました。

多様な組曲：オーケストレーションの違い

『火の鳥』は、バレエ音楽の全曲版に加え、オーケストレーションが異なる3種類の組曲が存在します。それぞれの組曲は、演奏時間や編成、曲の構成に違いがあり、演奏機会も異なっています。

1911年版組曲: バレエ音楽に近い構成で、演奏機会は少ないです。
1919年版組曲: 手ごろな編成で、最も演奏機会の多い版です。トロンボーンのグリッサンドが特徴的です。
* 1945年版組曲: ストラヴィンスキーの後期の作風が反映されており、独特のオーケストレーションが特徴です。特に「終曲の賛歌」の最後のパートは、他の版とは大きく異なります。

それぞれの組曲は、曲順や構成、楽器編成が異なっており、聴き比べてみるのも面白いでしょう。

楽器編成と演奏時間

全曲版の楽器編成は、フルート4、オーボエ3、イングリッシュ・ホルン1、クラリネット3、バス・クラリネット1、ファゴット3、コントラファゴット、ホルン4、トランペット3、トロンボーン3、チューバ1、ティンパニ、その他多数の打楽器、ハープ3、弦五部など、大編成となっています。バンダ（トランペット、ワーグナー・チューバ）も使用されます。演奏時間は約48分です。組曲版は編成が簡略化され、演奏時間も短くなっています。

民謡の引用と構成

『火の鳥』にはウクライナの民謡が2曲引用されています。「王女たちのロンド」はウクライナの結婚の音楽、「終曲」は「У ворот сосна раскачалася」です。これらの民謡の使用が、作品に独特のロシア的な雰囲気を与えています。

様々な編曲と後世への影響

『火の鳥』は、作曲者自身によるピアノ独奏版をはじめ、冨田勲によるシンセサイザー版、ラリー・コリエルや山下和仁によるギター独奏版、G.M.デューカーによる吹奏楽版など、様々な編曲が制作されています。また、イエスなどのロックバンドも取り上げており、その音楽的な影響は多岐に渡っています。

まとめ

『火の鳥』は、ロシア民話を基にした魅力的な物語、そしてストラヴィンスキー独特の音楽表現によって、バレエ音楽史に燦然と輝く不朽の名作です。その多彩な組曲、そして様々な編曲を通して、現代においても広く親しまれ、愛され続けています。この作品を通じて、ストラヴィンスキーの音楽世界、そしてロシアの民話の魅力を深く理解することができます。

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