移乗攻撃

移乗攻撃

移乗攻撃（いじょうこうげき）は、自軍の艦船から敵の艦船へ戦闘員を乗り移らせて攻撃する海戦術です。切り込みやアボルダージュ（フランス語: abordage）とも呼ばれ、特に敵艦に接舷して直接乗り込む方式を接舷攻撃と呼びます。

目的

移乗攻撃の主な目的は、敵艦を拿捕することです。砲撃や体当たりと異なり、敵艦を沈没させるのではなく、敵の操縦要員を排除または制圧し、敵艦を自軍の管理下に置きます。拿捕後は、鹵獲船として利用するか、自沈させて処分します。

海賊にとっては、略奪が目的であるため、移乗攻撃が主要な手段となります。私掠船や仮装巡洋艦による通商破壊でも、戦利品獲得や弾薬節約のために、移乗攻撃で商船を制圧することがあります。

また、海上警察活動の一環として、臨検を行う際や、人質救出作戦においても、武装した人員が強制的に相手の船に乗り込むことがあります。

歴史

古代

移乗攻撃は、放火と並んで最も古い海戦術の一つです。古代から中世にかけては、弓矢での射撃戦後、移乗攻撃による白兵戦で決着をつけるのが一般的でした。

地中海の主力艦であったガレー船は、体当たり用の衝角を備える一方で、移乗攻撃も重要な戦術でした。ガレー船には、漕ぎ手の他に、槍や鎧で武装した兵士が乗船し、敵船に乗り込んで戦いました。第一次ポエニ戦争では、ローマ海軍がコルウスと呼ばれる移乗攻撃用の橋を開発し、カルタゴ海軍を破りました。

中世西洋

中世でも、移乗攻撃は海戦の主要な攻撃手段でした。中世のガレー船には衝角がなくなり、移乗攻撃がより決定的な役割を果たしました。船首の衝角は、敵船へ乗り込むための橋として利用されました。接舷すると、鉤付きの綱で敵船を拘束し、兵士を突入させました。

大西洋や北海では、コグ船が軍船として使用されましたが、戦闘様式は同様で、射撃戦の後に白兵戦が行われました。コグ船は操縦が難しいため、風上を確保して有利なタイミングで接舷することが重要でした。

14世紀頃から軍船に大砲が搭載されるようになりましたが、初期の大砲は破壊力が低く、人員殺傷用の兵器として使用され、海戦の様相を大きく変えるものではありませんでした。

近世西洋

16世紀に鋳造砲が実用化され、本格的な艦砲が配備されると、移乗攻撃の重要性は低下しました。しかし、大砲の性能が低かった時代には、依然として重要な戦法でした。この頃、西欧の海軍では海兵隊のような移乗攻撃の専門部隊が現れました。

地中海のガレー船は、依然として移乗攻撃を中心とした接近戦を行っていました。ヴェネツィア共和国海軍は、多数の大砲を搭載したガレアス船を開発しましたが、これも人員殺傷を目的とした軽砲でした。1571年のレパントの海戦では、移乗攻撃が両軍の主力戦法となり、多くの兵士が白兵戦に参加しました。

一方、大西洋では、大口径の艦砲を搭載したガレオン船が主力となり、遠距離からの砲撃戦も可能となりました。移乗攻撃は、砲撃戦で敵艦の運動能力を奪った後に行われることが多くなりました。イギリス海軍は、1588年のアルマダの海戦で移乗攻撃を原則禁止し、砲撃戦に重点を置きました。

17世紀から18世紀には、大砲の発展と戦列艦の完成により、移乗攻撃の地位はさらに低下しました。英蘭戦争では、両軍とも戦列艦による砲撃戦を展開し、戦術面でも単縦陣が定着しました。

中近世東洋

中近世の東洋水軍でも、移乗攻撃は主要な攻撃手段でした。日本の水軍では、体当たり攻撃よりも移乗攻撃が広く用いられました。15世紀後半の日本の安宅船や中国の軍用ジャンクは、若干の大砲を搭載していましたが、全体として移乗攻撃が主体でした。

近現代

火力と機動力に優れた機走軍艦が普及した近代以降、移乗攻撃は正規軍同士の海戦ではほとんど見られなくなりました。しかし、海兵隊は植民地警備や水陸両用戦を行う陸戦部隊として活動しました。イギリス海軍でカットラスが制式装備から外されたのは1936年のことです。

19世紀には、奇襲手段として移乗攻撃が用いられた例もあります。1801年には、イギリス海軍のスループ「スピーディ」がスペイン海軍のフリゲート「エル・ガモ」を移乗攻撃で降伏させました。

20世紀には、第二次世界大戦中のイラン進駐で、オーストラリアのスループ「ヤラ」などがイラン海軍の砲艦を拿捕しました。また、ドイツ潜水艦がアメリカの護衛駆逐艦に体当たりした際に白兵戦が発生した事例もあります。

捕虜や人質の救出作戦では、近現代でも移乗攻撃が実施されています。第二次世界大戦では、イギリス駆逐艦がドイツ船「アルトマルク」に収容された捕虜を救出しました。

現代では、海軍や沿岸警備隊が臨検や犯人制圧のために特殊部隊を編成することがあります。2001年の九州南西海域工作船事件では、海上保安官が不審船に接舷移乗しようとした際に銃撃戦となりました。

使用される兵器

移乗攻撃で使用される武器は、基本的にその時代の歩兵装備と同じですが、船上という特殊な環境に合わせて若干の違いが見られます。

特徴的な武器としては、片刃で重い短剣のカットラスがあります。これは、特別な訓練を受けていない水兵でも扱いやすく、日用品にも転用できる武器でした。フランス海兵隊は、軽くて取り回しの良い武器を装備しており、将校はレイピアを好みました。兵の使用するマスケット銃も小型軽量でした。海兵隊以外の水兵も、カットラスやパイク、ナイフなどを手に白兵戦に加わりました。

防具としては、鉄製の鎧を着用すると刀槍や弓矢から身を守れますが、水に落ちた場合には溺死する危険がありました。

味方の歩兵戦闘を支援したり、敵兵を撃退するための射撃兵器も開発されました。ファルコネット砲などは、旋回砲として据えられ、敵の防御火砲を制圧したり、甲板に侵入した敵兵を掃射したりするのに用いられました。マストには、狙撃手や投石兵を配置するためのファイティング・トップが設けられることもありました。

接舷切り込みのため敵船を拘束する道具としては、錨のような鉤を付けた綱や熊手などが用いられました。敵兵の侵入を阻止する設備としては、アンチ・ボーディング・ネッチングと呼ばれる網が使用されました。

現代では、艦載小火器による火力支援と併せ、CQB用装備が用いられます。

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