矢野荘

矢野荘（やののしょう）

矢野荘は、播磨国赤穂郡（現在の兵庫県相生市）に存在した荘園です。その歴史は、11世紀中期に播磨大掾秦為辰が開発したとされる荒田に遡ると言われていますが、確実な記録としては、当初「久富保」と呼ばれていたこの地を、播磨守を務めた藤原顕季が所有していたことが確認されています。

成立と美福門院

藤原顕季の孫である藤原得子（美福門院）が鳥羽天皇の寵愛を受け、近衛天皇を産んだことが、矢野荘の歴史において大きな転換点となります。保延2年（1136年）、美福門院の所領として立券され、検注を経て翌保延3年（1137年）には田畠163町2段20代と未開発地からなる「矢野荘」として正式に立荘されました。美福門院の死後、本家職は娘の暲子内親王（八条院）に継承され、領家職は故院の乳母であった伯耆局に与えられました。仁安2年（1167年）、伯耆局は故院ゆかりの歓喜光院へ田畠43町1段30代を寄進し、荘園は「別名」と「例名」に分離しました。

鎌倉時代の変遷

鎌倉時代に入ると、矢野荘の支配構造は大きく変化します。新補地頭として相模国の御家人海老名氏が入り込み、例名の地頭職と別名の下司職を掌握しました。しかし、例名の支配を巡って領家の藤原氏（隆信の子孫）と対立が激化し、永仁5年（1297年）に和与が結ばれます。翌年には下地中分が行われ、東方が地頭分、西方が領家分と定められました。その後、本家職は大覚寺統に継承され、別名は南禅寺に、例名全体は東寺に寄進されることになります。

東寺による支配と在地勢力の抵抗

一方、現地では領家であった藤原冬綱と、開発領主とされる秦為辰の末裔と伝えられる寺田法念との対立が深刻化していました。寺田法念は例名公文職と一部地域の地頭職を有しており、東寺は一円支配を目指して寺田法念の追放を試みます。これに対し、寺田法念は御家人としての強固な立場を背景に、周辺の武士と協力して武力で抵抗します。このため、寺田氏一族は「悪党」とみなされます。しかし、元弘の乱に乗じて寺田法念は後醍醐天皇の綸旨を得て矢野荘の回復を図りますが、他の名主や農民は東寺を支持し、寺田氏を排除します。

守護の介入と東寺の一円支配

寺田氏の排除後、守護赤松氏の家臣である飽間光泰が介入を試みますが、東寺は直接交渉を行い、応安7年（1374年）に赤松義則は矢野荘例名に持っていた公文職などの全ての権利を東寺に寄進しました。これにより、東寺は矢野荘例名の一円支配を完成させました。しかし、東寺による支配強化は名主や農民の反発を招き、逃散や一揆が発生します。祐尊や明済といった東寺の代官が支配を強化しましたが、支配に対する反発は根強く、正長元年（1428年）の播磨土一揆の舞台にもなりました。

荘園の終焉

その後も守護の変転に翻弄され、永正17年（1520年）には守護の赤松義村が重臣に謀殺されると、東寺への年貢の納入は完全に停止しました。東寺の文書には天文年間まで矢野荘の名称が登場しますが、実質的には最後の年貢進納が行われた永正18年（1521年）をもって消滅したと考えられています。

矢野荘の歴史は、荘園制の複雑な構造と、中世社会における権力闘争、そして在地勢力の抵抗を映し出す鏡として、重要な意味を持っています。

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