白隠慧鶴

白隠慧鶴（はくいん えかく）

白隠慧鶴は、江戸時代中期に活躍した臨済宗の禅僧で、その中興の祖として知られています。1686年に駿河国（現在の静岡県）で生まれ、幼名を岩次郎と名付けられました。15歳で出家し、慧鶴という名前を授かりました。

生涯

出家と修行

慧鶴は、幼少の頃から仏道に関心を持ち、15歳で地元の松蔭寺にて出家しました。その後、各地の寺院で修行を重ね、その過程で『法華経』の内容に疑問を抱いたり、禅の修行に励む中で増長してしまったりと、様々な経験をしました。

24歳の時、鐘の音を聞いて見性体験を得ましたが、その慢心を信濃の正受老人（道鏡慧端）に厳しく指摘され、再び修行に励みました。また、禅の修行中に体調を崩す禅病を患いましたが、「内観の秘法」という仙人の教えにより回復しました。この内観の秘法は、気功における丹田呼吸法に相当するものであったとされています。さらに、修行を重ねる中で、コオロギの鳴き声を聞いて仏法の悟りを完成させました。

禅病治療と教え

白隠は、自らの経験から、禅修行によって起こる禅病を治療する方法を考案し、多くの修行僧を救いました。この治療法は、「内観の秘法」や「軟酥の法」と呼ばれ、心身のバランスを整えることを重視したものでした。

また、白隠は、他の宗派を排除するのではなく、それぞれの宗派を深く修めることが、それぞれの成道につながると考えました。浄土門の念仏や法華経の教えも尊重し、宗派間の調和を大切にしました。

臨済宗復興と影響

白隠は、地元に帰ってから熱心な布教活動を行い、衰退していた臨済宗を復興させました。その功績は、「駿河には過ぎたるものが二つあり、富士のお山に原の白隠」とまで謳われるほどでした。現在、臨済宗の十四派は全て白隠を中興の祖としており、彼の著した「坐禅和讃」は、坐禅の際に読誦されています。

白隠は、「食禅」という言葉を最初に使ったとも言われています。これは、食べること、生きること、そのものが禅であるという考え方を示しています。

現在、白隠の墓は原の松蔭寺にあり、県指定史跡となっています。また、彼の描いた禅画も多数保存されています。

略歴

1686年：駿河の原宿で誕生。
1700年：地元の松蔭寺で出家。沼津の大聖寺息道に師事。
1703年：清水の禅叢寺の僧堂に掛錫するが、禅に失望し詩文に耽る。その後、雲棲祩宏の『禅関策進』によって修行に開眼。
1708年：越後高田の英巌寺性徹のもとで開悟。信州飯山の道鏡慧端（正受老人）のもとで大悟、嗣法となる。
1710年：京都で白幽子という仙人に「軟酥の法」を学び、禅病が完治。
1716年：松蔭寺に帰郷。
1763年：三島の龍澤寺を中興開山。
1769年：松蔭寺にて示寂。

思想

白隠は、悟りを開いた後の修行（悟後の修行）の重要性を説き、「大悟十八度、小悟数知らず」と自称しました。彼は、常に求道心を忘れず、生涯にわたって修行を続けました。

また、白隠は、従来の語録を再編して公案を洗練させ、体系化しました。特に、「隻手音声」と「趙州無字」の公案を修行の入り口に置き、修行者に必ず参究するように指導しました。

さらに、白隠は、菩提心（四弘誓願）の重要性を説きました。菩提心のない修行者は「魔道に落ちる」と警告し、生涯にわたって民衆の教化と弟子の育成に尽力しました。

禅画と墨蹟

白隠は、禅の教えを広めるために、多くの禅画を描きました。その数は1万点以上とも言われています。初期の作品は、1719年の「達磨図」ですが、1751年に描かれた大作の「達磨図」も有名です。また、代表作の一つである「大燈国師像」は、下書きや修正の跡が残っており、その拙さの中に独自の境地を表現しています。書家の石川九楊は、白隠の墨蹟を「書法の失調」と捉え、「『書でなくなることによって書である』という逆説によって成り立っている」と評しています。

白隠の書画の主なコレクターとしては、細川護立と山本発次郎が知られています。細川のコレクションは永青文庫に、山本コレクションは大阪中之島美術館に収蔵されています。

白隠と俳句

白隠の代表作として知られる「白隠禅師坐禅和讃」は、広く民衆に親しまれています。しかし、武家社会に広まっていた臨済禅を庶民にも広めた白隠の俳句は、意外にも少ないです。以下に、白隠の句をいくつか紹介します。

『松に梅 奥の社は 問はすとも』
『来てみれば 浮世の夢の 寝覚哉』
『よし芦の 葉を引敷きて 夕涼』
『口〆て 思ふ事なし 春帒』

主な弟子

白隠には、多くの弟子がいました。特に有名な弟子としては、以下のような人物が挙げられます。

東嶺円慈（1721 - 1792）：白隠の一番弟子。三島の龍沢寺を開創。
遂翁元盧（1717 - 1789）：東嶺と並び称される白隠の弟子。松蔭寺を受け継ぐ。
峨山慈棹（1727 - 1797）：多くの弟子を育て、白隠禅の法系を現在に伝えた。
斯経慧梁（1722 - 1789）：妙心寺派の円福僧堂を京都に開単。
快岩古徹：白隠のもとで大悟した。
大休慧昉：白隠のもとで大悟し、宝福寺に住した。

その他にも、多くの弟子たちが白隠の教えを継承し、各地で活躍しました。

主要な著作

白隠は、多くの著作を残しました。主なものとしては、以下のようなものがあります。

漢文で書かれた禅の専門書

『槐安国語』
『荊叢毒蘂』
『寒山詩闡提記聞』
『息耕録開筵普説』
『宝鑑貽照』
『毒語心経』
『寒林貽宝』

漢文口調の文語体のもの

『夜船閑話』
『遠羅天釜』
『壁生草』
『八重葎』
『藪柑子』
『辺鄙以知吾』
『於仁安佐美』

仮名文字や、歌物語風の法話・小唄

『坐禅和讃』
『子守唄』
『おたふ女郎粉引歌』
『大道ちょぼくれ』
『草取歌』
『御代の腹鼓』
『謎謎』

これらの著作は、白隠の思想や禅の教えを伝える貴重な資料となっています。

参考文献

秋月龍珉『白隠禅師』河出書房新社、2013年。
佐藤康宏「江戸美術の畸人たち」、『美術史論叢』東京大学大学院人文社会系研究科・文学部美術史研究室、24号、2008年。
石川九楊『日本書史』名古屋大学出版会、2001年。
直木公彦『白隠禅師――健康法と逸話』日本教文社、1975年。

関連文献

大森曹玄 『書と禅』 1975年 新装版第二版 春秋社
水上勉『一休・正三・白隠　高僧私記』新版・ちくま学芸文庫、2011年
水上勉・泉武夫『白隠・仙厓　水墨画の巨匠 第七巻』講談社、1995年。画集解説
齋藤孝『心を燃やす練習帳 不安がなくなる白隠禅師の教え』ビジネス社、2020年

関連項目

十句観音経
白隠の摺鉢松
道鏡慧端
仙厓義梵

外部リンク

花園大学国際禅学研究所　白隠学研究室
白隠の優れた通訳者でありたい　芳澤勝弘（花園大学教授）
白隠禅師 沼津市
* 臨済禅の源流　臨済禅師1150年・白隠禅師250年遠諱記念 臨黄ネット

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